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会誌第十七号

 それは一瞬の出来事だった。盛大に落下したパネルが地面にたたきつけられる音と、何かにぶつかられた拍子に倒れ背中に走った痛み。それでも、予想していたものよりはるかに少ない痛みと、何かに抱きしめられ、かばわれている事実に真浩はゆっくりと目を開いた。

 最初に見えたのはコロシアム状のグラウンドの天井から覗く空であった。数回瞬いて現在の状況を把握しようと身を起しかけた時、やっと自分をかばうように覆いかぶさっている人物の存在を認識する。


「っ!」


 横からくぐもった声が聞こえてきたことで、意識がはっきりと覚醒した真浩は自分をかばってくれた人物の横顔を見た。そして、その人物が誰であるかを確認した瞬間、驚きのあまり勢いよく相手の肩を掴むと声をあけた。


「鷹司先輩!」


 半ば無理やり体を起こし、祥一郎を抱えている真浩のもとに聖司を含めた周りの生徒が急いで近づいてきた。


「おい!大丈夫か!」


 焦った様子の聖司が駆け寄り、真浩と祥一郎の様子を確認する。


「俺は、大丈夫です。でも、鷹司先輩が!」

「問題ない」


 焦る真浩を自分からやや乱暴に引きはがすと、祥一郎は制服の埃を払って立ち上がろうとした。


「痛っ!」

「おい!」


 片足に力を入れて立ち上がろうとした祥一郎の体が、バランスを崩して倒れそうになった。その体を聖司が支える。


「お前……」

「申し訳ありません。問題ありませんので」

「だが」

「大丈、っ!」


 再度立ち上がろうとした祥一郎だったが、またもバランスを崩す。見かねた聖司が周りにいた比較的背の高い体育委員を呼び寄せ、祥一郎を保健室に連れて行くよう指示する。


「会長! 俺は大丈夫です!」

「念のためだ。保健室で見てもらっておけ」

「……はい」


 有無を言わせない聖司の雰囲気に祥一郎は渋々うなずき、体育委員に支えられながらその場を後にした。

 祥一郎を見送ると、聖司は動揺する周りを沈め作業の中止と今後の行動を指示し始めた。手際よく行動する聖司の一方で、真浩は祥一郎が去った方向をぼんやりと見つめていた。


「奥村」

「会長……俺のせいで……」


 聖司に名前を呼ばれ、真浩は泣きそうになりながら振り返ってつぶやいた。そんな真浩の背中を聖司がそっと押す。


「とりあえず俺たちも保健室に向かおう」


 作業を中止し始めている生徒たちにそのまま帰るよう伝えると、聖司と真浩は急いで保健室に向かった。



 学園の保健室には、聖司と真浩をはじめ、急遽呼び出された四龍会のメンバーの姿もあった。珍しく英も起きて輪に加わっている。


「一週間絶対安静……か……」


 誰ともなくそうつぶやくと、保健室内の空気は重たいものへと変わった。真浩をかばった祥一郎の怪我は捻挫と診断され、一週間は絶対安静が言い渡された。


「さて、どうしたものか」


 思案顔の聖司に向かって祥一郎が焦ったように返す。


「俺は大丈夫です! 準備はこれまで通り行います!」


 必死な祥一郎の訴えを聖司は一蹴する。


「だめだ」

「しかし!」

「絶対安静だと言われただろう。書面の作業ならまだしも、これから始まるグラウンドの準備は動き回って指示を出さなければならない。何かに上ったり、時に走らなければならないこともあるだろう。それをお前にさせるわけにはいかない」

「ならば、治ってから準備を!」


 なおも言い募る祥一郎に聖司はため息を一つ吐き、亜門が苦笑をもらした。


「体育祭までは確かに三週間と少し時間があるけど、準備は二週前には終わらせないといけないんだよ。そのことは祥一郎も知っているよね」

「そこをなんとか延していただいて」

「それは難しいだろうね。二週間前から各チームの準備や演技練習で騒がしくなる。それに、このことで各チームの演技に影響が出るかもしれないし」

「それでも……」


 亜門の話を聞いても、祥一郎はなおも言い募ろうとする。


「むーりって言ってるっしょ」

「っ!」


 苦々しい表情で何か方法はないかと考えている祥一郎の額を英が指で勢いよく弾いた。痛そうに額をさする祥一郎に英が重ねて言う。


「無理なものは無理なんだよ。だいたい、怪我が悪化して当日出れませんなんてことになったらそれこそ取り返しがつかないでしょーが」


 英の言葉にやっと納得したのか祥一郎は口をつぐんだ。


「でも、実際祥一郎が抜けるとなると大変だね」


 真剣な表情で亜門が考え込む。


「うちは助っ人無理で~す」


 真っ先に笑顔で手を挙げると、拓海は紅の方を向いた。そこには相変わらず菓子をほおばっている紅の姿がある。


「俺は手伝いたいけど、祥一郎が抜けた白龍の穴を埋めないとだし」


 次に発言したのは英であった。少し申し訳なさそうにしながらも、首を振る。


「助けてあげたいけど、うちもヒカリが文化祭準備と同時進行してるからね。ちょっと難しいかな」


 困ったような表情のまま亜門も答える。


「うちにもそんな余力はない。俺も今の作業だけで手一杯だ」


 眉間に皺を寄せながら聖司も首を振る。

 そのまま、だれも一言も発しない重い沈黙が流れる。しばらくして、その沈黙を破ったのはそれまで黙っていた真浩であった。


「あの、俺にやらせてもらえませんか!」


 意を決したように真浩が発言する。その場にいた全員の視線が真浩に突き刺さった。


「今回のことは、俺の不注意も原因です。だから、俺にやらせてもらえませんか!」


 必死に頼む真浩の様子に、聖司と亜門が顔を見合わせた。それをしり目に、英が真浩に問いかけた。


「子ウサギちゃんわかってる? グラウンド設備は体育祭のかなり重要な部分なんだよ? やるからには、もし何かあったら子ウサギちゃんが責任取らなきゃならないんだよ?」


 やさしく問いかける英に、真浩は強くうなずいた。


「はい。それでも、やらせてください!」

「無理だ!」


 しっかりとうなずいた真浩を見て、祥一郎が声を荒げた。


「お前にできるはずないだろ! 何も知らないやつがにわか知識でできることじゃない!」


 真浩はにらみつけてくる祥一郎の視線にひるみそうになりながらなんとか返す。


「わからないことはお聞きします。俺でもできることがあるはずです」

「話にならん。会長、止めてください。やはり俺がやります!」


 引く様子のない真浩の説得をあきらめ、祥一郎は聖司に詰め寄る。


「落ち着け鷹司。先ほども言ったが、お前にやらせるわけにはいかない。奥村以外に適任者がいないことも確かだ」


 興奮のあまり立ち上がろうとする祥一郎を抑え、聖司は真浩に向き合った。


「できるのか?」

「精一杯やるつもりです」

「準備の方に時間を割くことになっても、お前が黒龍の副主将であることは変わらん。そちらをないがしろにされては困るぞ」

「はい。それはわかっています」

「どちらも責任をとれるんだな?」

「はい。やらせてください」


 しばらく真浩を見つめた後、聖司は四龍会のメンバーをぐるりと見回した。


「奥村の意見を尊重して、今後のグラウンド設備は奥村に任せる」

「そんな……」


 驚きと焦りを隠せないまま祥一郎がつぶやいたが、聖司の決定が変わることはなかった。


「では、話が決まったところでこの場は解散だ。鷹司には寮までの迎えを後でよこすこととしよう」


 そう言って聖司は周りのメンバーといくつか言葉を交わすと保健室を後にした。その後に他のメンバーも続く。

 他のメンバーが出て行ってしまったことで、保健室には真浩と祥一郎だけが残された。二人の間に重い沈黙がながれる。

 その沈黙を破るように真浩が口を開いた。


「あの、さっきはありがとうございました」

「別に、お前のためにやったことではない。作業中にけが人を出すわけにいかなかっただけだ」

「それでも、かばっていただいたのは事実なので」


 真浩の言葉を最後に再び沈黙が続く。沈黙の中、次に口を開いたのは祥一郎だった。


「お前、やれるのか?」


 静かに問いかけられた祥一郎の言葉が何を意味しているのか、真浩は瞬時に理解した。


「全力でやるつもりです」


 真浩の強い視線を受けて祥一郎は目を細めた。


「会長の言葉は絶対だ。不本意だが今はお前に任せるしかない」


 言い終わると祥一郎は真浩から視線を逸らし、夕陽に染まる窓の外を見た。


「せいぜい失望させるなよ」


 一切真浩に視線を向けないまま、祥一郎がそうつぶやく。紅い夕陽に照らされた祥一郎の横顔は、美しい夕焼け空とは対照的にその心を映したように曇っていた。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 とりあえず体育祭まで突き進もうと思います。

 聖アンの皆さんにも登場していただかなければならないので。


 今後ともよろしくお願いします。

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