蒼玉、揺蕩う朝
いつもと変わらない朝
――そのはずだった。
思えば、早朝の時点でおかしかったのだ。
普段なら朝食の二時間ほど前に起き、父の部屋を訪れて業務の一端を任され、公爵としての責務を学ぶ。
それは、僕が望んで始め、今では父も僕も当然のように続けている習慣だった。
けれど、その朝、父の姿は見当たらなかった。
不審に思い、屋敷の使用人に尋ねてみれば――
「エリスお嬢様が朝から何やら騒がしくしておられます」との話。
(……またか)
父も暇ではないというのに。
ギリッ、とロイドの手に力が入る。
いつからか、エリスの言動は僕を苛立たせるようになっていた。
(昔は、あんな子ではなかったのにな)
心の中でそう呟くと、かつてのエリスの姿がよみがえる。
純粋で、明るく、思いやりにあふれた、可愛らしい妹。
亡き母に似て、その笑顔はひときわ美しく可憐だった。
――最後に、あの笑顔を見たのはいつだったろうか。
(……今更考えたところで、仕方がない)
父に会いに行こうか一瞬迷ったが、エリスが騒いでいるところへ足を運べば、余計に事をややこしくするだけだろう。
そう判断したロイドは、その朝は潔く諦め、朝食までの時間を自らの勉学や業務整理に充てることにした。
この時点で僕は気づくべきだったのだ。
――”いつもの”エリスが、こんな時間に起きているはずがないと。
*
「……。」
ロイドは言葉を失った。
目の前の光景が、あまりに異常だったからだ。
深い夜を思わせる瑠璃色のドレスに身を包み、漆黒の髪を揺らす美しい少女がそこに立っていた。
だが、その表情はひどく歪んでいた。
朝食の時間になり、いつも通り大食堂に足を運んだはずだった。そう――“いつも通り”。
……いや、全然違う。
(……ほんとにエリス、なのか?)
ハッと意識を戻すと、先ほど廊下で会ったヴィルもまた、唖然としたまま固まっていた。
視線を父に移せば、何やら微笑ましそうに口元を緩めている。
――エリスだ。
今の父に、こんな表情をさせられるのはエリスしかいない。
その瞬間、胸の奥にさまざまな想いが溢れ出した。
まるで、あの頃――ロイドが大切に大切に守ってきたエリスが帰ってきたかのようで。
けれど、五年もの月日をエリスと距離を置いて過ごしてきた彼には、いまさらどんな言葉をかければよいのか分からなかった。
だから――口をついて出たのは、最悪の一言だった。
「……お前、酷い顔だな」
……しまった。
本当は、その美しく可憐な顔がなぜ歪んでいたのか知りたかった。
誰がそんな顔をさせたのか、問いただしたかった。
それに――本当に言いたかったのは。
綺麗だ、と。
一気に思考が渦を巻く中、その時――。
「ハッハッハッ……朝から仲の良いことだ。とりあえず二人とも座りなさい」
父が苦笑を浮かべ、僕らを席に促した。
そして、リュミエール公爵家の奇妙で異様な朝食が始まった。
ロイド視点続きます!




