第18話:黒騎士の残滓
ズバァァァッ!!
暴風が咆哮し、悠真の放った渾身の斬撃が、騎士の重厚な黒鎧を正面から両断した。
鎧ごと肉を裂き、深く刻まれた無残な裂傷から、どす黒い光の粒子がほとばしる。
「グォォォォォォ……ッ!!」
地を這うような重々しい呻きが響き渡り、黒騎士の巨体が大きくよろめいた。
次の瞬間、崩れ落ちるように膝をつき――ズシン、と地面を揺らして、そのまま沈黙した。
夜の風が、嘘のようにピタリと静まる。
「……はぁ、はぁ、はぁ……やった、のか」
悠真は肩を激しく上下させながら、ゆっくりと剣先を下ろした。
黒騎士の身体からは完全に力が抜けている。確かな手応えが、右腕に生々しく残っていた。
「倒した……!」
その瞬間——
「やったにゃああああ!!!」
リィナが尻尾を高く掲げ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
彼女の頬は土と汗に汚れていたが、その笑顔は満月よりも明るかった。
「はぁ……危なかった……」
悠真は膝に手をつき、息を整えた。
震える手に残る感覚は、恐怖ではなく――安堵だった。
「リィナ……ありがとう。お前の矢がなかったら、最後の一撃は防がれていた」
「当然にゃ。あたしがいなきゃ、悠真は今ごろペシャンコになってたにゃ!」
リィナは胸を張り、得意げに耳を立てる。
その仕草に、悠真は思わず笑みを漏らした。
「……ああ、正直、驚いたよ」
「ふふん♪ もっと褒めてもいいんだよお? ……まあ、最後に決めたのは悠真の作った進化の矢だけどね」
尻尾をふわふわと揺らしながら、満足そうに胸を張る。悠真はそんなリィナに苦笑しながらも、改めて彼女の存在の大きさを実感していた。
だが――。
(……ん?何だ?!)
横たわる黒騎士の肉体から、何かが溢れ出すような気配がした。
そして、
戦場の緊張が、ほんの少しだけ解けた――その瞬間だった。
ズ……ズズ……ッ。
黒騎士の身体から、黒い影がまるで生き物のように溢れ出した。それは地面を這う泥のように広がり、ゆっくりと形を成していく。
「……っ!? まだ終わってないの!?」
リィナが矢を番える。
悠真も咄嗟に構え直した。
黒い影はゆらゆらと立ち上がり、歪な「人の形」を作っていく。
その“残滓”とも呼べる影が、ゆっくりと悠真の眼を覗き込むように顔を上げた。
『……見つけたぞ……進化の器よ』
――ゾワッ!!!
背筋を凍てつかせる悪寒が、一瞬で全身を駆け巡った。
それは声というよりも、意識の奥底に直接染み込む“囁き”だった。
(この声……俺を、知ってる……?)
右腕の古傷が、焼けるように熱を帯びて激しく疼いた。
遺跡の奥底で、右腕に「何か」が無理やり滑り込んできた、あの時の恐怖と——完全に同じだった。
(間違いない……この感覚……っ!)
『進化の力を持つ者よ……その器は……やがて我が全てを飲み込む……』
影は、まるで嘲笑うように口元を歪めた。その姿は掴もうとすればするほど霞み、遠ざかる。
「何者だ……!何を言ってるんだ!?」
悠真が声を荒げて叫ぶが、答える気配は微塵もない。ただ不気味に揺らめきながら、呪いのような言葉を紡ぎ続ける。
『……もう少しだ。その時を……待っていろ……』
その声は、何かを突きつけるように鋭く、しかしどこか遠い。まるでこの世界のものではない、深淵の底から響くかのようだった。
『……お前を、常に……見ているぞ……』
最後の言葉とともに、黒い影は夜風に溶けるようにフッと霧散した。
まるで、最初からそこに誰も存在していなかったかのように。
後に残されたのは、ただの静寂と、冷たい夜風だけだった。
悠真は剣をゆっくりと下ろしたものの、激しい動悸が止まらない。
「……今の、いったい何だったんだろう……黒騎士とは、別の何かだった」
リィナが耳をピクッと動かして不安そうに呟く。
「分からない。だけど……こいつは“俺”を知っていた」
「……つまり、悠真を探してたってこと?」
「かもしれない。それともただの偶然か……」
悠真は剣を握りしめたまま、空を見上げる。どこか遠くで、誰かが自分を見ている。そんな不気味な感覚が、彼の胸をざわつかせた。
(俺の力を警戒しているのか?……逆に言えば、それだけ脅威に思われているってことなのか?)
何かが動き出してる。俺の知らない場所で――
この戦いは、きっと始まりに過ぎない。
だが、それでも.....
(俺は、目の前の人を守るために、この力を使いたい)
悠真は心の中で静かに誓った。
ーーーーーー
戦いの爪痕は、村の至るところに残っていた。
倒れた魔物の亡骸、崩れかけた家屋、地面に刻まれた深い傷跡。村人たちは恐る恐る外に出て、破壊された村の姿に息を呑んだ。
だが、その瞳にはもう絶望ではなく、未来を掴み取った希望の光が確かに宿っていた。
「……本当に、倒したのですか?」
村長が震える声で尋ねる。悠真は肩越しに、黒鎧の騎士が倒れていた場所を振り返った。
「ええ。危険は去りました、もう村を襲うことはありません」
そう断言すると、村人たちは一斉に歓声を上げた。
「やったぞ! 本当に助かったんだ!」
「悠真さんとリィナさんが、私たちを救ってくれたんだ!」
「ありがとう……本当にありがとう!」
子供たちは飛び跳ねて喜び、大人たちは互いに抱き合って涙を流した。その純粋な光景に、悠真は少し気恥ずかしさを覚えながらも、心の底から大きな安堵を感じていた。
(やったんだ……俺たちが、みんなを守り切ったんだ……)
リィナが悠真の隣で、我がことのように誇らしげに胸を張る。
「当然にゃ! あたしたちを誰だと思ってるにゃ、悠真は最高に強いんだから!」
「リィナ、お前もな。お前の援護がなかったら、俺は今頃あそこに倒れてたよ」
悠真がそう言うと、リィナは嬉しさを隠しきれない様子で尻尾を激しく揺らした。
「えへへ……もっと言ってくれてもいいんだよ?」
そんな微笑ましいやり取りをしていると、村長がゆっくりと歩み寄ってきた。
「悠真殿、リィナ殿。本当に、感謝してもしきれません。あなた方がいなければ、我々はこの村を、命をすべて失っていたでしょう。どうか、この村のありったけの感謝を受け取っていただきたい」
村長をはじめ、後ろに控える村人たち全員が、地面に頭がつくほど深々と頭を垂れた。
悠真は少し戸惑いながらも、ふっと柔らかな笑みを浮かべて首を振った。
「俺たちはただ、目の前の人を助けたかっただけです。それに……村のみんなが勇気を出して力を貸してくれなかったら、俺もリィナもあの黒騎士に勝てなかった。これは、みんなで掴んだ勝利です」
悠真のその謙虚で誠実な言葉に、村人たちの心は温かさで満たされ、広場には再び大きな拍手と歓声が響き渡るのだった。
その後、悠真とリィナは数日間にわたって村に留まり、復興の手伝いをした。
倒壊した家の瓦礫を片付け、負傷者の手当をし、傷ついた家畜の世話をする。村人たちも、一人ひとりが新しい武器で得た自信を胸に、懸命に立ち上がろうと活気に満ち溢れていた。
そんな中、悠真は一人、あの影が囁いた、最後の言葉を反芻していた。
『........待っていろ……』
確かにそう聞こえた。まるで、この旅の先に、逃れることのできない巨大な宿命が待ち受けているかのように。
「悠真、なんかまた難しい顔をしてるにゃ」
復興作業の合間、リィナがそっと隣に寄り添い、心配そうに声をかけてきた。
「……いや、あの時の言葉が、どうも頭から離れなくてさ。俺のこの力が、いつか世界に災いをもたらすんじゃないかって……」
リィナは小さく首を傾げ、ふさふさの尻尾で悠真の背中をポンと叩いた。
「考えすぎだよ。誰がどんな理由で悠真を待ち構えていようと、悠真の力が、現にこうしてこの村の人たちを救ったんだから。あたしは、それだけで充分だと思う」
その真っ直ぐで迷いのない言葉に、悠真の重く沈んでいた心はふっと軽くなった。彼は小さく笑う。
「はは、確かにその通りだな。リィナ、いつもありがとう」
「ふふん、もっとあたしを頼るがいいにゃ!」
リィナは得意げに胸を張り、にっこり笑った。
村の復興に目処が立ち、人々の暮らしに笑顔が戻った頃。
悠真とリィナは、再び次の目的地へ向けて旅立つことを決めた。
「ありがとう、悠真さん!」
「リィナさんも、絶対に元気でねー!」
村の子供たちが満面の笑顔で手を振って見送る。村長も、悠真の肩に手を置いて穏やかに微笑んだ。
「この村を救ってくれたお二人の勇姿を、我々は生涯忘れません。あなた方は、真の英雄です」
「英雄ってほど大層なもんじゃないですよ。ただ……この村のみんなが頑張ってくれたからです」
「それでも、あなたは私たちの未来を変えた。それは揺るぎない事実です。」
悠真は軽く苦笑しながらも、その真剣な眼差しを受け止め、真っ直ぐに前を見据えた。
「ありがとうございます。その期待に応えられるよう、これからも俺たちらしく進んでみます」
新たな決意を胸に秘め、悠真とリィナは、光り輝く広大な世界へと再び歩き出した。
この時の悠真は、まだ知る由もなかった。
自分たちの向かう旅路の先に、どれほど残酷な過去と、絶望の再会が待ち受けているかを――。
――数日後。
次の目的地へ向かう道中、彼らは不気味な軍勢と遭遇した。
橙色の夕闇が不気味に迫る、とある枯れた森の奥深く。
「うっ……あ、ああ……っ……!」
弓を握るリィナの指先が、恐怖でガタガタと激しく震えていた。
いつもなら迷わず引けるはずの弦が、今は一ミリも動かない。
「リィナ!? どうした、しっかりしろ!!」
前方で複数の“漆黒の兵士”を必死に剣で食い止める悠真の叫びが響くが、今の彼女の耳には届かない。
リィナは恐怖に飲み込まれ、目の前の光景に、幼い頃に故郷を滅ぼされたあの日の惨劇を重ね合わせて立ち尽くしていた。
燃え盛る炎。無慈悲に斬り伏せられる同胞たちの悲鳴。
自分を庇って血の海に倒れた、大好きな母の冷たい手。
(また……また、あたしのせいで、みんなが死んじゃう……!?)
「怖い……怖いよ……っ!!」
涙を流し、足をすくませて立ち尽くすリィナ。
迫り来る不気味な軍勢と、絶体絶命の悠真。
最悪の急襲の中で、二人の旅路に、底知れぬ絶望が牙を剥いた。
ありがとうございます。
この先、戻れません。
次回『もう、守れないなんて嫌だ』
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