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第8話: 「ひとりだけの美容院」


 玲から送られてきた住所は、

 駅から少し離れた静かな通りにあった。


 大通りの賑やかさから外れた場所。


 仕事帰りの奏は、

 スマホを見ながら小さく息を吐く。


「……ここか」


 ガラス張りの小さな店。


 派手すぎない看板。

 落ち着いた照明。

 外から見える店内には、

 セット面がひとつしかなかった。


 一瞬、

 本当にここで合っているのか不安になる。


 けれど扉の横に、

 小さく名前が書いてあった。


『hair salon REI』


 玲らしい。


 奏は少しだけ緊張しながら扉を開けた。


 軽いベルの音。


「いらっしゃ——」


 店の奥から顔を上げた玲が、

 一瞬だけ目を見開く。


 でも次の瞬間には、

 いつもの笑顔になっていた。


「うわ、ほんとに来た」


「……来ますよ」


「いや、半分くらいフラれると思ってた」


 玲は笑いながら近づいてくる。


 黒シャツ。

 腕まくりした袖。

 ゆるく流れた髪。


 見慣れていたはずなのに、

 久しぶりに見ると妙に心臓が落ち着かなかった。


「どう? 店」


「……綺麗ですね」


「でしょ」

「結構こだわった」


 店内は静かだった。


 チェーン店みたいな騒がしさも、

 ドライヤーの音も、

 人の話し声もない。


 落ち着いた音楽だけが流れている。


「一人なんですか?」


「うん」

「アシスタントも雇ってない」


 玲はセット椅子を引きながら笑った。


「最初から最後まで俺しかいないから」

「逃げ場ないよ〜」


「……怖いこと言わないでください」


「あはは」


 軽い。


 いつも通りだ。


 それなのに。


 鏡越しに目が合うだけで、

 妙に緊張する。


「座って」


 促されるまま椅子に腰掛ける。


 その瞬間、

 玲の指が髪に触れた。


「……あー」


 前髪をかき上げられる。


「やっぱ他で切ったの失敗だったね」


「そんなハッキリ言います?」


「言う」


 玲は楽しそうに笑う。


 でも、

 髪を触る手は驚くほど優しかった。


 まるで、

 壊れ物でも扱うみたいに。


「ここ重い」

「あと横、量減らされすぎ」


 髪を流しながら、

 玲は小さく眉を寄せる。


「……ごめんね」


「え?」


「俺いなくなったせいで」


 その言葉に、

 奏の呼吸が止まった。


 玲はすぐいつもの顔に戻る。


「まあ、今日はちゃんと戻すから安心して」


 まるで何事もなかったみたいに。


 奏は鏡越しに玲を見る。


 近い。


 相変わらず距離感がおかしい。


 なのに。


 この人に触れられると、

 どうしてこんなに安心するんだろう。


「シャンプーするね」


 玲がクロスを外し、

 奏の肩に軽く手を添える。


「頭倒して」


 低い声が耳元に落ちる。


 静かな店の中、

 近すぎる距離に心臓がうるさい。


 シャンプー台へ移動しても、

 他のスタッフはいない。


 足音も、

 話し声も、

 何もない。


 本当に、

 二人きりだった。


「力加減平気?」


「……はい」


「眠そう」


「仕事帰りなんで」


「お疲れさま」


 泡立てながら、

 玲が小さく笑う。


 その声が近い。


 指先が髪を梳くたび、

 妙に落ち着く。


 ああ、

 これだ。


 奏はぼんやり思う。


 自分が恋しかったのは、

 この感覚だった。


 髪を切る時間。

 玲の声。

 触れられる安心感。


 全部。


「……やっぱり」


 シャンプーを流しながら、

 玲がぽつりと言った。


「水瀬くんの髪、俺がやるのが一番しっくりくる」


 その声が、

 どうしようもなく嬉しかった。

読んでいただきありがとうございます!

実はここまでは私の弟が実際に経験したエピソードをもとに作っています(笑)

次の話からは私の勝手な妄想で構成されています!笑

毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

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