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蒼玉の微震

その後のエリスは凄まじかった。


「お父様!!今日は何日!?王国暦何月何日ですか!?」

「あぁ…今日は――」


その答えを聞き、エリスは全てを理解した。

今日が、第一王子セドリックの婚約者となる日であること。

そして、自分が十年前の十歳に戻ってきたということを。


「おい、まさかとは思うが……忘れたわけじゃないよな?」

ロイドの冷ややかな声が聞こえてくる。


「ロイド兄さん、それはないでしょう。エリスは今日という日をあんなに楽しみにしていたのですから」

愉快そうな声音で口を挟むヴィル。


「……エリス、大丈夫か? どこか具合でも悪いのか?」

エドムンドまでもが心配そうに眉を寄せた。


三者三様の視線が、一斉にエリスへ注がれる。

(いやいやいやいや……どうしましょう。それどころじゃないのだけれど!)


正直殿下には会いたくない。エリスにとってそれは当然だった。だって――

(わたくしを殺した張本人ですのよ!?)


青ざめたエリスの様子は傍目からみれば心配になるほど異様に映っただろう。


「おい、お前……本当に大丈夫か?」


ロイドが席を立ち、エリスに歩み寄る。

その華奢な肩に、そっと手を添えた瞬間――


パシンッ。


「……触らないで」

凍てつくような声音が、場の空気を奪い去った。


(やっぱり無理だわ…)

エリスの顔が歪む。それは、過去に戻って初めて兄たちの姿を見たときと同じ歪みだった。


「……な、ぜ」

ほとんど聞き取れぬ声でロイドが呟く。


(はた)かれた右手を呆然と見つめ、状況をうまくのみ込めていない様子だった。


すぐ近くにいたエリスだけが、その言葉を確かに耳にした。

(――何故ですって?)

ギリ、とテーブルの下で拳を握りしめる。

お兄様たちだって、“あの女”に……。 


脳裏に過去の記憶が蘇る。

元々エリスのことをそんなによく思ってなかった二人だったが、

フィオナ――聖女と呼ばれた少女が現れてから、兄たちの態度は露骨に過激化した。


あの覚えのない罪で断罪された時、現場に彼らもいた…。牢に入ってからも何度か来てくれたが、エリスを助けるためではなかった。


罪を、認めさせるためだった。


何度も何度もエリスが違うと説明しても、失望したような顔をされ、呆れられ、諭された。だが、やってないことをやったと認めるのはエリスの矜持が許さなかった。


唯一の家族なのに…

「……信じてくれなかったじゃない」


こぼれるように漏れた声は、誰にも届かないほど小さかった。


分かっている。今の彼らには関係のないこと。自分の普段の振る舞いにも問題があったこと。…ただの八つ当たりだ。


それでも、エリスにはこの胸に渦巻く感情をどうすることもできなかった。


静まり返る大食堂に、エリスの声が響く。

「……お父様。殿下は何時にいらっしゃるのですか?」


「未の刻だが……」


「かしこまりました。お父様大変申し訳ございませんが、少し気分が優れませんの。殿下の御前で失礼があってはなりませんから、しばらく部屋で休ませていただきますわ」


有無を言わせぬ口調に、エドムンドは頷くしかなかった。


エリスはクラウスを呼び何かを耳打ちすると、サラを伴い、その場を後にした。


――その背を見送ったあと。


静寂の中に、かすかな声が落ちた。

「……信じる? ……なにを、だ」


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