習慣
目の前のお菓子をほとんど食べ尽くした頃――。
「……ぷっ」
小さな笑い声がエリスの耳をかすめた。
クスクスと可笑しそうな声が次第に大きくなる。
「……いや、ふふっ……すみ、くふふ、すみません……」
必死に笑いをこらえているようだが、全く抑えられていない。セドリックが肩を震わせて笑っていた。
ふう、と息を整えると、セドリックは言葉を紡いだ。
「エリス嬢が、あまりにも夢中になっているものだから……」
たぶん馬鹿にされているのだろう。けれど、その顔さえ絵になるのだから憎らしい。
(やっ、やってしまったわ……!)
自分が淑女としてはしたない振る舞いをしてしまったことに気づき、エリスは硬直した。
それも、この国の王太子殿下の前で。
「で、殿下。申し訳ございません。あまりにも美味でしたので、手が止まらず……。そうですわ!殿下もお召し上がりになられては?」
少し残っていた菓子に目をやり、咄嗟に言葉を継ぐ。
(殿下は、控えめな甘さで香りが良いものを特にお気に召されていたわよね……)
「こちらの、アールグレイやアッサムなどの紅茶のクッキー……お好きでしたわよね」
自然な所作で取り分けると、その一枚を手に取り、セドリックの口元へ差し出す。
「……えっと、エリス嬢?」
戸惑いの色を浮かべ、セドリックは困惑したように眉を寄せた。
「殿下?……いらないのですか?」
「いえ……いただきましょう」
そう言ってセドリックは、エリスの手にあるクッキーに口を寄せた。
――サクッ。
小気味よい音が響く。
「……おいしい、ですね」
「でしょう!」
なぜか自慢げに胸を張るエリス。その様子に、セドリックは訝しげな視線を向ける。
「いつも、こんなことを?」
「こんなこと?」
はぁ?と首をかしげるエリス。
「……殿方に食べさせたり、です」
(そんなの、するわけ――)
って、あ……。
まずい。以前の癖で、ついパニックになってやってしまった。
かつてセドリックの婚約者だった頃、甲斐甲斐しく世話を焼き、彼の好みを把握しては食べさせたりしていた。最初は抵抗していた殿下も、断る度にエリスがヒートアップしていくので、最後にはなされるがままだった。
「僕が控えめな甘さのものを好んでいることも……ご存じのようですね」
(ま、まずいまずいまずいっ!)
「お、お兄様!お兄様が紅茶のクッキーをお好きでして…!殿方は好まれるかと思い、殿下にもおすすめしましたの!」
「……まさか。食べさせたりするのも、君のお兄さんが?」
「……そうなんですっ!」
(ええい! こうなったらヤケですわ! お兄様方の評判が少し悪くなるかもしれませんが……きっと大丈夫!)
「す、すみません。ついうっかりしていたものでして」
これは本当だった。
十年近くも染みついた習慣。
そう簡単に抜けるものではなかった。
(それくらい、わたくしなりにこの方に尽くしてきたということよね……)
それを直していくことは、ほんの少しだけ寂しく感じる。セドリックをまだ想っているからではない。過去の一途に尽くしてきた自分の行いを、否定しているように思えてしまうからだ。
エリスの必死の言い訳に、セドリックは小さく笑みを漏らす。
「……じゃあ、今はそういうことにしておきましょうか」
そう言って、口の端についたクッキーの欠片をペロリと舐め取った。
(……ふぅ、なんとかごまかせたわよね?)
エリスが胸をなで下ろしかけたその時、彼の雰囲気がふっと変わった。
「それで、エリス嬢」
先ほどまでの柔らかい雰囲気は消え、真剣な声音が部屋に落ちる。
「なんとなく、察しはついていると思いますが……きちんと言わせてもらいたい」
エリスは姿勢を正し、真っ直ぐに向けられる視線を受け止めながらその言葉を待つ。
「――僕の婚約者になってくれないだろうか」




