会誌第十三号
引き続き四龍殿北棟四階ゲストルーム。
未だ続く冷戦を静めたのは、聖アンシェル女学院の小麦色の肌に短い髪の最後から二番目に車を降りた女子生徒であった。エスコートの時は眩しい笑顔であったが、今はどことなく困ったような笑顔で聖司と百合華の方を向いている。
「二人ともそのへんにしといたら? あたしら側の自己紹介もまだ終わっていないんだし」
そういって割って入った女子生徒に、冷戦中の二人がちらりと視線を向けて数分ぶりに口を開いた。
「確かに、そちらの方の言うとおりですね」
「ええ、本当に優秀なメンバーがいて助かるわ」
「しかし、上の者がこれではずいぶん苦労するでしょう?」
意見してきた女子生徒を見ながら聖司が困ったように微笑む。その様子に、聖司と冷戦を繰り広げていた女子生徒の眉がピクリと動いた。
「意見があるなら後にしてくださる? いいかげん、私たちの紹介に移りたいのですけれど?」
「これは失礼。どうぞ」
聖司が大げさなくらい恭しく頭をさげて女子生徒に向き合った。その様子に、またピクリと眉を反応させてゆっくりと立ち上がった女子生徒が話し始めた。
「ずいぶんと時間がかかってしまってごめんなさい。私たちはご存知の通り、聖アンシェル女学院生徒会、通称花園会のメンバーです。そして、生徒会長は私、九条百合華が務めております。生徒間では白百合の君という愛称で呼ばれていますわ。どうぞよろしく」
優雅に一礼して一度周りを見渡すと、百合華は自分の席に腰を下ろした。その様子に四龍会のメンバーは会釈で返す。
次に立ち上がったのは先ほど聖司と百合華の冷戦を静めた女子生徒であった。
「どうも、生徒会副会長の榊淳です。紫陽花の君って呼ばれてます。以後よろしく」
終始笑顔で挨拶すると、淳も百合華と同じように自分の席に座った。淳の明るい様子に、周りの空気がいくらか和らいだ。
そんな淳の次にゆっくりと立ち上がったのは一番長身の女子生徒であった。どこかぼんやりした様子で挨拶をはじめる。
「こんにちは~同じく副会長の一ノ宮紫織で~す。雛菊の君って呼ばれてま~す。よろしくで~す」
妙に間延びした挨拶を終えると、紫織はスカートのポケットから小さめの棒付きキャンディーを取り出し口に頬張った。まぐまぐとキャンディーを食べ始めた紫織を百合華がたしなめる。
「紫織さん、はしたなくってよ」
百合華の言葉に動じることなく紫織がゆっくりと返事をする。
「だって~ゆりりんが長引かせるからお腹すいたんだも~ん」
「私のせいではありません。それに、間食などこの場では相応しくありませんわ」
「ぶ~」
紫織は不満そうな表情をつくるとなめていたキャンディーをガリガリと噛み始めた。静かなゲストルームにキャンディーを噛み砕く音が響く。百合華はその様子に一つ溜息を吐いた。
「はあ~……ごめんなさい。続けてくださる?」
百合華の様子に四龍会をまとめる聖司の姿を見たような気がして、生徒会長とはどこも大変なのだと真浩は改めて実感した。
「では、次は私が。会計の藤原詩乃と申します。これまでのお三方は三年生ですが、一つ下の二年生で桔梗の君と呼ばれています。至らないところも多いかと存じますがよろしくお願い致します」
綺麗にお辞儀をした詩乃が挨拶を終えて席に着いた。真浩がふと先ほどの出会いの場で気になっていたヒカリの様子をうかがうと、詩乃が挨拶をする間極力目を合わせないように下を向いているのがわかった。真浩はその態度に疑問を感じ、後で拓海にでも聞いていようと心の中で思った。
次に立ちあがったのは先ほど紅に抱きついた眩しい金髪の少女であった。
「ごきげんよう。花園会書記の大徳寺蒼といいます。詩乃ちゃんと同じ二年生で、四龍会の大徳寺紅お兄様とはとっても仲よしの兄妹です。あ、ちなみに椿の君って呼ばれてます。よろしくお願いします!」
紅にひたすら熱い視線を向けながら流暢に話す蒼の姿に、四龍会のメンバーは少なからず驚いた。兄妹でこうも違うものなのかと誰もがちらりと紅を見る。紅はそんな周りの様子に慣れているのか、いつもと変わらなず黙って座っていた。
最後に真浩が手を引いていた女子生徒が立ちあがる。これまでの花園会のメンバーはどこか場馴れした様子であったが、この女子生徒だけが緊張した面持ちで挨拶を始めた。
「は、はじめまして。花園会庶務の佐倉美咲です。一年生です。えっと、鈴蘭の……君……と呼ばれています。どうぞよろしくお願いします」
言い終えるとどこか安どした様子で息を吐いた美咲に、今度は聖司が百合華同様質問を投げかけた。
「先ほどの質問を借りるようだが、庶務とはどのような仕事を?」
少し前の真浩と同じように美咲はビクリと肩を揺らし、焦りながら聖司の質問に返す。
「ええと、基本的に色々な委員会からまわされてきた仕事をこなしています」
「では、いわゆる雑用のような仕事ですか?」
さわやかに微笑んで聖司が質問すると、美咲はあたふたと焦り始めた。その様子に自分を重ねて真浩はどこかいたたまれない気持ちになったがどうしようもない。すると、これも先ほどの聖司同様、百合華が美咲に助け船を出した。
「あの、うちの後輩をいじめるのはやめてくださる?」
「おや、これは失礼。そのようなつもりはなかったのですが」
再び暗雲が立ち込め始めたゲストルームに、そこにいたメンバーはまたかと心の中でつぶやいた。美咲に関しては、かわいそうなくらいおろおろしている。しかし、そんな彼女の姿はもはや戦闘態勢に入った二人には全く見えていなかった。仕方なく美咲は自分の席に静かに腰を下ろす。
「確かに、こなしている仕事は重要度の低いものです。それでも、幅広い知識を駆使して多方面でのサポートをしてくれていますわ。そちらの雑用、失礼、補佐の方と一緒になさるのはいささか見当違いなのではなくて?」
「いえいえ、うちの補佐はまだ生徒会に入ったばかりにも関わらず着実に知識を増やしています。今の段階でここまでの知識があれば、近いうちにそちらの雑用、失礼、庶務と同じ、いえそれ以上の働きを見せてくれることでしょう」
「まあ、まだ成果も出していない状況でそのように評価なさっているなんて。せっかちなんですのね」
「先見の明があると言っていただきたいものですね」
途切れることなくおこなわれる言葉の応酬は、聖司と百合華によって微笑みながらおこなわれている。しかし、両者とも目が全く笑っていない。
聖司にあからさまに褒められたことのない真浩は、今の状況を喜ぶべきかいなか非常に複雑な気持ちになった。
さすがに他のメンバーがげんなりし始めたころ、用意されていた紅茶のカップを静かに置き、亜門が未だ睨みあっている二人の生徒会長の方を向いて言った。
「あの、そろそろ会議を始めませんか?」
穏やかに言った亜門の後ろからは真っ黒いオーラがにじみ出ている。その様子を確認した聖司と百合華はそろって肩を揺らした。
二人は数秒固まった後、やや聖司の方が早めに復活し、手もとの資料に急いで視線を向けた。百合華はよほど驚いたのか復活後もちらちらと亜門を盗み見ている。
「おほん、文化祭の内容について詳しく会議していくこととします」
聖司が気を取り直すように一つ咳払いをすると、ようやく内容についての話し合いが始まった。
「まず日程の確認ですが、一日目は龍徳学園、二日目は聖アンシェル女学院、三日目は後夜祭を兼ねて龍徳学園でおこないます。一日目のメインは仮装パレード、二日目は模擬店、三日目は劇ということになります」
四龍会と花園会のメンバーは揃って聖司の話に耳を傾ける。
「一番時間がとられると考えられるのは劇のため、今日は劇の内容をメインに話を進めていきたいと考えます。何か意見はありますか?」
聖司は全員を見まわした後、意見がないことを確認して話を進めた。
「では、劇の内容について、四龍会から提案させていただくのはかぐや姫です。我が四龍会では学園祭で恋愛に関係する童話を上演するのが通例です。よってこの通例に従い、今回のかぐや姫を提案させていただきました」
聖司が言い終ると、すかさず百合華が手を挙げた。聖司が僅かに反応するが、かまわず百合華が発言する。
「少しお待ちになって。かぐや姫ではどうやっても登場人物が足りないのではなくて? 詩乃さん、かぐや姫の登場人物は何人だったかしら」
「はい、翁、媼、かぐや姫、帝、五人の公達を主な登場人物と考えますと九人になります」
「あら、ずいぶんと少ないんですのね」
百合華の問いに、詩乃が一切表情を崩すことなく正確な情報を伝える。そして、詩乃が発言した内容をうけて、大げさに困った様子をつくりながら百合華が首をかしげた。その様子に笑顔をひきつらせながら聖司が答える。
「ご不満でしたか?では、そちらの案をお聞かせ願いましょうか。さぞ立派なものなのでしょうね」
聖司の皮肉を気にすることなく、百合華は自信満々に答える。
「ええ、それはもう。我々が提案するのは、不思議の国のアリスを題材にしたオリジナルストーリーの演劇ですわ。現代と関連させて新しい切り口からストーリーを再編集しますの」
百合華が得意げな視線をむけると、聖司は先ほどの百合華と同じように少し困ったような微笑みを向けて言った。
「実にすばらしい案だと思いますが、それでは時間がかかりすぎるのでは?」
「どういう意味かしら」
「確かに、新しい切り口というのはおもしろい発想ですが、我々には時間がない。今から新しく台本を作っているようではいささか問題ではないですか?」
「それはこちらも考えています。ですから大筋はアリスを題材にすればよいと言っているのです」
「それでも、話を書き換えるとなるとやはり時間の浪費になることは明白です」
さすがにこの後の展開が読めてきた他のメンバーは小さくため息を吐いた。すると、今までぼんやりと話を聞いているだけだった紫織が何の前触れもなくポロリと呟いた。
「んじゃあ、童話の不思議の国のアリスすればいいんじゃないの~?」
食べることを禁止された棒付きキャンディーを弄びながら、紫織がめんどくさそうに聖司と百合華の方を見た。視線を向けられた二人はしばらく沈黙していたが聖司が反論した。
「しかし、四龍会としては恋愛ものをすることが通例です」
渋る聖司に声をかけたのは、傍観者に徹していた英であった。
「この際、その部分は妥協する方向でいいだろう」
いつものゆるい感じではなく神経質そうに眼鏡を押し上げる英に、他の四龍会メンバーも首を縦に振ることで同意した。
「お前たちがそう言うのであればしかたがない。花園会もそれでよろしいですか?」
「問題ありませんわ」
二人の生徒会長はお互いの意見を確認し合いうなずき合った。とりあえず恒例となりつつある二人の冷戦が回避されたことに、他のメンバーはほっと肩をなでおろす。
「では、次に配役を決めていきます。役を決めることで台本ができ次第すぐに練習できるでしょうから。それでいいですね」
「問題なくってよ」
聖司の言葉に百合華がうなずく。二人が会話をすると、知らずその場に緊張が走るといった雰囲気が出来上がっていた。
「詩乃さん、アリスの主な登場人物をここにいるメンバー分挙げていただける?」
そう言って先ほどのかぐや姫の時に引き続き声をかけられたのは、花園会の三つ編み美少女詩乃であった。
「先ほども彼女を指名していたが何か理由でも?」
「ええ、彼女は花園会一の読書家ですから」
「それは心強い」
「彼女は内容をだいたい覚えていますから、任せて差し支えないと思いますわ」
意外と穏やかな会話をする聖司と百合華を見て、他のメンバーはお前らホントは仲いいんじゃないのっと心の中でツッコンだ。
「よろしいでしょうか。では、登場人物について紹介させていただきます。メインキャラクターとしては、アリス、白ウサギ、チェシャネコ、帽子屋、ヤマネ、ハートの女王、三月うさぎ、芋虫、公爵夫人などが考えられます。サブキャラクターですとハートのジャックや白の王、アリスの姉などがいます。これらを合わせるとなんとか全員分の役を確保できると考えます」
全てを言い終えると、詩乃は口を閉じて百合華の言葉を待った。どこで息継ぎをしたのかわからないほど長々と語られた詩乃の言葉に、真浩は聞きながら息苦しさを感じてそっと溜息を吐く。
「詩乃さん、ありがとう。このような配役になりそうですがいかがですか?」
「ええ、問題ありません。配役の件はそちらの意見に従いましょう」
幾度か繰り広げられた冷戦は影をひそめ、終始穏やかに会議は進められる。
聖司と百合華以外のメンバーは、このまま平和に会議が終わりますようにと心の中で切に願った。
その願いが、すぐに打ち砕かれることも知らずに。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
毎回読んでくださる方、今回初めて読んでくださった方様々ではあると思いますが、この物語に目を通していただいたというだけで本当に頭の下がる思いです。
今後とも、お付き合いいただけると幸いです。




