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会誌第十六号

 真浩は朝の喧騒の中を生徒会メンバーとともに歩いていた。最初はかなり抵抗があったこの登校形態も最近では特に気にならなくなってきている。慣れとは怖いものだ。

 真浩の定位置は最後尾の拓海の隣である。天使のように無邪気な拓海を目の端にとらえながら、ひきつった笑顔のまま申し訳程度に手を振る。熱い視線を向けてきたり声をかけてくるのが、全て男子生徒であるということも真浩を疲れさせる原因でもあった。なにが悲しくて男である自分が同性の、中には自分よりガタイの良い男子も交じる生徒集団から歓声をあげられなければならないのかという嘆きが頭から離れない。


「ほらヒロちゃん! スマイルスマイル」


 真浩にだけ聞こえるような声で拓海が囁いた。明らかに楽しんでいる様子である。


「……先輩はいつも元気ですね……」

「キャハハ、ほっめられた~」


 あくまで二人の間だけに聞こえるような声量を保ちながら拓海が陽気に答える。真浩は何か言うことにも疲れて、一刻も早くこの集団が校舎についてくれることを祈った。



 軽い疲労感を漂わせながら真浩が自分の教室に入ると、いきなり横から猛スピードで突進してくる塊とぶつかった。


「うっわ!」


 かろうじて転ぶことを避けた真浩がその塊を見ると、昨日ぶりの弾けるような笑顔がそこにあった。


「おっはよッス! 奥村さん!」


 ぶつかってきた塊は黒龍の一年代表清水透である。いったん真浩から離れると、両手を掴んで勢いよく上下に振り始めた。


「昨日ぶりッス! 俺のこと覚えてくれてるッスか!」

「ああ……うん、とりあえずおはよう」


 屈託のない笑顔を向けてくる透に、ドギマギしながら真浩は何とか挨拶を返す。


「やったッス! 奥村さんに挨拶してもらったッス!」


 透が嬉しそうに跳ねながら周りのクラスメイトを見回した。集まった視線には少なからず羨ましそうな雰囲気が漂っている。元気よく跳ねる真浩より低い頭は、青と黒の見事なグラデーションで彩られていた。この色どうやって染めたんだろうと真浩が現実逃避気味に考えていると、透とは違う方向から声がかかった。


「おはよう、マッピ」


 声のした方に視線を向けると、微笑みながら亮介が教室に入ってくるところだった。


「あ、おはよう」


 視線のみで助けを求める真浩に苦笑しながら亮介は透に声をかけた。


「おはよう。清水くんだよね。マッピに何か用事?」


 いつもへらへらしている亮介が急に頼もしく見えて真浩は少し安堵する。あまり友達のいなかった過去があるため、特に同級生への接し方がいまいちわからないのだ。


「おはよッス。用事っていうか……俺、奥村さんと仲良くなりたいんス」

「マッピと?」


 怪訝そうな顔で透を見る亮介と、それを気にすることなく笑う透を真浩は不安げに見つめていた。


「そうッス! てか、篠原くんは奥村さんのことマッピって呼んでるんスね! 俺もあだ名で呼んでいッスか?」

「へ? まあ、うん。かまわないけど」


 すかさず視線を向けてきた透に真浩は戸惑いながらうなずく。


「やったッス! えーと、どうしようなかー」


 思案顔の透を前にして真浩と亮介は顔を見合わせる。そんな三人の様子をクラスメイトは興味深そうに見つめていた。


「うん、決まったッス!」

「え、どんなの?」


 自分のあだ名ということで興味がわいた真浩は透に尋ねる。


「ヒロぽんッス!」

「「……」」

「我ながら良いあだ名が思いついたッス」


 何とも言えないネーミングセンスに真浩と亮介は沈黙する。一方透は自分の考えがよほど気に入ったのか満足げに何度もうなずいている。


「んじゃ、今日から奥村さんはヒロぽんッス! ちなみに篠原くんのも考えたッス!」

「悪い予感しかしないけど、ちなみにどんなの?」

「聞いて驚いちゃいけないッス! それは……スケぴょんッス!」

「え? なんで俺はぴょんなの!?」


 なぜか自慢げに話す透に亮介が盛大なツッコミをいれる。


「いや、スケぽんだとちょっと違うなって思ったんス。ぴょんて可愛くないスか?」


 悪意の欠片もない透に亮介が頭を抱える。そんな亮介の肩を真浩が静かにたたいた。


「俺、こういう話を聞かないタイプの人間の対処法知ってる」

「え、何それ知りたい! 今すぐ教えて!」


 力強く真浩の肩を掴んだ亮介に向き合いながらポロリとこぼした。


「それはね……黙って受け入れることだよ……」

「…………」

「どうしたんスか! 二人とも俺も交ぜてほしいッス!」


 遠い目をする真浩を労うように、亮介の手が先ほどとは打って変わって優しく肩を掴んだ。そんな二人の様子にかまわず透が勢いよく二人の肩に腕を回した。


「うわ!」

「ちょっ!」


 重みでバランスを崩しかけた真浩と亮介は、透の楽しそうな顔を見て盛大にため息をついた。それでもどこか憎めない透の様子に苦笑を漏らす。


「ま、仕方ないか」

「ああ」


 肩をすくめる亮介に真浩は軽くうなずいた。そんな朝の少しほのぼのとしたやりとりが一年A組の教室で繰り広げられていた。



 朝の一件の後、まとわりつく透によって真浩の周りは一気に騒がしくなった。基本的に亮介は社交的だがにぎやかに騒ぐといったことはない。昼食時などは真浩と亮介が二人でいるところに乱入した透によって無駄にはしゃいでしまい、周りに好奇の目を向けられたほどだ。それでも真浩にとっては学校生活が色づいたように思えてなんとなく楽しかった。

 そんなにぎやかな一日が終わり、ホームルームが終わると運動部の透は名残惜しげに荷物を手にした。


「じゃあ、俺部活に行くッス。今日は楽しかったッス。また明日もたくさん話したいッス!」

「わかったわかった」

「また明日な」


 真浩と亮介の言葉に、輝く笑顔を向けながら手を振ると透は足早に教室を後にした。


「にぎやかなヤツだな」

「ああ、でも、なんか楽しかったな」


 疲れたようにため息を吐く亮介に、透の出て行った教室のドアを見ながら真浩が答える。真浩の視線の先を見て亮介が苦笑を漏らす。


「確かに。でも、俺としてはちょっと複雑だなー」


 亮介の言葉の意味がわからず、真浩は視線を移しながら首をかしげた。


「何が複雑なんだ?」


 疑問符を浮かべる真浩に亮介は微笑んで答える。


「そりゃ、マッピの友達って位置は俺が独占してたのに、その位置に侵入者が現れたから」


 冗談めかしてそう言った亮介に、今度は真浩が微笑みを向けた。


「なんだよそれ~」

「いや、俺としてはけっこう真面目な問題なんですけどね」


 一変して大げさなほど真剣な表情をつくる亮介に真浩は笑みを深くした。


「でも、俺の友達第一号はお前、だろ?」


 真浩の言葉に一瞬の驚いた顔をした後、亮介は再度微笑んだ。


「出た出た、天然マッピ」

「え?」

 

 一人訳が分からないという顔をしている真浩から視線を外して、亮介は自分の鞄を肩にかけた。


「な~んでもない。じゃね、また明日」


 そう言って手を振る亮介に、真浩は釈然としないながらも手を振った。


「また明日」


 教室を出ていく亮介の後姿を見送りながら、真浩も自分の鞄を手に持って教室を後にした。



 真浩が教室を出てしばらく歩いていると、運良くというべきか悪くというべきか聖司と遭遇した。


「奥村」

「あ、会長。ごくろうさまです」

「これから行動開始か? ずいぶんとゆっくりしていたんだな。お前の落ち着いた行動には毎回感心させられる」


 周りに生徒がいる手前言葉が選ばれているが、聖司の言葉の裏にはさっさと準備に取り掛かれといった意味合いが込められていることを真浩は悟った。周りが聖司の爽やかな微笑みに熱い視線を送る中、真浩だけは青い顔で聖司の隣を歩きながら言い訳を考えていた。


「いや、その、俺のクラスはホームルームが長引いて……」


 ごまかすように笑う真浩に、自分も笑顔で返しながら聖司が答える。


「ほお、そうか。では、お前より先に玄関に向かう一年A組の生徒を見たのは俺の見違いだったということだな?」

「ぐ……」


 真浩にしかわからないように真っ黒いオーラを放ちながら聖司が笑顔で答えた。一方の真浩は言い訳がばれたことでいやな汗が出始めたのを自覚した。


「実は言っていなかったが、俺は先ほど会った場所でお前が来るのを待っていたんだ。準備の進行状況を見ておこうと思ってな。しかし、お前は一向に来ない。待ちくたびれたぞ?」

「すみません」

「言い訳など、俺に通じるわけがないだろう。バカめ」

「……すみません」


 聖司と真浩が玄関付近につくと人通りが少なくなったため、聖司は真浩に言いたい放題である。

 外に出るため玄関でいったん二人は別れたが、すぐに合流し、体育祭の準備が行われているグラウンドに急いだ。一歩外に出ると、いつもより強い風が吹き付けてきて聖司がわずかに顔をしかめる。一方、真浩は先ほど言われたことにしょんぼりとしたままである。そんな真浩の様子にため息を一つ吐くと、聖司は話題をグラウンドのことに切り替えた。


「今日から準備がグラウンドで行われるんだったな」

「はい。だいたいの書類の整理ができたので、実際の設備の指揮を鷹司先輩がとられるそうです」

「そうか。そういえば、お前グラウンドに行くのは初めてじゃないか?」

「はい。体育館なら行ったことがあるんですがグラウンドはまだ」

「ふん」


 真浩の言葉を聞いて、聖司がニヤリと笑った。


「ならば、反応が楽しみだな」


 心なしかウキウキしている様子の聖司に、真浩はこっそりため息をついた。


 二人がしばらく歩いていくと、大きな壁で囲まれた建物が見えてきた。しかし、グラウンドらしきものは見当たらない。


「あの、グラウンドってこの道であってますよね?」


 不安げにあたりを見回す真浩に、聖司が笑顔で前方を指差した。


「あれだ」

「…………は?」

「だから、あれだと言っている」

「……は……えーーー!」


 真浩は目を疑った。聖司が指差したのは、先ほどの壁で囲まれた建物だったからだ。およそグラウンドと呼べる様子はどこにもない。ただ一つ言えることは、その建物がとんでもなく大きいということだけだ。


「い、いや、でもこれは建物なんじゃ……」


 戸惑う真浩に構わず足を進めながら聖司が説明し始めた。


「間違いなくこの建物が我が学園のグラウンドだ」

「でも、あの、競技をする場所が……」

「この建物はいわゆるコロシアムのような形状になっている。競技を行うのはこの中だ」

「なんでこんな形に……」

「龍徳学園の体育祭を見に来る人間はとても多い。そのすべての観客が等しく生徒のことを見ることができるようにこの形になったというわけだ」

「そう……なんですか」

「ちなみに、雨天は自動で天井が出現するからな、競技が中断されることもない」

「自動で天井……ですか」


 真浩はもはや感心するしかなかった。呆気にとられている真浩の様子を聖司がいたずらが成功したような表情で見ていることにも気づかない。


 コロシアム内に入った聖司と真浩が進んでいくと、一気に視界が開ける場所に出た。


「うわー……」


 その場所に出た瞬間、真浩は言葉を失った。周りをぐるりと観客席に囲まれたグラウンドの迫力は驚くものがある。当日にはこの席が全て埋まるのかと思うと、真浩の胸は今から高鳴った。今日はグラウンドの天井が開かれており、切り取られたような秋の空が見える。開かれた天井からは、先ほど感じた強めの風が吹き込み、周りに立てかけられた資材をカタカタと揺らしていた。


「ゴホン」


 一人感動していた真浩は、後ろから不機嫌そうな咳払いが聞こえてきたことに跳び上がった。


「あー……奥村くん? そろそろ作業に取り掛かってくれるかな?」


 真浩が振り返った先には、満面の笑みを顔に張り付けているが、目が全く笑っていない祥一郎が立っていた。聖司はといえば、いつの間にか別の作業を見学しており真浩のみがその場所に取り残されている。


「あ、す、すみません」


 先日の一件以来、すっかり祥一郎に苦手意識と恐怖を感じている真浩は、あたふたとあわて始めた。そんな様子を見かねて祥一郎が指示を出す。


「君はそっちを、俺はこちらを。くれぐれも足を引っ張らないように」


 後半は何かを押し殺した様子で周りの委員に聞こえないようにそう言い残すと、祥一郎は真浩を残して別の作業場へ行ってしまった。持ち場に行こうとした足を止め、ちらりと振り返った真浩の視線の先では聖司と祥一郎が話し合っている声が聞こえる。


「今日は風が強い、なぜ天井を開けている?」

「あ、はい、本番と同じ雰囲気でと思いましたので」

「それにしても、この準備の状況で強風は危険だ」

「すぐ閉めさせます」


 そんな二人の話し声を聞き、踵を返して歩き出しながら真浩は自分と祥一郎の関係について考え始めた。未だ祥一郎に自分は認められていないらしいということを、真浩はどこか歯がゆく感じていからだ。自分は望んで今の役職にいるのではないのだから関係ないという気持ちと、どうすれば認めてもらえるのかという葛藤を抱えながら黙々と歩みを進める。そんなことをつらつらと考えながら、真浩が設置途中のパネルの前を通ろうとしたときそれは起こった。


「危ない!」


 誰かが鋭く叫ぶ声と何かが外れるような音。声は真浩にかけられたものであったが、考え事をしていた真浩は一瞬反応が遅れてしまう。


「え」


 真浩が気づいた時には、張り付けてあった場所からはがれたパネルがちょうど落下してくるところだった。真浩はかろうじて頭を腕でかばい、きつく目を閉じる。その一瞬、真浩は遠くで自分の名を呼ぶ声と、自分に勢いよくぶつかってきた人のぬくもりを感じたような気がした。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 次回は本編を書くか、番外編を書くか思案中です。

 活動報告においてまた連絡させていただこうと思います。


 今後ともよろしくお願いします。

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