↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の遺産相続、司法書士の俺が仕切ります 〜勇者も聖女も魔王の娘も、遺言書の前では平等です〜  作者: yamaarashi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

第9話(2)許すことと、守ることは別だ

「その名前は、母しか知らないはずでした。聖教会の誰も知らない。私自身も、血統の書の封印の奥に、ずっと閉じこめていた名前でした。なのに、あの人は知っていた。最初から、ずっと」

 ──今夜は、会わねばならぬ者がいる。

 ──あれの母親が、好きだった花だ。

「あの人は、言いました。『二十年、探した。教会がお前を隠していた。聖女が使節団の長として来ると聞いて、もしやと思った。だから、使節を招いた』と」

 和平交渉の使節団を招いたのは、魔王自身だった。

 それは、三百年の戦を終わらせるためであり、そして、二十年探し続けた娘に会うためだった。

「『茶が苦かった。聖水の味がした。お前だと分かった。分かっていて、飲んだ』」

 マリエルの指の隙間から、涙がこぼれ落ちた。

「『飲まなければ、お前はもう一度、別のやり方で私を殺しに来る。そのたびに、お前の手が汚れる。それなら、一度で終わらせてやりたかった』……そう言って、あの人は、私の手を握ったんです」

 大広間が、静まり返っていた。

 ノクティアが、震える手で自分の胸を押さえていた。ゼファルが、顔をそむけていた。ルゥは、何が起きているのかよく分からないまま、それでもマリエルを見つめて、ぽろぽろと泣いていた。

「最後に、あの人は言いました。『エレナは、お前を愛していた。私もだ。黒薔薇は、エレナが好きだった花だ。お前にも、見せたかった』。それから、笑って」

 マリエルは、言葉を続けられなかった。

 勇者セレスが、玉座の間で見た光景。笑って死んでいた魔王。何かをやり終えたような顔。

 あれは、二十年ぶりに見つけた娘の手を握ったまま、死んだ男の顔だったのだ。


   ◇


「……なぜ、ですか」

 マリエルが、顔を上げた。涙で濡れた目で、俺を見た。

「なぜ、あの人は遺言に、第四条を書いたのですか。『余を殺めし者は、一切を受ける資格を失う』と。私を許すなら、あんなものを書く必要はなかったはずです」

「それは」

 俺は、答えに迷わなかった。十年間、遺言書を読み続けてきたのだ。故人が最後に何を考えたのかは、条文の中にしか書いていない。

「許すことと、守ることは、別だからです」

 マリエルが、目を見開いた。

「もしあなたが遺産を相続すれば、それは聖教会のものになる。魔王領は、教会の思うままにされる。ノクティアさんも、ゼファルさんも、ルゥさんも、そして魔王領に暮らす三十万の民も、守れなくなる。だから、第四条で、あなたが相続できないようにした」

 俺は、竜の言葉を思い出していた。

「でも、お父さんは竜にこう伝えていました。『あの子を、責めないでやってくれ』と。条文では、あなたから相続の資格を奪った。でも、心では、あなたを責めなかった。それが、お父さんの出した答えだったんだと思います」

 マリエルは、もう何も言わなかった。

 ただ、その場に膝をつき、声をあげて泣いた。聖女としてではなく、父親を失った娘として。

 俺は、オルドを見た。

 老誓文官長は、長いあいだ目を閉じていた。それから、静かに杖で床を打った。

「判断を言い渡す。相続人リーゼ、すなわち聖女マリエルは、被相続人を死に至らしめた者として、遺言第四条により、一切を受ける資格を失う。また、遺言書を偽造した者としても、相続人たる資格を失う。勇者セレス・アーデライトの欠格の疑いは、晴れたものとする」

 広間が、どよめいた。

 セレスが、その場で大きく息を吐いた。俺と目が合うと、何か言おうとして、結局、小さく笑っただけだった。

 そのとき、銀の光がひらめいた。

「──させるか!」

 騎士団長ハロルドだった。抜き身の剣が、膝をついたマリエルの首筋に向かって振り下ろされる。

 口封じだ。聖女が枢機卿の命令を口にした。教会にとって、もう彼女は生かしておけない。

 だが、刃は届かなかった。

 ガキン、と金属が鳴った。セレスの聖剣が、ハロルドの剣を受け止めていた。

「……勇者が、王国の騎士に剣を向けるか」

「向けていない」

 セレスは、静かに言った。

「私は、背を向けなかっただけだ」

 次の瞬間、ハロルドの剣が、根元から砕け散った。

「この場で血を流そうとした者は、訴えの資格を失う」

 オルドの声が、冷たく響いた。

「ハロルド。貴殿の身柄は、誓文法廷が預かる。王国の訴えは、これをもってすべて退ける」

 聖騎士たちが、ハロルドを取り囲んだ。今度は、彼を拘束するために。


   ◇


 ハロルドが連れ出されたあとも、大広間には重い沈黙が残っていた。

 最初に動いたのは、ノクティアだった。

 彼女は、床に膝をついたままのマリエルの前に歩み寄った。角のまわりの炎は、消えていた。

 マリエルが、顔を上げた。

 二人の娘が、向かい合った。毒を贈った姉と、それを知らずに淹れた妹。同じ父親の血を引き、同じ父親の死にかかわった二人。

「……あなたが、父上を」

 ノクティアの声は、かすれていた。

「わたくしのお茶で。わたくしの手で、父上を殺させたのね」

「ええ」

 マリエルは、目をそらさなかった。

「許してほしいとは言いません。私は、あなたからも父を奪った」

 ノクティアの手が、振り上げられた。

 広間の誰もが、息をのんだ。ゼファルが半歩前に出かけて、止まった。

 だが、その手は振り下ろされなかった。

 ノクティアは、震える手を、ゆっくりと下ろした。

「……許さないわ」

 ぽつりと言った。

「一生、許さない。でも」

 彼女は、唇を強くかんだ。

「父上が、あなたを責めるなと言ったのなら、わたくしは、父上の言葉に逆らえない。……それだけよ」

 ノクティアは踵を返し、背を向けた。肩が、小さく震えていた。

 ルゥが、とてとてとマリエルに駆け寄った。そして、服のポケットから、ノクティアにもらった蜂蜜の飴をひとつ取り出して、マリエルの手に握らせた。

「……おねえちゃんも、おとうさんのこども?」

「……ええ」

「じゃあ、ルゥのおねえちゃんだね」

 マリエルは、飴を握りしめたまま、何も言えなくなっていた。

 ゼファルが、腕を組んだまま、深いため息をついた。

「親父め。どれだけ子どもを泣かせれば気が済むんだ」

 その声も、少しだけ湿っていた。

 俺は、黙ってその光景を見ていた。

 遺産分割の席で、俺はたくさんの家族が壊れるのを見てきた。そして、ほんのときどき、壊れかけた家族が、故人の死をきっかけにもう一度つながるのも見てきた。

 この家族が、どちらに転ぶのか。それは、まだ分からない。

 ただ、少なくとも今、この大広間で、魔王の四人の子どもたちは、初めて全員がそろっていた。


   ◇


 騒ぎが収まったあと、マリエルは誓文法廷の預かりとなった。

 法廷の兵に連れられていく前に、彼女は一度だけ俺のほうを振り返った。

「執行者様。最後に、ひとつだけ」

「なんでしょう」

「あの人は、私の手を握りながら、もうひとつ言っていました。伝えてくれと頼まれたのです。異界から来る、執行者に」

 マリエルは、泣き腫らした目で、まっすぐに俺を見た。

「『この遺言には、まだ続きがある。執行者がすべての遺産を分け終えたとき、六つ目の条文が開く』と」

 六つ目。

 遺言書は、第五条で終わっていたはずだ。

「それを読んだとき」

 マリエルは、かすかに微笑んだ。もう聖女の笑みではなかった。少しだけ、ノクティアに似た笑い方だった。

「あなたは、きっと、元の世界には帰れなくなる。……そう、父は言っていましたわ」

 白い法衣の背中が、回廊の向こうに消えていった。

 右手の甲で、数字がじくりと痛んだ。

 『三十三』。

 犯人は見つかった。だが、遺産はまだ、一つも分けられていなかった。


                   (第10話「遺産分割協議書」へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。