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蒼玉、拒絶

公爵家の朝食が始まった。


白布をかけられた長大なテーブルに、磨き上げられた銀器と皿。

香ばしいパンとスープ、瑞々しい果実が並び、従者たちが音も立てずに立ち働いている。


荘厳な静けさに包まれた食卓――しかし、その空気を破ったのはやはりヴィルだった。


「……エリスは服の趣味が変わったのかい?」


「ええ。素敵でしょう?」

にこりと微笑むエリス。


(自信気な表情がとても可憐だ…そして今日の装いも…)


ロイドは、気づけば答えていた。


「ああ。似合っている」


途端、視線が一斉にこちらへ集まる。

ロイドは眉をひそめた。

まさか自分が口にしていたとは。


(……しまった)


「……前よりはマシだ」


咄嗟に取り繕った言葉が口をついたが、むしろひどく響いただろう。

エリスの目が一瞬見開かれたのを見て、ロイドは内心で頭を抱える。


(なぜ素直に言えない……)


「お褒めいただきありがとうございます」


優雅に微笑むエリスに、かえって動揺が募る。

その余韻を破ったのは、またしてもヴィルだった。


「あ!そっかそっか!そういうことだったのか!」


「ヴィルお兄様、声が大きいですわよ」


「だって、分かったからさぁ。エリスの装いが急に変わった、り・ゆ・う。」


ヴィルとエリスの素直な感情と言葉のやり取りにロイドは少し複雑な気持ちになった。

だが、エリスの顔から血の気が引くのを、ロイドは見逃さなかった。


(……エリス?なぜそんな顔を)


冷や汗を浮かべ、皿に手を置いたまま固まるエリス。そんなエリスに気づいていないのか、ヴィルが話を続けた。


「殿下が来るからでしょ!」


そう紡いだヴィルの言葉に、ロイドも納得した。


(そうか、セドが来るから今日のエリスは人が変わったようになったのか…)


ロイドにとっては『戻った』という感覚のほうが近かったが、そんなことよりもエリスのこの変化が一時的である可能性が高いと悟り落胆した。


「……ふぇ?」


エリスの間抜けな声が漏れる。


そして――


「ええええええええええええええええええ!?!?」


屋敷中を震わせるようなエリスの叫びが響き渡った。


まるでセドのことなど忘れていたかのようなエリスの反応に、なぜか頬が緩みそうになるのを咳払いで誤魔化す。


横ではヴィルが楽しげに肩を揺らして笑っている。


そしてエリスの声を皮切りに、公爵家の朝食の席は一瞬にして騒然となった。


「お父様!!今日は何日!?王国暦何月何日ですか!?」


突然立ち上がり、声を張り上げるエリス。

その尋常ならざる様子に、場の空気がぴんと張り詰める。


(まさか本当に?…忘れているというのか?)


「……おい、まさかとは思うが……忘れたわけじゃないよな?」

我ながら冷ややかに響いた声が、食堂に落ちた。


「ロイド兄さん、それはないでしょう。エリスは今日という日をあんなに楽しみにしていたのですから」

ヴィルが愉快そうに口を挟む。


(それもそうだ、エリスのセドへの執着は度が過ぎている)


そんなエリスの様子に父も心配そうに眉を寄せた。

「……エリス、大丈夫か? どこか具合でも悪いのか?」


三人の視線が集中しても、エリスは青ざめた顔で固まったまま。


(あんなに慕っていたセドに会えるというのに、なにをそんなに怯えたような顔を……)


胸の奥に小さなざわめきが生まれる。

心配と同時に、理解できない苛立ち。


「おい、お前……本当に大丈夫か?」

辛そうなエリスの姿に堪えきれず、席を立った。


エリスの傍らに歩み寄り、その華奢な肩にそっと手を添えた――その瞬間。


パシンッ。


乾いた音とともに、拒絶の声が突き刺さった。


「……触らないで」


氷の刃のような声音に、息が詰まる。


「……な、ぜ」


かろうじて零れた問いは、自分でも聞き取れぬほどかすれていた。

(はた)かれた右手を呆然と見つめ、理解が追いつかない。


(拒まれた…?僕はそんなに…嫌われて…)


その時、小さな声がこぼれた。

「……信じてくれなかったじゃない」


あまりに小さな声で、正確に聞き取れていたのかは定かではない。

ただ、意味を測りかねる言葉が、胸の奥に重く沈んでいく。


――正直この後のことはあまり記憶にない。


エリスは毅然とした態度を装い、父に休養を願い出ると、従者を伴って食堂を後にしていった。

その背中を見送るしかない自分が、どうしようもなく無力に思え、無意識のうちに呟いていた。


「……信じる? ……なにを、だ」


思わず零れた問いは、誰にも届かず空気に溶けた。

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