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第60話:輸送路の惨状と空の脅威

昼下がり、傾きはじめた陽光の中で、

悠真たちは町の中央大通りに面した建物の前に立っていた。


〈ヴァルドレア冒険者ギルド〉


大理石風の外壁は長年の風雨に削られ、

中央に据えられた巨大な木製扉だけが、

今も変わらぬ威圧感を放っている。


鉄製の装飾が鈍く光り、内側からは怒号と笑い声が入り混ざって漏れてきた。


戦時下ということもあり、

人の出入りは普段以上に激しい。

入口にはすでに長い列ができ、

鎧姿の冒険者や包帯を巻いた者まで混ざっていた。


「うわ……思ったより混んでる」


リィナが声をひそめた。


「町は平穏そうに見えても、

中身は完全に非常時ね」


セレスは掲示板の方へ視線を送ったまま言った。


「緊急依頼が増えるほど、

冒険者の数も増える。

それに比例して——」


「生存率は下がる、だろ?」


悠真が苦笑しながら言葉を継いだ。


「ええ。ざっくり二割よ」


セレスはさらりと答えた。


「聞きたくなかったな……」


悠真は肩をすくめ、二人を促して中へ入った。


---


ギルドの中は、煙と革と鉄の匂いが混ざり合った大広間だった。


壁一面に依頼書がびっしり貼られ、

各所テーブルでは剣を磨く者、地図を広げる者、酒を煽る者が入り乱れている。


天井の梁に吊られた簡易魔道具が空気を浄化しているらしいが、

それでも熱気と喧騒は収まらない。


「ほら、見て」


リィナが掲示板を指さした。


「これ、さっき酒場で聞いた話と同じ」


そこに大きく書かれていたのは——


《飛行魔物による輸送路遮断》


「護送隊、全滅……」


セレスが紙の端をつまみ、目を細めた。


「言葉を濁してないわね。

相当ひどい状況よ」


悠真は無言で依頼書を剥がし取り、ざっと目を通した。


——補給路の要衝が複数壊滅。

——原因は谷間に異常発生した飛行魔物の巣。

——調査、もしくは討伐を要請。


「……状況は、想像以上に悪いな」


悠真は眉をひそめ、二人を振り返った。


「このままだと前線だけじゃ済まない。

この町自体が干上がるぞ」


---


背後から足音が近づいてきた。


振り向くと、薄い鎧にギルドの紋章入りマントを羽織った男が立っていた。


三十代半ば、目つき鋭く、どこか戦場帰りの兵士のような雰囲気だ。


「その依頼、受ける気はあるか?」


悠真は少し考え、口を開いた。


「……まだ決めてない。

でも、詳しい話を聞きたい」


男は小さく頷き、机の上に分厚い資料を広げた。


地図には赤い印がいくつも打たれ、

補給路が点線で示されている。


「飛行魔物の数が異常だ。

原因はこの《グリフ谷》——

ここに巨大な巣があると見て間違いない」


「グリフ谷……」


リィナが耳をぴくりと伏せた。


「“風の墓場”って呼ばれてる場所」


「ああ。谷の地形が複雑で、

空からの襲撃を避けにくい。

護送隊が全滅したのも、無理はない状況だ」


男は声を落とした。


「このままじゃ補給路が完全に断たれる。

前線はもちろんだが、この町も長くは持たない。

各地のギルドで人員を集めてるが……志願者は少ない」


「飛行魔物に強い冒険者は、

そうそういないものね」


セレスが腕を組んだ。


「最近の魔族の動きは?」


悠真が尋ねる。


男は一瞬ためらい、さらに声をひそめた。


「……噂レベルだが、

魔王軍は竜にまで手を出しているらしい」


空気が一瞬、凍りついた。


「竜……!?」


リィナが小さく息をのむ。


「実験戦みたいなものらしい。

どちらが勝つかはわからんが……

確かなのは、あの連中が竜の力すら取り込もうとしていることだ」


「最悪ね」


セレスが眉をひそめる。


「竜族と魔王軍……

それ、もはや自然災害と人災が合体したようなものじゃない。

確率で言えば、世界の終わりにかなり近づいてるわ」


---


悠真は黙って地図を見つめたあと、

静かに依頼書を机に戻した。


「……どうする?」


男が問いかける。


セレスが横目で悠真を一瞥し、

いつもの薄い笑みを浮かべた。


「ふふ、危険が高いほど不確定要素も増える……

それが冒険の醍醐味、ってやつかしら?」


悠真が苦笑交じりに返す。


「また何か確率でも出してくれるのか?」


セレスは小さく首を振り、

計算するまでもない——という仕草で片手を軽く振った。


「出すまでもないわ。

あなたは結局行くんでしょう?

私の計算では、その確率は百パーセントよ」


セレスはわざとらしく肩をすくめ、

細い指で髪をくるりと巻きつけた。


リィナは不安げに悠真を見上げる。


「……でも、今回は本当に危険。

大規模な護送隊が全滅するなんて、聞いたことない……」


「わかってる」


悠真は二人をまっすぐ見つめた。


「でも、放っておけない。

ここが崩れたら、俺たちの旅も続けられなくなる。

それに……たくさんの人が死ぬ」


セレスはその横顔をじっと見つめ、

思わず小さく呟いた。


「……そういうところ、本当に厄介ね」


ごく小さな声で、しかし確かに。


「惚れる理由が、増えるじゃない」


「え?」


悠真が振り向いた時には、

セレスはもう地図に視線を落とし、

指先で赤い印をなぞっていた。


さっきの言葉など、最初からなかったかのように。


リィナは一拍遅れて意味を理解し、

耳まで真っ赤になる。


何か言いかけて、結局ごまかすように小さく咳払いをした。


一瞬、テーブルに微妙な沈黙が落ちた。


男は静かに口を開いた。


「受けるのか、受けないのか。

決めるのはあんたたちだ」


悠真は深呼吸を一つ置き、

静かに頷いた。


「……わかった。俺たちがやるよ」


その声は酒場のざわめきに紛れそうだったが、

迷いの欠片もなかった。


「決まりね」


セレスは肩の力を抜き、軽く笑ってテーブルに肘をついた。


「じゃあ、次の宿題は“飛行魔物の巣”ね。

いいじゃない、未知の変数は嫌いじゃないわ」


「ほんとにもう……」


リィナは呆れたように言いながらも、

耳をぴくりと立て、尻尾を軽く振って頷いた。


「あたしも覚悟を決める」


---


ギルドを出ると、夕陽が町全体を赤く染めていた。


遠くの山脈に低く垂れこめた雲は、

まるで巨大な翼が地上に影を落としているようだった。


セレスはその空を見上げ、ぽつりと呟いた。


「……飛ぶものたちって、自由に見えて、

案外逃げ場のない場所に閉じ込められてるのかもしれないわね」


「どういう意味だ?」


悠真が尋ねる。


セレスは皮肉めいた笑みを浮かべ、

悠真をちらりと見て答えた。


「自由って“高さ”じゃなくて、“選択肢”の数だってことよ。

……まあ、あなたと一緒なら、

檻の中でも退屈しなさそうだけど」


その言葉に、リィナがちらりとセレスを横目で見る。


唇をかすかに噛み、視線を少し逸らした。


夕闇が三人を優しく包み込み、

次なる冒険への長い影を地面に引いていった。


---


輸送路沿いの道は、もはや「道」と呼べる状態じゃなかった。


ひび割れた石畳の上に、荷馬車の破片が散乱している。


焦げついた木箱、ちぎれたロープ——

かつてここに護送隊がいたことを、無言で物語っていた。


馬蹄の音を控えめにしながら、

三人はゆっくりと進んだ。


「……まるで戦場の跡みたい」


リィナが吐息混じりに呟いた。


彼女の靴先が焦げた革袋を蹴ると、

中から乾いた穀物がぱらぱらとこぼれ落ちる。


「戦場よりもひどいな」


悠真は前を見据えたまま答えた。


「飛行魔物の仕業……

襲ったやつらは“略奪”じゃなくて“狩り”をしてる。

完全に獲物扱いだ、この破壊力は並じゃない」


セレスは崩れた荷馬車の残骸に近づき、

そっと指先で煤をすくい上げた。


黒い粉が風に散り、雪のように散っていく。


「高度と速度、それにこの炎の痕跡……

生き物というより、“兵器”ね。

空から降ってきた災害そのものよ」


「……さらっと怖いこと言うね」


リィナが眉をひそめ、耳を少し伏せた。


道端には、盾を構えたまま倒れた兵士の亡骸があった。


鎧は焼け焦げ、剣は途中から溶けて歪んでいる。


悠真は足を止め、短く目を閉じて黙祷した。


「抵抗はしたんだ……

でも、勝負にならなかったんだろうな」


セレスがぽつりと続けた。


「抵抗の数と、壊滅までの時間……ってところかしら」


彼女は小さく息を吐く。


「数字にすれば答えは簡単。

だからこそ、嫌になるわね」


リィナが振り返った。


「……ほんと計算好きだね」


「好きと信頼は別よ」


セレスは淡々と返したが、

いつもの軽さが少し欠けていた。


「計算しても、結果は冷たいもの。

数字だけは、嘘をつかないから」


悠真はその横顔を見て、

声を少し和らげた。


「……大丈夫だ。

俺たちは、同じ目には遭わない」


セレスはかすかに笑い、

髪をかき上げて空を見上げた。


「遭わないって信じるのは自由よ。

……ええ、もちろん。私も信じるわ」


風が三人を優しく撫で、

遠くの谷間から、かすかな翼の音が聞こえた気がした。

第60話、ありがとうございました。


ここから“本番”です。


次回『谷の影とセレスの危機』


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