第20話:故郷で待っていたのは、漆黒の軍勢と幼馴染の涙
過去の回想から目覚め、悠真と共に旅を続けたリィナは、ついに故郷の森へとたどり着いた。
崩壊したはずの村には、まだ生き残った仲間たちが隠れ住んでいた。
しかし、懐かしいその場所で待っていたのは、かつて村を滅ぼした時と全く同じ、漆黒の鎧の兵士たちによる急襲だった。
「くそっ、次から次へと……! こいつら、キリがないぞ!」
悠真が剣を振るい、黒鎧の兵士を次々と斬り伏せている。
だが敵の数は圧倒的で、彼の呼吸は明らかに荒くなっていた。
再会を果たした幼馴染のシュリも、双剣を巧みに操って必死に応戦している。
しかし多勢に無勢。包囲網はじわじわと狭まっていく。
なのに、リィナは弓を握ったまま、足がすくんで動けなかった。
(身体が……動かない……っ!)
いつもなら迷わず弓を引いていたはずなのに。
(うっ……戦えるの……? 私に……できるの?)
指が、震えていた。
「リィナ!?」
悠真の焦った声が飛ぶが、リィナはただ弓を握りしめることしかできなかった。
(お願い……動いて……)
(ああ……どうして……?)
目の前で仲間たちが傷ついていく。
悠真も、シュリも、必死に戦っている。
(でも……私は……)
足がすくむ。このままではいけないとわかっているのに、体が言うことを聞かない。
(怖い……怖いよ……!)
あの夜の記憶が、何度もフラッシュバックする。
村が燃え、母が倒れ、自分は何もできずにただ震えていた――。
――また、同じことを繰り返すのか?
その時だった。
極限まで張り詰めたリィナの精神の奥底で、ふいに、あたたかくも懐かしい“声”が響いた。
――『リィナ。お前、何をしているんだ』
リィナの呼吸が、一瞬止まる。
『お前、まだそんな顔をしているのか?』
(カイル……!?)
『俺がお前に教えたのは何だったのだ?』
「……っ……!」
『もう、あの頃の子どもじゃない。戦えるはずだ』
「で、でも……!」
『怖いか』
「……怖いよ」
リィナは唇を強く噛み、心の中で叫び返した。
『そうか。なら、逃げるのか』
リィナはぎゅっと弓を握りしめた。
「嫌だ……逃げない。逃げたく、ない……!」
『なら、戦え』
リィナの心臓が、大きく脈打つ。
『お前はもう、ただ守られるだけの存在じゃない』
カイルは目を細め、優しく微笑む。
『リィナ、お前は強い』
リィナの目から、涙が零れた。
(……私が……強い?)
かつてカイルと過ごした日々が、鮮やかに蘇る。
――お前には、生きる力がある。
――お前は、誰よりも強い心を持っている。
――お前は……もっと、広い世界を知るべきだ。
(……カイル……)
リィナの震えが、止まった。
「……そう……」
彼女は涙を拭い、弓を強く握り直した。
「あたしは……強い……!」
視界がはっきりと戻る。
悠真が戦い、シュリが必死に生き残ろうとしている。
そして――自分は今、ここにいる。
「……もう、逃げない!」
リィナは矢をつがえた。
その瞬間――脳裏に、あの言葉が蘇る。
『……それに、お前は“普通じゃない”、いずれ、それに気づく時が来る』
(変わるんだ!)
――バシュッ!
矢が放たれた瞬間、闇を切り裂くような鋭い光が走る。
矢は吸い込まれるように、敵の鎧の隙間を正確に貫いた。
「……当たった……!」
確かな手応え。胸の奥に、小さな熱が灯る。
リィナはもう一度、迷いなく弓を構えた。
「今度は、私が守る番にゃ!」
その瞬間――集中が極限まで高まった。
世界の全てが、鮮烈なコントラストで浮かび上がる。
音が遠のき、色が濃くなり、敵の首筋を流れる血管の脈動、鎧のわずかな隙間、息を吐く白い吐息までが、まるでスローモーションのようにクリアに捉えられた。
視界の中心が白く輝き、弓を持つ手が熱を帯びる。
――バシュッ! バシュッ! バシュッ!
「なっ……!?」
前線で刃を交えていた悠真が、驚愕して目を見開く。
さっきまで動けなかったはずのリィナが、次の瞬間には三射、放っていた。
時間差で、三人の敵が崩れ落ちる。
(当たる……!)
胸の奥が熱くなり、恐怖で縮こまっていた心臓に、確信と高揚が流れ込んでくる。
その時、戦場の喧騒の中で、リィナの耳が、ひとつだけ“違う音”を捉えた。
(……詠唱……!)
遠く、森の奥深くから響く微かな呪文の声。
リィナの視線が、木々の影に潜む、黒いローブの魔術師を捉える。
(あいつだ……!)
距離は遠い。普通なら狙うことすら諦める距離。
でも――届くと思った。根拠はない。
リィナは、深く息を止め、考えるよりも先に弓を引いていた。
「……逃がさない!」
――キィンッ!!
空気を裂くように、最短の軌跡で弾かれる矢。
次の瞬間、矢は男の胸を正確に貫いた。
「ぐっ……ぁ……!」
男の身体が後ろへと倒れ込む。
術者の意識が断絶され、呪文の詠唱が途切れた。
(……今の、何……?)
(あたし……あんな撃ち方、知らない……)
そして――戦場に異変が起きる。
黒鎧の兵士たちが、まるで糸の切れた人形のように動きを止めたのだ。
剣を振るう腕が、だらりと下がる。
「操られてたのか……!」
悠真が瞬時に理解した。
「このまま、一気にいくにゃ!!」
リィナの叫びに、生き残った村の戦士たちが雄叫びで応えた。
リィナは次々と射抜いた。
それは、逃げるためではない。
――戦うための矢だった。
やがて、最後の敵が倒れた。
戦いが終わり、リィナはゆっくりと弓を下ろした。
(……私、逃げなかった……)
自分の中に、確かに何かが変わった感覚。
少しだけ、笑いそうになっていた。
「……リィナ」
聞き覚えのある声がする。
振り向くと、そこには幼馴染のシュリが傷だらけで立っていた。
「本当に……お前なのか?」
シュリの声は、まだ信じられないといった風に震えていた。
「……シュリ」
リィナもまた、胸がいっぱいになった。
幼いころ、共に遊び、共に笑い合った日々。
村が襲われたあの日、何もできずに逃げるしかなかった自分。
もう二度と会えないと思っていた大切な仲間が、今、目の前にいる。
「生きていたんだね……!」
二人は思わず駆け寄り、強く抱き合った。
「お前こそ……!」
互いの温もりを感じながら、言葉にならない想いを交わした。
「あのとき、私は怖くて何もできなかった……」
「俺も同じだった。でも、お前は戻ってきてくれた。そして、俺たちを助けてくれた」
「……うん。あたし、もう逃げないよ」
リィナが照れくさそうに笑って言うと、シュリも嬉しそうに目を細めた。
「ああ、強くなったな、リィナ」
その言葉に――張り詰めていた何かが、ほどける。
リィナの目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
村の生き残りたちは倒れた仲間のもとへ駆け寄り、涙を流しながら抱きしめ合っていた。
戦いが終わった森は、静かだった。
シュリはふと表情を曇らせ、小声で続けた。
「……でも、さっきのお前、少し変だったぞ。まるで、世界が違って見えてるみたいだった」
「変?」
「いや……うまく言えねえけど……ちょっとだけ……怖かった」
「……あたしが、怖い……?」
その言葉に、リィナの胸に小さな冷たいものが刺さった。
リィナがふと視線を落とす。
倒れた黒衣の魔術師の傍らに、一枚の琥珀色の羽が落ちていた。
「あ……」
それは、カイルがいつも耳飾りにしていた、あの羽だった。
なぜ、ここに。まさか、本当にカイルが……?
リィナの息が止まる。
応える者はいない。
ただ、森の奥から、誰かの視線がじっと自分を見つめているような――カイルの気配に似た、強い存在感だけが、静かに残っていた。
ありがとうございます。
まだ見えていない“何か”があります。
次回『故郷の別れと、黒炎の城に潜む勇者』
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