会誌第十二号
そこは一種の戦場だった。
言いようのない緊張感。少しでも気を抜けば命取りになる。強い者たちは持てる力で戦い、弱い者たちはただこの場が無事に治まることを信じて待つばかりだ。
ある者は勝ち誇った笑みを浮かべ、ある者は涼しげな表情の裏に爆発寸前の感情を秘めており、またある者はただただ穏やかに微笑むばかりである。私立龍徳学園、その寮四龍殿の中でも最も広く最も豪華であろう北棟四階のゲストルームは現在静かな戦いが繰り広げられていた。
その戦場で一刻も早くこの状況が改善されることを祈りながら、真浩はここに至るまでの経緯をぼんやり思い出していた。
さかのぼること数十分前。生徒会の面々はいつもの温室に集まっていた。珍しいことに、ヒカリは女装をしておらず、英は真浩が起こす前に目覚めている。しかし、二人ともどこか不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた。全員が集まったことを確認し、聖司がおもむろに口を開く。
「全員そろったな。それでは、今日の予定を確認する。知っての通りこの後、聖アンシェル女学院の生徒が来園することになっている」
聖司の言葉にその場の全員が静かに耳を傾ける。
「昨日確認した通り、奥村、京華院、鷹司、一条、亜門、俺の順であちらの生徒会メンバーをエスコートする」
「あの、本当に俺が一番最初なんですか?」
恐る恐る手をあげた真浩に、聖司が視線を向けて答えた。
「昨日も言っただろう。最初のエスコートは車から降りるときに手をとって誘導するだけだ。サルでもできる」
「サ……サル」
「つまり、できないやつはサル以下ということだ。なんなら良い動物園を紹介するが?」
人の悪い笑みを浮かべる聖司に、真浩はそれ以上何かを言うことができなかった。
「他に質問は?」
聖司は周りをぐるりと見渡し誰も質問がないことを確認すると、ゆっくり座っていた椅子から立ち上がって言った。
「さて、では諸君。出陣だ」
聖司のこの言葉が、後に訪れる状況に対して的を得た言葉であることを知る者はまだ誰もいない。
四龍殿の前で、生徒会メンバーは聖アンシェル女学院の生徒の到着を待っていた。
「ヒロちゃん緊張しすぎだよ~リラックスリラックス~」
「う、はい」
一人緊張している真浩の肩を拓海が軽い調子で叩く。少し肩の力を抜いた真浩の耳に聖司の声が聞こえてきた。
「お出ましだ」
聖司の言葉に、その場にいた全員が雰囲気を一変させる。いわゆる公の場における表の顔だ。いつもながら、その変貌ぶりに真浩は一種の尊敬を抱かざるをえなかった。
生徒会メンバーの前に数台の車が停車し、運転手らしき人物が静かにドアを開けた。その様子を横目に見ながら、真浩は聖司と軽く目配せをして車に近づき手を差し出した。
真浩の手をとって現れたのは、セミロングのふわふわとした髪にカチューシャをさしている大人しそうな女子生徒だった。周りを見ながら少し身を縮めている。
「あ、えっと、はじめまして。お出迎えありがとうございます」
そういうとその女子生徒はぺこりと頭を下げた。昨日決めた手順通り、手を引いていた真浩が返事をする。
「ようこそ龍徳学園へ」
真浩が言い終ると、他のメンバーが軽く頭を下げた。一連のあいさつが済むと、真浩は女子生徒の手を引き、決められた位置に移動する。手違いなく役割を終え、真浩は心の中でこっそり安堵のため息を吐いた。
次に拓海の手をとって現れたのは、ゆるく二つに結われた眩しい金色の髪と青い目の、女子にしては長身の生徒だった。金髪と碧眼が四龍会きっての暴食家を連想させる。
「ごきげんよう」
心ここにあらずといった様子でそう言った女子生徒の視線は、常に生徒会メンバーのいる方へ向けられている。その瞳が一人の生徒を捉えた時、女子生徒の表情がパッと明るくなった。
「お兄様ー!」
拓海の手を離すと、その女子生徒は駆け出し勢いよく紅に抱きついた。長身の女子生徒に抱きつかれ、背の低い紅は文字通り埋まってしまっている。驚く周囲にかまわず、紅は慣れた様子で女子生徒を引きはがした。
「今は、駄目。……話すなら、後」
「いやです! せっかくお兄様に会えたのに」
「あとでゆっくり……話せる」
紅の言葉に、女子生徒は渋々うなずき離れた。すかさず拓海が近寄り、女子生徒の手をとって歩きだした。他のメンバーは何事もなかったように表情を改めた。真浩が目を見開いたまま固まっていると、拓海は僅かにいつものいたずらっぽい笑顔をつくった後何も言わず視線を車の方に戻した。
三人目は長い三つ編みに眼鏡をかけた神経質そうな女子生徒だった。その生徒が降りてきた瞬間、ヒカリがピクリと反応する。しかし、その様子を気にとめることなく、女子生徒は軽く挨拶をすると祥一郎と共に真浩たちの横に並んだ。真浩はその様子に首をひねる。
四人目は先ほどの金髪の生徒とは比べ物にならないくらい長身の女子生徒であった。長身なうえに頭の上で髪を団子に結っているためさらに高く見える。決して低身長なわけではない英を、髪の毛を含めると追い抜かしてしまっているほどだ。どこか眠たげに挨拶し、英に手を引かれてやってくるその女子生徒を、真浩は失礼だと思いながらも横目で見上げてしまった。
五人目は今までの生徒と違い、健康的に焼けた小麦色の肌に短く髪を切りそろえた女子生徒だった。他の女子生徒がひざ丈のスカートをはいているのに対し、この短髪の女子生徒のスカートは若干短い。それさえも健康的な美しさを際立たせているようだった。その女子生徒は横で控える四龍会のメンバーに明るい笑顔のまま挨拶をし、亜門に手を引かれながら歩いてくる。長髪で色白の亜門とその女子生徒が並ぶとなんとなくアンバランスな感じである。
五人が並んだのを確認すると、最後に聖司が動いた。流れるような動きで手が差し出されているのを見て、真浩はしばし目を奪われたくらいだ。それほどに聖司の動きは洗練されていた。そして、その聖司の手をとって現れた女子生徒の動きもまた、その場を魅了するに十分なものであった。
「出迎えごくろうさま。ごめんなさいね、四龍会の方々のお手を煩わせてしまいましたわね」
うふふと優雅に微笑んだ女子生徒は、聖司と並んでも何ら見劣りしない容姿と雰囲気を身にまとっていた。流れるような亜麻色の髪、透き通るように白い肌、鈴を転がしたような声、そして聖母のような微笑み。そのどれもが洗練され、高貴な女子生徒の存在を際立たせている。微笑んだ女子生徒に、聖司も学園の生徒が見たら卒倒しそうなほどさわやかな微笑みを返しながら答えた。
「いえ、めっそうもない。当然のことをしているまでです」
「お気づかいありがとうございます。この場を代表して感謝申し上げますわ」
「こちらこそ、わざわざ足を運んでいただいたこと感謝申し上げます。ようこそ龍徳学園へ、そして我らが四龍殿へ」
そう言いながら、聖司は四龍殿を背にしてお辞儀をした。そんな聖司の様子に、女子生徒が微笑みながら返す。
「良い会議にいたしましょう。では、挨拶はこのくらいにして、そろそろ中に案内していただけます?」
「これは失礼しました。どうぞこちらへ」
聖司が女子生徒の手をとり、歩きだそうとした時女子生徒が待ったをかけた。
「ちょっとよろしいかしら」
「なんでしょう」
聖司が微笑みながら女子生徒を見る。自分のペースを乱され、不快感を抱いているだろう聖司の様子を真浩は若干緊張しながらうかがった。
「エスコートはいりませんわ」
「え」
さすがの聖司も一瞬戸惑ったような表情をつくるが、すぐに表情を改めて女子生徒に向き直る。
「何か不快に感じられることがありましたか」
「いいえ」
「では、なぜ」
聖司は微笑みを消し、訝しげに女子生徒を見た。そんな聖司の様子にかまわず女子生徒は続ける。
「私たちが通う聖アンシェル女学院は平等の精神を大事にしていますの。今回私たちがこちらにうかがったのも、対等な会議によって双方の学園祭を盛り上げるため。客人のようにエスコートしていただく必要はありませんわ」
「しかし、それでは」
「こちらがお断りしているのですから、これ以上の問答は必要ないのではなくて?」
聖司と女子生徒の間に重い沈黙が訪れる。両校の生徒会メンバーはただ黙ってそれを見守ることしかできなかった。しばらくして、聖司が困ったような微笑みをうかべて沈黙を破った。
「……いいでしょう。もてなしが不要ということならばいたしかたない」
聖司はそう言うと四龍会のメンバーに向き直った。
「皆、以後エスコートは不要だ。今後は一生徒として接するように」
若干黒さの増した微笑みを浮かべる聖司の言葉に、四龍会のメンバーは女学院の生徒の手を離して横に並んだ。
「こちらの要望で予定を乱してしまったかしら?」
その様子を聖司の横で見ていた女子生徒が、微笑みながら聖司に視線を向ける。その若干勝ち誇ったような笑みに、すかさず聖司が返す。
「いえ、我が四龍会はどんなに身勝手な、失礼、急な要望にも臨機応変に対応できる能力をもったメンバーで構成されています。このぐらい造作もありません」
「あら、そうでしたの?気づかなかったわ。それは頼もしいですわね」
聖司と女子生徒は終始笑顔だ。しかし、二人の間にはバチバチと火花が散っているように見える。ひたすら悪い予感しかしない真浩は、一刻も早くこの会議が終わってくれることを祈った。
北棟にある聖司の部屋は、四龍殿の中でも特に豪華な造りになっている。北棟自体が他の棟より少し大きいらしく、以前使った亜門の部屋のゲストルームより幾分大きなゲストルームに全員が集まった。
そこに置かれている巨大な長テーブルに、四龍会側は聖司、亜門、英、紅、ヒカリ、祥一郎、拓海、真浩の順に座り、女学院側は車から降りてきたときと逆の順番でそれぞれが座った。
全員が席に着いたところを見計らって、聖司が口を開いた。
「では、今年度第一回目の両校合同学園祭会議を始めます。手始めにお互いの自己紹介から始めようと思いますがよろしいでしょうか?」
聖司は女学院の生徒を迎えたときと同じ落ち着いた雰囲気を取り戻していた。しかし、終止敬語を保っており、表の顔で壁を作っていることは明白である。周りの様子を見て、聖司が静かに立ちあがった。
「異論がないようなら、こちらから自己紹介をさせてもらいましょう。私たちは龍徳学園生徒会、通称四龍会と呼ばれる生徒組織です。生徒会長は私、御門聖司が務めています。有意義な会議となるよう力を尽くしましょう。以上です」
聖司が会釈して座り、女学院側のメンバーが会釈したところで、次に亜門が立ちあがって自己紹介を始めた。
「四龍会副会長の近衛亜門です。どうぞよろしく」
微笑みながら自己紹介を終えた亜門に、先ほどと同様に女学院側が会釈をした。そんな調子で他のメンバーの自己紹介が終わり、いよいよ真浩の番となった。
うるさく跳ねる鼓動を静めるように一つ深呼吸して真浩は自己紹介を始めた。
「は、はじめまして。四龍会補佐の奥村真浩です。よろしくお願いします」
言い終った真浩が安堵のため息をついて座ろうとすると、意外なところから声がかかった。
「補佐とはどのようなお仕事ですの?」
声をかけたのは先ほど聖司と冷戦を繰り広げた女子生徒だ。その行動に聖司が怪訝そうな視線を向けている。声をかけられた真浩は、一瞬で頭の中が真っ白になりそうなところを必死にこらえて返事をした。
「あ、はい。基本的には生徒会業務全般の補佐をしています。例えば簡単な書類整理や資料作りなどです」
「つまり雑用ということかしら?」
にっこりと微笑んでいる女子生徒言ったことに、真浩は言葉を詰まらせた。いつも言われていることのため反論ができない。
「えっと、それは」
冷や汗を流す真浩に、珍しく聖司が助け船をだした。
「彼は四龍会に入ってまだ日が浅く、見習いのようなものです。何か彼にご不満でも?」
若干棘のある聖司の言葉に、女子生徒が微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、少し毛色が違うように思えたので声を掛けただけですわ。不快に思われたのならごめんなさいね」
「それならば良いのですが」
ここで話は冒頭に戻る。
笑顔のまま再度火花を散らす聖司と女子生徒、ふと真浩が視線を向けると聖司の横で亜門がその様子を面白そうに眺めていた。もはや自分に関心を向けていない二人をそのままに、真浩はお辞儀をすると席に着いた。聖司と女子生徒はそんな真浩に気づいているのかは定かではないが、未だに笑顔のまま無言の攻防を繰り広げている。
悪夢の会議は、まだ始まったばかりである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
昨日に引き続き投稿させていただきました。
書けるうちに書いて投稿していきたいと思います。
引き続き今後もよろしくお願いします。




