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会誌第十五号

 奥村真浩は急いでいた。それはもう急いでいた。

 すれ違う生徒が思わず振り返るような速さで、龍徳学園特別棟四階の廊下を闊歩していた。余談だが校則で廊下を走ることは禁止されているので、かろうじて早歩きと呼べなくもないスピードである。

 真浩がここまで急いでいるのには理由があった。それは、生徒会長の御門聖司に呼び出されたことである。嵐のような聖アンシェル女学院との会議後、真浩は聖司から第一視聴覚室に来るよう連絡を受けた。そのことが現在真浩を急がせているのである。


「なんでこんなに遠いんだ」


 歩調を緩めず真浩はつい一人で顔をしかめた。第一視聴覚室は特別棟の最上階にあるうえ、真浩の教室からは一番遠い位置に存在する。これには場所を指定した人物の意図を感じずにはいられなかった。


「えっと、確かこの奥の……」


 真浩視界にやっと第一視聴覚室の文字が映る。教室のドアに手をかけると、一つ深呼吸して心持ゆっくりと開いた。


「遅れてすみません」


 真浩がそういって一歩踏み込むと、教室内にいた四人の生徒の視線が突き刺さる。その中の一人である聖司が一瞬真っ黒な笑顔を浮かべた後、心底心配そうな表情をつくって真浩に声をかけた。


「ああ、奥村。遅かったじゃないか、心配していたんだぞ?」


 一切立ち上がることなく、腕と足を組みながら話す聖司を見て真浩は凍りついた。


「すみません……日直の仕事があって……日誌を書いていたので……」


 表情を凍らせながら話す真浩に、聖司がやさしく微笑んだ。


「いやいや、気にすることはない。途中で何かあったのではと心配していたんだ。さあ、こっちに来て座りなさい」


 そういって聖司が自分の隣の席を指差した。そのことに、真浩は内心冷や汗を流す。この状況で真浩がその席に座ることはいわば拷問だ。一向に動こうとしない真浩に聖司が首をかしげる。


「どうした? そんなところにいては会議がはじめられないだろう?」


 微笑んでいる聖司の様子がだんだん不穏なものになってきていることを察知し、真浩は今すぐ土下座しそうになる自分を必死で押しとどめる。そして、ほかのメンバーに軽く謝ると急いで自分の席に座った。

 真浩が座ったことを確認すると、すかさず聖司が自分の手元から余っていた資料を一部とった。そのまま真浩の前に資料を置くと、聖司の指はごく自然に資料の一部を軽く二度ほどたたいて離れていった。真浩は資料をもらったことにお礼を言い、なにげなく先ほど聖司の指がたたいて行った場所に目を向ける。そして、そのまま顔色を真っ青にして再度凍りついた。

 資料の余白には流麗な文字で一言。


―遅刻魔の雑用にはそろそろお仕置きが必要か?―


 一人瀕死の真浩に気づくことなく、一人の生徒が立ち上がって声を発した。


「では、これから黒龍の代表者会議を始める」


 元気よく宣言したのはいかにも体育会系ですとった様子の、ガタイの良い男子生徒だった。はきはきとしたしゃべり方に笑顔がまぶしい。


「俺は、今日の司会を務める三年A組の国松康文(くにまつやすふみ)だ。よろしく。とりあえず、大将と副大将はいいとして、二年と一年の代表は名前を言ってもらおうか」


 話を振られた聖司、真浩を除く二人は軽くうなずいた後、上級生らしき生徒が静かに立ち上がった。


「二年A組、所沢邦弘(ところざわくにひろ)です。よろしくお願いします」


 優雅に一礼すると邦弘は席についた。康文とは対照的におよそ体育祭とは縁のないようなおちついた雰囲気の持ち主である。

 そんな邦弘をよそに、もう一人の生徒が元気よく立ち上がった。


「一年A組、清水透(しみずとおる)ッス!よろしくお願いしまッス!」


 名乗り終わった透から、なんとなく視線を向けられているような気がして真浩は顔を上げた。すると、思いのほかキラキラした熱い視線とぶつかり驚く。


「あの、奥村さん俺のこと知ってるッスか?」


 熱い視線に戸惑いながら真浩は自分の記憶をたどる。クラスは一緒のはずだが、残念ながら転校間もない真浩の記憶に透の存在はなかった。


「えっと……ごめん……ちょっとわからないや」


 真浩の言葉に聖司の目がキラリと光ったが、気づかないふりをして透と向き合う。


「そッスかー……」


 そう言って心底残念そうにする透の様子に、真浩は少なからず罪悪感を抱く。しかし、透はすぐに表情を明るいものに変えると心持真浩の方に乗り出して言った。


「じゃあ、この機会に俺のこと覚えてもらうッス」


 ニコニコと笑いながら真浩の方を見る透に、真浩は曖昧な笑みを返した。

 二人の様子がひと段落したところで、康文が確認するように聖司とうなずき合って話を進めた。


「それでは、話の本題に入ろう。今日の議題は体育祭の応援合戦についてだ。一年生はまだよくわかっていないと思うから一応簡単に説明からさせてもらう。我が龍徳学園の体育祭では、競技が午前に五種目、午後に五種目で構成されている。そのうち、午後の最初の種目が応援合戦だ。応援合戦は毎年各チームが趣向を凝らした演技を披露する」


 そこで話を切ると、康文は真浩と透に確認するように視線を向けた。二人がうなずくと、康文は一つうなずいて再度話を続けた。


「応援合戦の演技者は各チーム二十名。もちろん、俺たちはこの二十人の中に含まれる。採点方法は審査員の先生方と観客の投票制となる。つまり、どれだけ見ている人の心をつかめるかということが勝負のカギとなる」


 勝負という言葉が出た瞬間、康文の瞳は熱く燃え上がった。そんな康文に、先ほどまで真浩の事を見つめていた透が元気よく手を挙げた。


「あの、質問していいッスか?」


 飛び跳ねるように手を挙げて質問した透に、康文が快くうなずく。


「去年とかはどんなのしたんスか?」


 興味津々で質問してきた透に、康文でなく聖司が答えた。


「確か、昨年は平安装束で舞を披露した」

「……は!?」

「すごいッス!」


 こともなげに言った聖司に、真浩は毎度のことながら信じられないといった様子で、透は純粋に感動した様子で視線を向ける。


「まだ残暑が厳しかったからな、屋外での演技には骨が折れた」

「俺は舞が初めてだったからなかなか覚えられなくて」


 懐かしむように話す聖司と康文を見ながら、真浩は軽い頭痛を覚えた。


「あの、すみません。俺の聞き間違いでなければ体育祭の応援合戦のお話でしたよね?」


 確認のために恐る恐る質問した真浩に、聖司と康文が首をかしげながら答えた。


「ああ」

「それがなにか?」


 聖司と康文だけでなく、邦弘や透も真浩が顔色を変えている意味が全く分からないといった様子だ。


「いえ、応援合戦にふつう平安装束で舞は……」


 周りの視線に負けそうになる自分をなんとか叱咤して真浩は発言した。その言葉に反応したのは聖司である。


「ほお、では、奥村が言う普通の応援合戦とはどんなものだ?」


 興味深そうに聞いてくる聖司に、真浩は少し戸惑いながら答えた。


「えっと、俺も高校のことはあまり詳しくないんですが、学ランで声掛けするとか大太鼓に合わせてエールを送るとかじゃないですか?」


 必死で記憶にある応援合戦を思い出しながら真浩は説明した。


「学ランで応援……」


 康文がそう言った後、他のメンバーはそろって沈黙してしまった。重い沈黙の中、さりげなく周りをうかがっていた真浩が発言しようとした時、聖司が顔を上げて言った。


「いいかもしれないな」


 その言葉に真浩はあわてて聖司に視線を向ける。真浩の視線に微笑みで返した後、聖司はその場の全員を見渡して言った。


「おそらく、今年も各チーム派手な演技をしてくるだろう。その中で、一見地味ではあるが、応援するという意志を見せることができれば決して周りに劣る演技にはなるまい。俺はそう思うが、皆はどうだ?」


 聖司の言葉に少し考えた後、康文が笑顔で同意した。


「いい考えだと思う。俺もそういった演技の方が向いている気がする」


 続いて邦弘もうなずく。


「僕も会長の意見に異論ありません」


 そして、当然ながら透も満面の笑みで賛成する。


「俺も俺も! 賛成ッス! シンプル・イズ・ベストってやつッスね!」


 全員の同意が得られたところで、視線は真浩に集まった。嬉々として自分の意見に賛成するメンバーを、真浩は唖然と見つめる。


「奥村、実にすばらしい意見だった」

「本当に、新しい意見だ。考えもつかなかった」

「やはり生徒会の方は違いますね」

「やっぱすっげーッス! これからよろしくッス」


 聖司の何か含んだ笑顔を除き、他の三人に手放しでほめられて真浩はドギマギしながら軽くお礼を言った。


「さて、演技内容が決まったところで今後の予定についてだ」


 聖司の発言に、それまで真浩を見ていたメンバーが一斉に視線を移動させる。全員が聖司の方を見ていることを確認すると、聖司は口を開いた。


「まず、国松は演目の陣形を考えてほしい。俺も手伝うが主にその作業は任せたい。いけるか?」

「任せてくれ」


 問いかけた聖司に康文が力強くうなずいた。


「頼むぞ。次に、所沢。お前は学ランの手配。デザインについては、一応俺に確認してくれ」

「はい。わかりました」


 聖司の言葉に、邦弘がゆっくりとうなずく。


「よし。では、最後に奥村と清水だ。奥村は生徒会の方で体育委員のサポートはあるからな、しばらくはそちらに集中するように。清水はとりあえず次の指示あるまで待機だ」

「はい」

「了解ッス!」


 祥一郎の顔を思い浮かべ、少し沈んだ気持ちになっている真浩とは対称的に、透は元気よく敬礼した。


「では諸君、各々の職務を全うするように」

「今日の会議を終了します。解散」


 聖司の発言を受けて、康文が締めの言葉を発する。全員で一礼すると、それぞれ荷物をまとめてその場を後にしていった。透に関しては真浩と離れがたい様子だったが、部活動があるため渋々その場を後にした。

 最後に視聴覚室を施錠した聖司とともに、真浩は校舎内の階段に続く廊下を歩いていた。他の生徒たちは下校したか部活動に参加しているようで二人以外に人影はない。先ほどの資料に書かれていた聖司からのメッセージもあり、チラチラと様子を見ながら真浩は黙って歩く。すると、ふいに聖司が真浩に視線が向けられた。


「奥村」

「は、はい!」

「……いきなり大きな声を出すな」


 聖司に名前を呼ばれ、驚いて真浩は返事をした。あまりにも驚いて返事をしたため、必然的に真浩の声が大きくなり、聖司は怪訝そうな表情をつくる。


「す、すみません」


 聖司の様子に真浩があわてて謝る。


「まあ、いい。それで、今日の会議内容で何か疑問に思ったことはないか? あれば今うちに聞いておけよ」


 てっきり遅刻のことについて言及されると思っていた真浩は、聖司の意外な言葉に急いで会議内容を振り返った。


「そうですね……しいて言うなら俺の案を通してしまってよかったのかということでしょうか」

 

 戸惑いがちに問う真浩に、聖司はなんだそんなことかと言わんばかりの視線を向けた。


「先ほども言ったように、他のチームは派手な演出を今年もするに違いない。その点、今回の案は逆に伝えたいことがはっきりしていいだろう」

「はあ、そういうものですか」


 聖司の言葉に真浩は曖昧な言葉で返す。


「それに、お前、あまり複雑なものはできないだろう? 違うか?」

「う……」

「今回の演目ぐらいがちょうどいいだろう。実にお前らしい庶民的で平凡な演出だからな」

「お気遣いありがとうございます」


 聖司はいつもの人の悪い笑みを浮かべながら真浩を見た。その笑顔に、真浩は表情を引きつらせる。


「それに、俺のやることに間違いがあるはずがない」


 聖司の言葉を聞いた真浩は、内心でげんなりしながらも引きつった笑顔のまま視線を逸らす。


「ところで、奥村」


 再度名前を呼ばれた真浩は顔をあげる。


「お前この後どうする?」

「え?この後ですか?」


 聖司に問われて、真浩はしばし思案した後答えた。


「この後は少し鷹司先輩の方に顔を出そうかと思います」

「そうか、確かあっちも今は卓上業務だけのはずだ。足を引っ張るなよ」

「う……はい、頑張ります」


 ニヤニヤと笑いかける聖司に焦りながら真浩が答える。その様子を見て聖司の笑みが深くなる。


「では、お互い業務に励むとしようか」


 そう言って聖司が足を止める。どうやら聖司と真浩の目的階は違うようだ。


「しっかりやれよ」


 踵を返した聖司の背中に、真浩はお辞儀をしながら声をかけた。


「会長もお仕事がんばってください」


 その言葉に、聖司はちらりと視線を後ろに送るとすぐに視線を前に戻して言った。


「同じクラスの生徒の名前を覚えられないやつとは、頭のつくりが違うから問題ない」


 ひらひらと手を振りながら笑いをこらえるような声で発せられた言葉に、一瞬何のことかわからず首をかしげた真浩であったが、先ほどの会議の内容を思い出し勢いよく顔をあげる。真浩の視線の先には、小さくなっていく聖司の背中があった。

 そして、ふとこれから聖司がこなすであろう仕事の量を考える。自分の仕事でさえ目が回るような量なのだ。聖司の仕事はそれとは比べ物にならないものだろう。もうかなり小さくなった聖司の背中に、学園の全てがのしかかっているのだと思うと、真浩はどうすることもできないと知りながら言い知れないもどかしさを感じていた。

 そんな感情を振り払うように、聖司にもう一度軽くお辞儀をすると、真浩は急いで階段を下ったのであった。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 投稿が大変遅くなってしまいましたが、やっと最新話を書き上げることができました。

 今後ともよろしくお願いします。

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