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会誌第十一号

 目覚ましのアラームが鳴り、真浩が目を覚ますと窓からは微かに朝日が差し込んでいた。昨日の出来事を思い出し、重く沈んでいく真浩の心とは裏腹に窓の外はさわやかに晴れあがっている。

 一つ小さくため息を吐くと、真浩はゆっくりとベッドを抜け出した。ふと真浩が隣のベッドを見ると、使われた形跡はなく、未だ顔を合わせたことのない同室の生徒の行動に首をかしげた。未確認の同居人に思いを馳せていると、目の端に携帯電話が光っていることを確認し視線を向けた。携帯のディスプレイには受信メールの文字が浮かんでいる。

 真浩がメールボックスを開くと、送信者は聖司であり、朝温室に来るようにと書かれていた。昨日のこともあり、あまり気乗りのしなかった真浩であったが、聖司の言葉を無視することもできず了承したことを返信する。のろのろと着替えを済ませ、朝の澄んだ空気の中、真浩は重たい足取りで温室に向かった。


 真浩が温室に着くと、静かな温室の中に聖司の声が響いているのが聞こえた。


「わかっているのか? あれは立派な殺人未遂だぞ!」


 不穏な聖司の言葉を聞きながら、真浩は静かに温室の中に入っていった。

 真浩が植物の影をぬけると、聖司が厳しい表情で祥一郎に語りかけているのがわかった。一人掛けの椅子に足を組んで座り、傍らに置いてあるテーブルに片肘をついた聖司の威圧感は相当のものである。

 真浩は恐る恐る周りで様子をうかがっていた生徒会メンバーのもとへ歩いていった。


「あの、おはようございます」

「おはよう」

「おっはよ~」


 囁くような声で真浩が挨拶すると、亜門と拓海が気づいて軽く挨拶を返してきた。ヒカリ、紅、英はそれぞれ、鏡を見ていたり、一心不乱にお菓子を食べていたり、ソファーで寝ていたりと、真浩に気づいているのかいないのかわからない。


「え~と、どういう状況なんですか?」


 声をひそめて話しかけた真浩に、同じく声をひそめて拓海が答えた。


「四龍会名物、かいちょ~のエンドレス説教。俺が知る限り一時間はこの状態だよ」

「え! 一時間ですか?」


 いたずらっぽく笑いながら言った拓海の言葉に、真浩は驚きを隠せないまま聖司を見た。

 拓海と真浩が話している間にも、聖司の厳しい言葉は続いていた。


「いいか、我が伝統ある四龍会が暴力沙汰など……まして、メンバー内でなどあってはならん事だ!」

「……はい」

「本来ならば適切に対応すべきだが、今回はお前の今後の行動に期待して不問とする」

「ありがとうございます」

「それから、四龍会の人事で文句があるならまず俺に言え。もちろん、理由を明確に言葉で伝えることを忘れるなよ」

「以後十分に気をつけます」


 少し疲れた表情をしている祥一郎をチラリと見た後、聖司は真浩に視線を向けた。


「奥村」


 名前を呼ばれ、真浩はビクリと肩を揺らした。凍りついた真浩を拓海や亜門が面白そうに見ている。


「遅かったな。ずいぶん前に連絡を入れたはずだが?」


 聖司の顔には凶悪な笑顔が貼りついており、真浩はだらだらと冷や汗を流した。


「いや……それは……えっと……その」


 この場所に来たくなくてなるべくゆっくり行動をしていたなどと言えば、聖司の呼び出しに素直に従わなかったことになる。上手い言い訳はないかと真浩は必死に考えた。


「まあ、いいだろう。こっちへ来い」


 真浩の様子に呆れたような表情をつくると、聖司は真浩に祥一郎の隣へ並ぶよう指示した。跳び上がるように移動した真浩は、少しの距離をおいて瞬時に祥一郎の横に並んだ。祥一郎の様子をこっそり盗み見た真浩は、すぐに聖司に視線を戻した。


「今回のことは、祥一郎が急な人事に戸惑ったこともわからんでもない。よって、この場をもって昨日のことは治める。奥村もそれでいいな?」

「はい」


 しっかりとうなずいた真浩の様子を確認して、聖司は自分の前に立っている二人を交互に見た。


「だが、お前たちの関係がこのままというのも少々問題だ」


 ニヤリと笑った聖司に、真浩は本能的に危険を感じた。しかし、蛇に睨まれた蛙のごとく逃げ場はない。


「そこで、俺がお前たちの関係修復の案を考えてきてやった。光栄に思え」


 どこまでも上から目線な聖司に、真浩だけでなく祥一郎も顔色を変える。そして、聖司の口から放たれたのは、二人にとって最悪な解決策であった。


「本日これより体育祭までの期間、奥村は体育委員長直属の雑用係とする。異論はないな」

「な!」

「え!」

「競技はチーム制だが、体育祭自体の運営も必要になる。人手は多い方がいいだろ?」

「そんな……」


 さも名案だといった様子で一人うなずいている聖司の前で、祥一郎と真浩は絶句した。驚きのあまり顔を見合わせてしまい、昨日の気まずさから急いでお互いに視線をそらす。


「いえ、しかし、奥村……くんはその、まだ経験も浅いですし」

「それをお前がフォローするんだろ?」


 どうにかして拒否しようと焦る祥一郎の言葉に、聖司はさらりときりかえす。


「でも俺、四龍会のことまだよくわからないので、お力になれませんから」

「そんなことは百も承知だ」

「もう少し知ってからでも」

「いつか知るつもりなら、今実際に体験しながら知ればいい」


 続いて説得しようとした真浩も、あっさりと聖司に言いくるめられてしまった。


「しかし!」

「でも!」


 さらに言い募ろうとする祥一郎と真浩の様子に、聖司はうっとおしそうに片手を耳にあてた。


「生徒会長の言葉は?」

「「「ゼッターイ」」」


 聖司の言葉に、ただ成り行きを見ているだけだった亜門、拓海、ヒカリが元気よく答えた。先ほどまで興味がなさそうにしていたヒカリも、急に元気な声をあげている。祥一郎と真浩は、その場に味方が一人もいないことを悟った。


「さて、もう一度聞く。異論は?」


 口角は上がっているが、完全に目が笑っていない。祥一郎と真浩は、これには素直にうなずくしかなかった。


「会長の言葉に従います」

「わかりました」


 聖司は渋々了承した二人に一つうなずき、話しは終わったといった様子で他のメンバーを自分の周りに集めた。祥一郎と真浩以外のメンバーは、紅を除き、それぞれがニヤニヤと二人を面白そうに見ながら近づいてくる。


 例のごとく眠ったままの英の所へは、周りのニヤニヤ顔に耐えられなくなった真浩が逃げるように起こしにいった。真浩は半ばやけくそ状態で以前の拓海の言葉を真似て英に声をかけた。


「一条先輩、俺、先輩が起きないとモヒカンになります」


 真浩が言い終ると同時に英が、ガバリと起き上がった。


「モヒカンはダメーーーーーーーーーーーー!!」


 強い力で抱きついて離さない英を引きずりながら、真浩はメンバーの輪に加わった。その様子を目の端に捉えた聖司は、メンバーを見渡して話し始めた。


「昨日いなかったメンバーもいるから連絡をしておく。明日、聖アンと会議をすることになった」


 聖司の言葉に、その場の数人がピクリと反応する。そんな周りの様子にかまわず聖司は続けた。


「明日の放課後、ここに集合するように」


 その場にいたメンバーが静かにうなずく。


「それと、そろそろ体育祭の各チームにおける作戦会議を本格化する。各々自分のチームの会議の日程を確認するように」

「具体的にはいつからにする? いきなり今週からとかでもいいの?」

「それは各チームの主将に任せる。他に質問は?」


 質問した亜門に返し、聖司が再度メンバーを見渡した。


「よし、そろそろホームルームの時間だからな。これで解散とする」


 聖司がそう言うと、メンバーは各々鞄を手に取り温室の出口に向かった。そんなメンバーの一番最後からついていこうとする真浩を聖司が呼びとめた。


「奥村、お前は残れ」


 呼び止められたことに驚いて真浩が固まっていると、聖司の眉間にしわが寄った。


「とって食いはしない。早く来い」

「あ、はい」

「ヒロちゃん、がんばってね~」


 急いで聖司のもとに向かう真浩の背に軽く言葉をかけると、他のメンバーは温室を後にした。


 メンバーたちの足音が遠のくと、一気に聖司と真浩の間には静寂が訪れた。


「そんな遠くにつっ立ってないで、ここに座れ」

「えっと、ホームルームは……」

「いいから、俺が座れと言ったら座ればいい」


 聖司の言葉に、真浩はおずおずとテーブルを挟んだ向かいの席に座った。


「昨日のことは、先ほど言った通り不問とする。だが、お前の中ではそう簡単に処理できるものではないだろう」

「それは……」

「お前個人の気持ちは、それで大丈夫か?」


 真摯に見つめてくる聖司の瞳に、真浩は少し胸が熱くなった。


「はい。昨日のことは自分が努力すべき点もあると思うので」

「そうか……まあ、今回のことは俺が判断してやったことだ。間違いが起こるはずがない。その点、特に心配はしていないがな」


 聖司はゆっくりうなずくと、いつもの不敵な笑みをつくって真浩を見た。熱くなっていた真浩の胸は、急速に冷却される。


「あ、ではこれで」

「待て、話は終わっていない」


 つっこむことをあきらめて真浩が席を立とうとすると、聖司がそれを引きとめた。


「ちょうどいいから体育祭について、いくつか詳しく確認しておく。この間は概要だけだったからな」


 そう言うと聖司は机に肘をついて真浩を見た。


「あの、でも、ホームルームは……」

「問題ない。亜門がうまくやっているはずだ」


 いったい、いつしめし合わせたのかという疑問を真浩は呑み込む。


「とは言え、手短に話す。聞き逃すな」

「あ、はい!」


 聖司に視線を向けられ、真浩は急いでメモを準備した。


「この間、四チームに別れて戦うということは説明したな?」

「はい」

「このチームは、三学年合同で一チーム約百人となる」


 すらすらと聖司が説明することを、聞き逃さないよう真浩は懸命にメモした。


「実際に競技をこなすのは特別棟の生徒だが、当日は一般棟の生徒も観戦に来る。特別棟と一般棟の違いについては理解しているか?」

「あ、はい。特別棟は一定以上の寄付を学園におこなっている家庭の生徒、一般棟はその他の生徒が通う校舎のことですよね」


 龍徳学園の特別棟と一般棟には明確な違いがある。まず、特別棟は最新の設備の整った校舎であるが、一般棟の設備はごく普通のどこにでもある学校と変わらない。特に、高等部は寮にもこの差が反映されており、A組からD組とE組以下の生徒との環境には大きな差がある。また、一般棟の生徒は特別棟に入ることができないという校則も存在する。

 ただし、全校集会や学園祭など、体育館やグラウンドを使っておこなわれる行事には特別棟と一般棟の生徒は合同で参加することができる。四龍会の朝の出迎えも正門までなら許されている。


 詳しいことの省かれたざっくりとした真浩の理解に、聖司はまあいいだろうとうなずいた。しかし、真浩は少し表情を曇らせて続けた。


「でも、生徒同士に差があるというのは……なんとなく納得できないような気がします」


 視線を下に落とし、遠慮がちにつぶやいた真浩を見て、聖司は軽く目を見張ったのち静かに続けた。


「こればかりはどうしようもないことだ。学園に金銭的な援助をしている者としていない者、どちらも平等では援助した方は納得しないだろう」

「……そうですね」


 言い聞かせるように話す聖司に、真浩はまだ納得できない部分もあったがうなずいた。たとえ納得できなくても、真浩にはそれを変える力などないのだ。


「それでも、今の状態はまだ改善された方だ。紫龍生徒会長がいなければ、未だに特別棟と一般棟の生徒は関わる機会すらなかっただろうからな」

「そうなんですか?」

「紫龍生徒会長は自分の代で生徒の間に差があるのを嫌い、学園や保護者に掛け合って二棟の関係を変化させた。それが今に至る」


 どこか誇らしげに話す聖司の様子に、真浩は首をかしげた。


「会長は紫龍生徒会長を尊敬しておられるのですか?」


 真浩の言葉にしばし沈黙した後、聖司がおもむろに答えた。


「俺が尊敬する人物は二人いる。その一人が紫龍生徒会長だ」


 聖司の答えに、真浩は少なからず驚いた。自分の考えこそ絶対であるという聖司が、誰かを尊敬していることは意外だった。複雑な表情をする真浩を、聖司は眉間にしわを寄せながら見つめた。


「何か言いたげだな」

「い、いえ」


 急いで首を振った真浩を呆れたように見た後、聖司は自分の鞄から何かの資料をとり出した。


「お前が変な茶々を入れるせいで全く話が進まなかっただろうが」

「すみません」

 

 聖司の言葉に時計を見ると、そろそろホームルームが終わる時間となっていた。


「仕方がない。軽く説明するから、詳しいことは資料を読んでおけ」

「はい」


 真浩は、だんだん自分の鞄にたまっていく資料の束に泣きたくなった。覚えることがそれこそ山のようにある。


「おおまかに説明すると、個人競技あるいは団体競技に一人一種目出場しその総合点で優勝チームが決まる。九十人が出場することになるからほとんどの時間がこういった競技に費やされる」

「ほとんどと言うことは例外があるんですか?」

「ああ、唯一応援合戦だけはチーム一丸となって演技する。もちろん各チームの主将が中心となっておこなう。いわば審査員や観戦に来た生徒へのパフォーマンスだ。投票制で審査され、一番人気の高かったチームが優勝する」

「応援合戦ですか」


 真浩はその内容に嫌な予感がした。自分がその中心で演技をしなければならないと思うと逃げ出したい気持ちになった。


「ひとまず、説明は以上だ。後日チームの代表者会議もおこなう。それまでに渡した資料にしっかり目を通しておけ」

「わかりました」


 真浩が資料を鞄にしまう様子を確認して、聖司が立ちあがった。真浩も慌てて席を立ち、歩き出した聖司の後に続いて温室を出た。

 温室から校舎に続く廊下を抜け、聖司と真浩は軽く言葉を交わすと左右それぞれに別れその場を後にした。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 投稿が停滞していましたが、復活しました。

 次話では以前に書いていた女子高の生徒を登場させていきたいと思います。

 今後もよろしくお願いします。

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