紫水晶の揶揄
「おや……エリスが先にいるなんて、今日は雪でも降るんじゃ、ないの、かな……?」
そう言いかけて、次第に声が小さくなっていくヴィル。
ロイドもヴィルも、そろってエリスを見つめたまま動けなくなっていた。
「「……。」」
しばらくして、二人はハッとしたように視線を逸らす。
(なっ……! なに????)
彼らの行動の意味がわからないエリス。
とりあえず、ヴィルに馬鹿にされたことだけは理解できた。
すぐに表情を引き締めた長兄ロイドが、冷たい声で口を開く。
「……お前、酷い顔だな」
(はぁ!?朝の第一声がそれってどういうことなのよ!?)
頬をピクリとさせながら、エリスは微笑を浮かべた。
そして完璧な淑女の礼を添えて、朝の挨拶をする。
「おはようございます、ロイドお兄様。――お兄様こそ、レディーに向けるにはあまりに冷徹なお言葉で…その端正なお顔立ちが泣いておりますわ」
一瞬の沈黙。驚いたように見開くロイドと、隣で「ぷっ」と吹き出しかけるヴィル。
(本当に…顔は良いのよね)
そう思い、ちらっとニ人の容姿に視線を移す。
父親譲りの深い藍を湛えたロイドの髪は、朝の光を浴びると蒼銀にきらめきを魅せる。
メガネの奥に見える深く透き通るような蒼玉色の瞳は、静かに威厳を漂わせる気高さが混じり、鼻筋の通った整った顔立ちは、実年齢よりも彼を大人びてみせていた。
対照的にヴィルは、母譲りの黒色と父譲りの藍色の髪が、束ごとにはっきりと色を分けて流れている。
艶のある長髪は、まるで二色の糸を織り合わせた布のように目を奪い、長いまつ毛に縁取られた紫水晶の瞳は、儚くどこか危うさを感じさせた。
「ハッハッハッ……朝から仲の良いことだ。とりあえず皆座りなさい」
エドムンドが苦笑を浮かべ、席に促した。
そして公爵家の朝食が始まる。
白布をかけられた長大なテーブルに、磨き上げられた銀器と皿。
香ばしいパンとスープ、瑞々しい果実が並び、従者たちが音も立てずに立ち働く。
荘厳な静けさに包まれた食卓――しかし、その空気を破ったのはやはりヴィルだった。
「……エリスは服の趣味が変わったのかい?」
「ええ。素敵でしょう?」
にこりと笑むエリス。
「ああ。似合っている」
即答したのはロイドだった。
皆の視線が集中する。
食事の手を止め、ロイドはわずかに眉をひそめていた。
思わず、という表情だった。
「……前よりはマシだ」
(なんで言い直したの!? しかもひどくなってない???)
「お褒めいただきありがとうございます」
優雅に微笑むエリス。
(まあ、私は精神年齢で言えば年上なのだから……多めに見てあげましょう)
すると、急にヴィルが声を張り上げた。
「あ!そっかそっか!そういうことだったのか!」
「ヴィルお兄様、声が大きいですわよ」
「だって、分かったからさぁ。エリスの装いが急に変わった、り・ゆ・う。」
視線が交じり、ニコッと微笑むヴィル。
まだ幼い年齢のはずなのに、どこか妖艶さを感じる。
(ーーーー!!)
心臓が大きく脈打つ。
(……いや、そんなはずない。落ち着くのよ、わかるわけが――いや、え?本当に……!?)
冷や汗がにじみ、エリスの手が皿の上で止まった。
(普通に考えたらありえない。私が……)
(――過去に戻ったなんて!)
「…殿下が来るからでしょ!」
……ふぇ?
あー……殿下が。殿下がいらっしゃるのね……そうなのね。
って。
「ええええええええええええええええええ!?!?」
その日、公爵邸に響いたエリスの声は、記録史上もっとも大きなものとなった。
「エリスゥ……声が大きいよ?」
呆然とするエリスの耳に、愉快そうなヴィルの声とロイドの小さい咳払いの音だけが残った――。




