会誌第十四号
会議が始まったころにはまだ明るかった会議室の窓の外は、夕日が今にも沈もうとしている。夕日のオレンジ色がだんだん消えていく様を、真浩は僅かに見て未だ終わりそうにない会議にひそかに溜息を吐いた。
「では、まずアリス役から決めていくことにしましょうか」
聖司がそう言うと、寮生徒会の書記が記録の体制に入った。そこはさすが兄妹といったところか、全く同じ動作で話が進むのを待っている。
「さて、誰にすべきか……」
思案顔で聖司がメンバーを見渡していると、聞き慣れた声が上がった。
「うちの美咲さんが良いのではなくて?」
名指しされた美咲は勢いよく顔を挙げると、こぼれんばかりに目を見開いた。何か意見しようとしているのか口がパクパクと動いている。その様子にかまわず百合華が続けた。
「一番アリスにふさわしいと思いますわ。特に容姿が適当ではないかしら」
しかし、自信満々に言った百合華に、例のごとく聖司が待ったをかけた。
「待ってください。それでは主人公が花園会のメンバーということになってしまう」
聖司の意見に百合華がすかさず反論する。
「それに何か問題が?童話の主人公は少女ですわ。うちから出すのが定石ではなくて?」
聖司は百合華の言葉に少し思案すると、さわやかに微笑んでこう言った。
「うちには奥村がいます」
「…………はあ!?」
聖司の発言に対して、百合華が何かを言う前に驚きの声をあげたのは真浩であった。まさか自分の名前が出るとは考えていなかったため、思考が追い付かず先ほどの美咲のように口を動かすが言葉が出てこない。
そんな真浩の様子にかまわず涼しい顔をしている聖司に、百合華を含めた周りのメンバーが驚きの表情を向けた。ただし、亜門と拓海だけはどこか面白がっている様子がうかがえる。そんな空気を払うように百合華が聖司に問いかけた。
「ちょっとお待ちになって。どういう意味かしら」
「聞いての通り、うちにはアリスに相応しいメンバーがいるということです」
「先ほども申し上げたように、不思議の国のアリスは主人公が少女ですわ。そちらの方は、私には男性のようにお見受けしますけど」
そう言うと百合華は真浩に視線を向ける。その視線に気づいた真浩は、百合華の言葉を肯定するように勢いよく首を縦に振った。
「確かに、アリスは女性です。しかし、それを女性がやらなければならないという決まりはない」
「それは……」
「これまで我が四龍会は恋愛モノの童話を男子生徒のみで演じてきました。昨年のシンデレラも例にもれません。劇は龍徳学園で演じられるのですから、うちの生徒が主役を務めることが相応しいでしょう」
聖司の言葉に、真浩はなんとなくその意図を理解した。つまり、聖司は自分の学園で他校の生徒が主役を演じることが許せないのである。意図を理解しても、はいそうですかとうなずける内容ではない。真浩は完全に被害者である自分の身を呪った。
「お話になりませんわ」
百合華も聖司の意図を理解したのか呆れたように溜息を吐いた。しかし、聖司は折れることなく続ける。
「では、こちらがアリス役をいただくということで」
話を進めようとした聖司だが、それを許す百合華ではない。
「そちらの都合で進められるのは不愉快ですわ。こちらは、美咲さん以外アリスと認めません」
「それはこちらも同じことです。奥村以外アリスとは認められません」
「女性の役は女性に譲るべきではなくて?」
「それこそ偏見です。平等の精神を重んじる聖アンシェル女学院の生徒にあるまじき発言では?」
本日何度目かの戦闘が始まった。悲しいことに、当事者である真浩と美咲には一切発言権が認められていない。自分たちの命運がかかっているにも関わらず、何もできないことに真浩と美咲はおろおろとするばかりだ。笑顔のまま火花を散らす聖司と百合華に、淳が溜息を吐きながら声をかけた。
「二人ともそのくらいにしなよ。また同じ展開じゃない」
「でも、淳さんこちらが折れるわけにはいきませんわ」
「こちらも譲るつもりはありません」
一向に意見を変えない聖司と百合華に、淳はお手上げといった様子で亜門を見た。その視線を受けて、亜門が苦笑しながら二人に話しかける。
「じゃあ、いっそアリスを二人にしたらどうですか?」
亜門の思いがけない発言に、真浩と美咲はそろって青い顔をした。一方、聖司と百合華は一瞬亜門の言葉に面喰ったような顔をしていたが、瞬時に顔色を明るいものに変える。
「いい考えかもしれませんわ」
「こちらも賛成です」
「決まりですわね」
これまでの不穏な空気はどこへやら、聖司と百合華はキラキラとした瞳でうなずき合っている。対照的に今にも死にそうな顔で絶句しているのは言わずもがな真浩と美咲である。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
勇気を振り絞って発言した真浩に、聖司と百合華の視線が突き刺さる。一瞬ひるんだ真浩であったが自分を奮い立たせて言葉を続ける。
「二人だなんて、原作の童話を元にするなら主人公は一人じゃないですか。それに主人公ならば会長たちが演じられた方が良いのではないですか?」
必死に言い募る真浩の様子に美咲も同意する。
「そ、そうです。お姉様方が演じられた方が良いと私も思います」
そんな二人に視線を向けながら、聖司と百合華は同時に溜息を吐いた。
「美咲さん、わかっていませんのね」
「奥村、わかっていないな」
聖司と百合華はそろってニヤリと微笑みながら真浩と美咲を見た。
「俺がアリスなどという貧相なキャラクターを演じると思うか?」
「私がアリスなどという貧相なキャラクターを演じると思って?」
その微笑みに、真浩と美咲は言葉をなくした。そしてようやく思い出す。この二人が非常に傍若無人で、生徒会のメンバーとはいえ、一年生の真浩と美咲がかなうはずがないということを。
「いや、しかし盲点でしたね」
「ええ、本当に。私としたことがこんなにいい案を思いつかないなど……冷静な判断力を欠くといけませんわね。近衛さんといったかしら。良い意見に感謝しますわ」
「いえ、めっそうもございません」
微笑みながら礼を言う百合華に、亜門も優しく微笑みながら会釈した。
「なにはともあれ、話がまとまったならよかったじゃない」
さわやかに笑う淳も加わり、穏やかな会話を繰り広げる四人に真浩と美咲は自分たちが置いていかれたことを悟った。
「では、話を戻して他の配役を決めていくことにしましょうか」
「そうですわね。主人公は決まったことですし、他の配役も早く決めて練習に入りましょう」
急に連帯感をもった聖司と百合華が話を進める。先ほどまで望んでいた状況であるにも関わらず、真浩は今の状況を素直に喜べずにいた。
「では、まずチェシャネコから」
「少しいいですか?」
聖司の進行に待ったをかけたのは、今までひたすら傍観に徹していた拓海であった。その無邪気な満面の笑みになんとなく真浩は嫌な予感がした。
「京華院か。どうした?」
急に発言した拓海に、聖司も首をかしげながら問いかける。
「あ、えっと、ちょっと考えたんですけど……」
「なんだ。言ってみろ」
いつものどこか含みのある飄々とした笑顔ではなく、どこか戸惑うような笑顔のまま拓海が答える。
「俺がこんな発言していいのかわからないんですけど……劇の内容をアリス役の二人に伝えず、二人には当日アドリブで演じてもらうっていうのはどうですか?」
「え!?」
「そんな!」
拓海の言葉を聞き、真浩と美咲が同時に声をあげる。しかし、そんな二人の様子にかまわず聖司は腕組みをして少し思案した後百合華の方に視線を向けた。
「今の意見どう思われます?」
「面白いのではなくて? 私は賛成ですわ」
「ふむ」
百合華の意見を聞き、聖司は真浩と美咲に視線を向ける。そしてニッコリと微笑んだ。その微笑みに真浩は目の前が真っ暗になるのを感じたのだった。
「二人とも、少し外に出ていてもらえるだろうか」
―バタン―
真浩と美咲の前で重い音をたてながらゲストルームの扉が閉まった。完全に扉が閉まったことを確認すると、二人は盛大に溜息を吐く。真浩は部屋を出るときに見た拓海の、いたずらを成功させた子供のような笑顔をぼんやりと思い出した。そんな真浩に美咲が声をかける。
「とりあえず、言われた部屋に行きましょうか」
「あ、はい。そうですね」
真浩が美咲の言葉にうなずくと、二人は連れ立って聖司に指示された隣の部屋に移動した。
「お互い大変ですね」
「ええ、本当に」
真浩と美咲はそろって疲れた表情を浮かべる。寮の給仕担当の職員が二人分の飲み物を用意して静かに下がっていった。しばらく沈黙していた二人であったが、おもむろに真浩が口を開いた。
「あの、なぜ佐倉さんは花園会に? あ、もし言いにくいようだったら良いんですが」
真浩の質問に微笑みで返しながら美咲が答える。
「いえ、かまいません。私が入会したのは入学式の日に、百合華お姉様と姉妹関係を結んだことがきっかけです」
用意された紅茶を一口飲みながら美咲は懐かしむように目を閉じた。
「姉妹関係というのは聖アンシェル女学院の制度のことで、上級生が下級生を自分の妹として、下級生が上級生を自分の姉として認めあうものです。確か龍徳学園にもそういった制度があると聞いたことがありますが」
美咲に問われて真浩がうなずき返す。
「確かに、龍徳学園にも師弟制度が設けられています。俺はまだこの学園に来たばかりなのでだいたいのことしかわかりませんが」
そう言って真浩は美咲に師弟制度について説明した。
「似た制度があるんですね。ちなみに、奥村さんはどなたかと師弟関係を結んでおられるのですか?」
興味深そうに聞いてくる美咲に真浩は首を横に振った。
「俺は誰とも。四龍会に入ったのも事故みたいなものですから。会長に突然生徒会入りを命じられたので、俺自身に能力はないんです」
困ったように笑う真浩に、美咲が少し驚いた表情で首をひねった。
「でも、先ほど四龍会の生徒会長さんが奥村さんは知識量が豊富で将来有望だと」
「い、いえ! きっとあれは売り言葉に買い言葉といった感じだったと思います。あんなこと言われたことありませんから。佐倉さんこそ、九条先輩が知識を駆使した多方面でのサポートができると」
「あ、あれは! 私こそ言われたことのない褒め言葉で……困っていました……」
自分のイメージが相手に誇張されて伝わっていたことに気恥かしさを感じ、二人はそろってほんのり頬を染めながら視線をそらした。しかし、真浩は少しくすぐったいような気がして知らず微笑んでいた。真浩の微笑みに気づき、美咲が不思議そうな視線を向ける。
「あ、すみません。でも、なんだか俺たち境遇が似てるなって」
真浩の微笑みの意味を知った美咲は、穏やかに微笑むとうなずいた。
「言われてみれば。確かにお互い生徒会に入る理由とか、先ほどの会議での立場とか似てるかもしれませんね」
くすくすと笑いながら真浩はふとに気がついた。
「あ、でも一つ違うところがあると思います」
「え? なんですか?」
笑いあったことで和んだ空気の中、興味深々で美咲が真浩に問いかけた。
「価値観ですよ」
「価値観?」
「何かにつけてお金のかけ方に対する価値観が違います。美咲さん達にとってはこの寮なんかも普通なんでしょうが、俺にとってはもう信じられないくらい大きいんですよ」
大げさに困った顔をつくる真浩に美咲は微笑みながら返した。
「いえ、私も十分に大きいと思います」
「え? でも美咲さんみたいにお金持ちの家のお嬢さんならこんな大きさ見なれているのでは?」
「ふふ、いいえ。私の家は一般的なサラリーマン家庭ですよ」
美咲の言葉に真浩は驚いた。
「そうなんですか? お父さんが大企業の社長とかではなく?」
「はい、ついでに申し上げますと、今日ここにうかがった花園会のメンバーのうち半数は一般家庭の出身です」
「驚きました。龍徳学園では一定以上の金額を学園に寄付している家庭の生徒しか生徒会には入れないので、てっきり聖アンシェル女学院も同じ制度なのかと」
「うちの学院は重要視している平等の実現のため、生徒の日常生活において貧富の差はないんです。とは言え、私立の学校なのである程度の学費の支払い能力のある家庭に限定されますが」
「へえ……」
美咲の言葉に、真浩は新鮮さを感じてうなずいた。
「そう言う考え方素敵ですね」
「はい。私も公平であろうとする学院の姿勢は素敵だと思います」
二人がそんな話をしていると、部屋の扉が開いて百合華が顔を覗かせた。
「美咲さん、帰りますわよ」
「あ、はい!」
美咲が百合華の言葉に急いで立ちあがった。
「奥村、見送りに外まで出る。ついてこい」
「はい」
続いて現れた聖司を見て真浩も腰をあげた。
両校の生徒会メンバーの最後尾を歩きながら、真浩と美咲は一度だけ微笑みあった。
「それでは、四龍会の皆さんごきげんよう」
優雅にお辞儀をした百合華に続き、花園会のメンバーが挨拶を交わしながら次々と車に乗り込んでいく。最後に美咲が乗り込むと車が静かに動き出した。車が見えなくなると、誰からともなく溜息が洩れる。
「う~ん、や~とおわった~」
「全くだ」
「一時はどうなるかと思ったけどね」
「ねむ……zzz」
「一条さん! 寝るなら寮で」
「……」
「はあ~」
拓海の言葉を皮切りに、四龍会のメンバーはいつもの雰囲気を取り戻した。英に関しては気を失ったように寝始めてしまい、慌てて祥一郎が受け止めている。
「じゃあ、俺はこれで」
「奥村、明日は黒龍の会議をおこなう。第一視聴覚室に来い」
「はい、わかりました。では、おやすみなさい」
軽く挨拶を交わし、真浩は聖司に言われたことを忘れないように頭の中で反芻しながら特別棟の生徒寮に続く道を足早に進む。微かに響く虫の声を聞きながら空を見上げると、すっかり暗くなった空に無数の星が輝いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
やっと会議終了です。
思いのほか長くなってしまいすみません。
次回からは体育祭に向けて話を進めていこうと思います。




