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会誌第十号

 真浩が中庭に出ると、曇り空からポツポツと小雨が降り始めた。温室までの道には屋根が付いているが、ガラスで作られているため弱くても雨が降っていることが確認できる。そんな天気とは対照的に、亮介とのやり取りを思い出し、明るい気持ちで真浩は温室の扉を開いた。


「失礼します!」


 真浩が入っていくと、温室のベンチには祥一郎だけが座っていた。真浩の入室に気づいているはずだが、微動だにせず静かに読書を続けている。祥一郎は真浩にとってあまり話したことのない相手であり、多少苦手な相手である。

 真浩は、明るかった気持ちがどんよりと落ち込んでいくのを感じた。


「あの……こんにちは」


なんとなく気まずくなってとりあえず挨拶をしてみる。しかし、祥一郎は視線を向けることも言葉を返すこともしない。


「……」


 しばらく様子をうかがっていた真浩であったが、何の反応も示さない祥一郎の様子に自分も静かにベンチに腰を下ろした。二人だけの静寂の中、真浩が温室に来た時より幾分強くなった雨音だけが響く。

 手持無沙汰な真浩は、体育祭の資料を鞄から引っ張り出し読み直すことにした。だいたいのことは確認していたが、まだ細かい部分で確認できていないことが多い。読み進めていた資料のちょうど大まかな進行計画が書かれたページで真浩は手を止めた。


「ん?」


 真浩が目にとめたのは、開会式の内容である。最も重要な過程と書かれている部分に、見なれない言葉が使ってあるのでどういうものなのかイメージできない。真浩は少し悩んだ末、祥一郎の存在に気づいた。体育委員長である祥一郎に訊くことができればすぐに解決できるだろう。しかし、真浩から話しかけることにはかなりの勇気が必要である。

 少し迷った真浩であったが、意を決して祥一郎に近づき話しかけた。


「あの、すみません」

「……」


 先ほどと同じように祥一郎からは何の反応も返ってこない。


「この龍灯についてお訊きしたいのですが……」

「……」

「えっと、俺も体育祭に関わるものとして最低限の知識を……」


 祥一郎の無反応にかまわず真浩は質問を続ける。すると、祥一郎は読んでいた本を静かに閉じた。やっと質問に答えてもらえるのかと視線を向けた真浩は、祥一郎の視線を受けて凍りついた。祥一郎の眼光は鋭く、今にも真浩を射殺しそうなものであった。


「さっきからごちゃごちゃと。四龍会のメンバー気取りか?」


 祥一郎はバシンッと盛大な音を立てながら机をたたき、その勢いで立ち上がった。生徒会で一番背の高い祥一郎に見降ろされ、真浩は一歩退く。


「お前は俺たちの秘密を知った。ただそれだけだ。能力を認められたわけでも、まして雛になったわけでもないヤツがメンバー面しているのは不愉快だ!」


 一気にまくしたてた祥一郎を唖然と見つめていた真浩だったが、かろうじて反論する。


「でも……今回のことは関わる者として……知っておくべきことで……」


 祥一郎の眼光が鋭くなり、真浩は息のつまりそうな緊張の中言葉を続ける。


「……だから……今回のことも出しゃばったわけでは」

「黙れ!」


 祥一郎は尚も言い募ろうとする真浩の胸倉を掴み、後ろの壁に押し付けた。真浩は後頭部に衝撃を覚え、小さくうめく。


「ぐっ!」

「ここは何も知らず、何の力もないお前みたいな生徒が踏み入れていい場所じゃない!」


 真浩は強く抑えられていることで息苦しさを覚えながら、祥一郎の理不尽な言葉に答えた。


「だから……それを知るために……聞いて……」

「黙れ!」


 再度叫んだ言葉と共に祥一郎がさらに強く抑え込んだため、真浩はさすがに息ができなくなってきた。遠のく意識の中、真浩は叩きつけるように激しくなった雨音と、人の近付いてくる足音を聞いた気がした。


*****************************************************************************

 二人が言い争う少し前、聖司たち四龍会の三年生は温室に向かうため廊下を歩いていた。


「聖司、聖アンとの会議いつになりそう?」


 世間話をするような自然な流れで、亜門が聖司に話しかけた。


「こればかりは双方の予定があるからな。一応、明後日ということで概ね合意している」


 少し煩わしそうに聖司が答えた。


「そうなんだ。ちなみに、どこでするつもりなの? 聖司の部屋のゲストルーム?」

「気が進まん……食堂でいいだろ」

「え? いいの? 聖司の部屋のゲストルームが一番広いのに。天下の生徒会長としては、そこは潔く部屋に通すべきじゃない?」

「……」


 聖司は恨めしそうに亜門を見た。亜門は確実に聖司が困っている様子を楽しんでいる。ニヤニヤと楽しそうな亜門の様子に、聖司は話題を変えることにした。


「聖アンが来るとなれば、一番心配なのは鳳だが。鷹司の方はどうだ?」


 急に話をふられた英はあくびをしながら聖司の方を見た。


「なんで~祥一郎が何か?」


 面倒そうに答える英にかまわず聖司が続ける。


「あいつは考え方が保守的だからな。部外者の介入を快く思っていないだろう」


 聖司の心配をよそに、英は何食わぬ様子で答えた。


「いや、それに関しては大丈夫でしょ。一時的なものだし、いつもの笑顔の仮面で乗り切ると思うよ~。むしろ、俺が心配してるのは子ウサギちゃんの存在だけどね」

「奥村か……」

「うん、今はあえて関わらないようにしてるみたいだけど。実際、彼の存在は相当気にかかってると思うよ。俺は、かわいい生物が増えるのは大歓迎なんだけど」


 冗談めかして言う英の様子とは対照的に、聖司は思案顔で答えた。


「それに関しては、一応考えていることがある」

「そ、まあ、俺としては生徒会長の考えに従うつもりですから~お任せするよ」

「ああ」


 そんな話をしながら、一行は温室の扉の前に立った。雨はかなり激しくなり、温室までの道を覆うガラス屋根を叩いている。


「あれ? 誰か先に来てるみたいだね」


 温室の中から聞こえた物音に亜門が首をひねる。


「嫌な予感……中でなにかおこってる……」


 ぼそりとつぶやいた紅に、残りの三人は勢いよく視線を向けた。


「あ~なんか僕、開けたくないな~」


 扉に視線を戻した亜門が心底嫌そうにつぶやいた。


「紅の感は当たるからね~」


 どこかあきらめたような口調で英がそれに答えた。


「……なんにせよ。開けなければ始まらないだろ」


 意を決して温室を開いた聖司は、祥一郎の怒鳴り声を聞いて急いで温室の中に入った。他の三人もそれに続く。

 そして、聖司は植物の陰から祥一郎と真浩の姿を確認した瞬間、とっさに声をあげた。


「何をしている!」


 鋭い聖司の声が温室に響く。後ろには追いついた亜門、紅、英も険しい表情で祥一郎と真浩を見ていた。

 四人の存在に驚いた祥一郎が腕の力を緩め、壁に押し付けられていた真浩は解放された。ずるずると壁伝いに倒れこむ真浩のもとへ聖司が足早に近づく。


「ゲホッ、ゴホッ」

「おい! 大丈夫か?」

「ゲホッ……は……い」


 体を支えてくれている聖司に、真浩はかろうじて返事をした。様子をうかがっていた亜門も近付いてきて、聖司と協力しながら真浩を近くのベンチに座らせる。真浩が落ち着いたのを確認し、聖司は祥一郎に向き直った。


「どういうことか説明してもらおうか」


 祥一郎は俯いたまま何も答えない。


「これは、いったいどういう状況だ」


 聖司の言葉に、祥一郎がゆっくりと口を開いた。


「すみません……」

「謝るだけでは何もわからない」


 祥一郎の様子に、聖司は少し声音を和らげた。しかし、祥一郎は依然として顔をあげようとしない。


「……すみません。俺……少し頭を冷やしてきます」


 それだけ言い残すと、聖司が止める間もなく祥一郎は温室を出て行った。後を追おうとする聖司を英が制する。


「祥一郎のことは任せて。御門くんは子ウサギちゃんを」

「……わかった」


 聖司の返事を聞くと、英も足早に温室をあとにした。英を見送った聖司が、小さくため息をつきながら真浩に近づいた。


「まったく、お前というやつは」


 聖司は呆れたような表情をしながら、乱れていた真浩の制服をなおした。


「なんでこうトラブルをおこす」


 聖司の言葉を聞き、真浩はだまって俯いた。


「はあ~、まあ、今日のところは深く訊かん。お前はひとまず寮に帰れ。一人で帰れるか?」


 ベンチに座る真浩と目線を合わせながら聖司が問いかけた。真浩はゆっくりとうなずく。


「よし。立てるか?」


 ふらふらとぎこちなく立ち上がった真浩を、聖司が軽く支える。荷物をもった亜門がそのあとに続いた。

 温室に繋がっている道が校舎に達したところで聖司は足を止めた。


「ここからは一人で歩けるな」

「……ありがとうございました」


 まだ少しふらつきながらも真浩は亜門から荷物を受け取ると、軽く頭を下げて寮の方へ歩き出した。


「寮まで送ってあげた方がよかったんじゃない?」


 やや心配そうにしている亜門に、聖司は静かに答えた。


「俺たちがついていくと目立つ。一人の方がひと目につかなくていいだろう」


そう言って真浩の背中を見送る聖司の表情を見て、亜門は一人小さくため息をついた。


ほどなくして拓海とヒカリが聖司と亜門のもとに近づいてきた。


「え? あれヒロちゃんじゃないですか?」

「え~じゃあ、会議終わっちゃったんですか?」


口々に質問した拓海とヒカリだったが、聖司と亜門の様子に気づき顔を見合わせる。


「何かあったんですか?」


 少し声を落として問いかけたヒカリに亜門が苦笑で返す。ヒカリと拓海は亜門の表情に何かを感じ取り、それ以上追及することなく口を噤んだ。


「どうする? 聖アンとの会議の日程。話し合いはまた後日?」


 降りしきる雨音にまぎれるように亜門が聖司に問いかけた。


「こちらの都合で日程を変更するわけにはいかない。残ったメンバーで日程の検討をする」


 静かに言って踵を返した聖司の後に、残りの三人は黙って従った。


*****************************************************************************

 滝のように降る雨の中を、祥一郎はわき目もふらずに疾走していた。

 中庭を抜け、玄関先の階段を駆け下り、玄関から正門までの道につくられている噴水の横に来た時、速度を緩めて立ち止まった。雨のため運動部は練習をしておらず、他の生徒も寮に戻ったのか人の気配はない。祥一郎はただ、俯いたままその場に立ちつくしていた。

 全身がずぶ濡れになるのもかまわずにいると、後ろから静かに近付いてくる足音が聞こえた。


「風邪ひくよ」


 俯いていた祥一郎は、ふと陰った視界に後ろを振り返った。


「……一条さん……」


 祥一郎の視線の先には、傘を持って困ったように微笑む英の姿があった。

 気まずそうに視線をそらした祥一郎に、英はまた一歩近づいた。


「なんとなく予想はしてたけどね」


 微笑みをうかべたまま、英は祥一郎と目を合わせずにつぶやいた。


「子ウサギちゃんのこと、認められない?」

「……俺が……口を出していいことではありませんでした。ご迷惑をおかけして……すみません」


 雨音にかき消されそうな小さな声で謝罪する祥一郎の様子に、英はクスリと笑った。


「別に、君が口を出してはいけないことではないよ。四龍会のことは、君にも十分に関係のあることだ」

「しかし……会長の決めたことです」

「誰が決めたことでも、君が違うと思うなら反対すればいい」


 祥一郎はゆっくりと顔をあげて英を見た。そんな祥一郎に気づき、英も微笑みながらその視線に答える。


「ただし、今日みたいな暴力は無しだよ」


 すっとあげられた英の右手が、祥一郎の眉間を勢いよく弾いた。


「っ!」


 鋭い痛みに祥一郎は額を押さえながらうめいた。その様子を英がニコニコしながら見つめている。


「俺はこのくらいにしといてあげるよ。後は御門くんに盛大に叱られなさい」


 英の言葉に祥一郎が微かに青ざめた。その様子を見て、英は笑みを深くする。


「あはは、んじゃ、ひとまず四龍殿に戻ろう。まずはその盛大に濡れている制服と髪をなんとかしないと」


 そう言うと英はポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。話の内容からして聖司にかけているのだろうと祥一郎には想像できた。電話を切ると、英はあくびをしながら歩き始めた。その隣を、祥一郎が半歩後ろから黙ってついていく。


「あ~ねむ……四龍殿に着いたらひと眠りしよ」


 眠たげにまたあくびをした英が持っている傘を、祥一郎はさりげなく受け取った。

 いくぶん弱くなった雨の中を、英と祥一郎は傘から少しはみ出たお互いの肩を濡らしながら、まっすぐ四龍殿を目指して歩いていった。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 なかなか前に進みませんが、少しずつでも書きたいものを書いていけたらと思います。

 今後ともよろしくお願いします。

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