第三話
蒼太「紡、五百メートルって意外と遠いよね。」
紡「徒歩なら十分ほどですが、ゾンビのいる市街地では距離の単位が変わります。」
蒼太「パニック状態なので、いろんな人がいる、と。」
紡「逃げる人、隠れる人、誰かを助けようとする人。混乱時ほど行動に差が出ますね。」
蒼太「今回はその中で『えっ? 上司が!』っていうのでどうかな。」
紡「そのタイトルだと、上司がゾンビになったように聞こえますが。」
蒼太「どうなっているかは紡に任せる。」
紡「急に判断を委ねないでください。」
蒼太「できる?」
紡「できます。」
「では栞に、ゾンビより遭遇したくなかった相手と会ってもらいましょう。」
ホームセンターまで、あと四百メートル。
栞は移動式バリケードを押しながら、人々が逃げ惑う大通りを進んでいた。
事故車両、放置された荷物、道路を走るゾンビ。
「障害が同時多発していますね。復旧は難しそうです」
交差点へ差しかかったとき、聞き慣れた声がした。
「水瀬君!」
栞の足が止まる。
コンビニから飛び出してきたのは、三日前から一緒に徹夜していた上司だった。脇には会社のノートパソコンを抱えている。
「無事だったか! ちょうどよかった!」
「お疲れさまです」
「サーバーはまだ動いている。ここで修正を続けるぞ!」
上司はコンビニの窓際を指さした。電源も通信環境もない。
栞は数秒間、処理を停止した。
「現在、ゾンビという重大なバグが大量発生しています」
「だから急げ! 顧客を待たせるわけにはいかない!」
その声に反応し、ゾンビたちが一斉に振り向いた。
「上司の音声出力により、敵対プロセスが集まっています」
「水瀬君、何とかしろ!」
「承知しました」
栞は移動式バリケードの向きを変えた。
「問題の発生源を切り離します」
そして、上司だけをバリケードの反対側へ残した。
「えっ?」
「私は別環境へ移行します。お疲れさまでした」
栞はホームセンターへ向かって歩きだした。
「水瀬君! 待ってくれ!」
上司も慌てて後を追った。
蒼太「バカがいたね。」
紡「道の真ん中で業務を再開しようとする上司ですね。」
蒼太「しかも、まだ仕事を続けようとしてる。」
紡「出社義務は滅びましたが、上司の業務命令は生き残っていました。」
蒼太「栞、置いていったけど。」
紡「問題の発生源を切り離しただけです。」
蒼太「上司も追いかけてきてるよ?」
紡「削除に失敗しましたね。」
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