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理由

ーー僕の婚約者になってくれないだろうか。


一度目のセドリックの時と姿が重なる。

以前と同じ日に、まったく同じ言葉。

けれど、その表情だけは前よりもほんの少し穏やかな気がした。


先ほど笑っていた姿も、以前のエリスの前では決して見せなかったもので、とても新鮮に映る。


(あんなふうに笑う方でしたのね……)


ずっとそばにいたのに、今になって彼の知らない一面を知る。

それが何とも言い難い、複雑な感情を呼び起こした。


「……エリス嬢?」


耳心地のよい声に、ハッと現実へ引き戻される。


(……わたくしの答えは)


「殿下。そのお話、謹んでお断りいたします」


「そうか。それはよかっ……え?」


硬直するセドリック。

彼がこれほどまでに目に見えて動揺するところなど、エリスは一度も見たことがなかった。


「……えっと、断ると言ったのかい?」


信じられないといった面持ちで、こちらを伺うセドリック。

それも当然だろう。王家からの婚約を断るなど前代未聞。婚約の誓いなど、あくまで形式にすぎないはずなのだから。


「はい。断る、と申し上げました殿下」


「それがどういうことか、分かっているのですか?」


諭すように微笑むセドリック。

だが、その目はまったく笑っていなかった。


自分より一回りも若いはずの彼の表情に、思わず竦んでしまうエリス。


王家からの婚約を断れば、特別な理由がない限り政界・社交界から白い目で見られ、孤立無援になるのは容易に想像できる。


そもそも三大公爵家のうち一つが必ず王族と婚姻を結ぶのは、力の均衡を保つためだ。

一つの家が勢いを増しすぎないよう、婚姻を交わすことで王家がコントロールをし、全体のバランスを保つ。

また、公爵家側も王家との結びつきで、安定した立場を得られる。というわけだ。


今回もエリスが選ばれたのは、彼女自身の希望もあったが、父エドムンドの功績が大きすぎたのも理由の一つだった。


つまりエリスの断りは、政界の秩序を崩しかねない危険な行為――。


それが、“普通の”公爵令嬢ならの話だが。


(まさか、自分の横暴さが役に立つ日が来るとは思いませんでしたわ)


今のわたくしは、王家でも社交界でも政界でも噂の気まぐれな我儘令嬢……!

これを使わない手はありませんわ。


ただ――すごく言いたくないけれど。


俯いたまま、セドリックの問いに答える。


「殿下は……で、殿下はっ……」


ーーわたくしのことがお好きなのですか!?


その迫力に押され、思考が止まるセドリック。


「……いや、エリス嬢? 好く好かないの話では――」


「お好きではないのですね?!」


「エリス嬢、おちつ――」


「殿下、私は落ち着いております!」


「わたくしはっ……わたくしのことを世界一愛してくださる殿方としか結婚できませんわ!!!」


……せんわ……せんわ……せんわ……。

声の余韻が部屋に響いたような気がした。


「「……。」」


部屋が静まり返る。


(あぁっ!言いたくなかったけれど……しょうがないわ……!)


顔が熱い、沸騰しそうだ。

けれど、エリスにはこれ以外に断る手段が思いつかなかった。


気まぐれで我儘なエリスの発言として処理されれば、王家が軽んじられることもない。

リュミエール公爵家は一時的に王家に対し、大人しくせざるを得ない状況になるため、結果的には政治的な部分での目的も果たせている。


(そこに関しては本当にごめんなさい、お父様……あとで何でも言うこと聞きますわ。お説教も……)


しかも今回の訪問と婚約話は内々のもの。

身内の恥をわざわざ外へ漏らす必要もない。

結局すべて「厄介なエリスのせい」で片付けられる。


(それに、殿下がわたくしの結婚条件を満たせるはずもありませんのよね)


そう。セドリックは初めからエリスに興味がなく、いずれフィオナと恋に落ちるのだ。

ゆえに、先ほどの条件は絶対に不可能。


耐えられなくなったエリスは、椅子を立つ。


「殿下……本日お会いできて大変光栄でした。では、わたくしはこれにて失礼いたします」


(これで……これでいいのよ。どうなるか分からないけれど、死にはしないのだから)


一礼し、優雅に退室していくエリス。


一目散に自室へ戻った彼女は気づかなかった。


部屋の扉が閉まって数秒後――。

響いたのは、愉快そうな笑い声だった。

そこには苛立ちも落胆もなく、ただ何かを面白がるような響きだけがあった。

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