第6話:「違う」
結局、
玲から連絡が来ることはなかった。
それから二週間。
伸びてきた髪を気にしながら、
奏は何度もスマホを開いては閉じていた。
玲のSNSは見つからない。
店からのお知らせもない。
まるで、
最初から存在しなかったみたいに。
「……さすがに切らないと」
前髪をかき上げ、
奏は観念したように美容院予約サイトを開いた。
いつまでも引きずるのはおかしい。
美容師なんていくらでもいる。
玲じゃなくても、
ちゃんとした店なら大丈夫。
そう思って選んだのは、
会社近くの人気サロンだった。
口コミ評価も高い。
写真もおしゃれ。
きっと問題ない。
……はずだった。
「はい、こんな感じです〜」
鏡を向けられた瞬間、
奏は固まった。
「……あ」
違う。
一番に浮かんだのは、
それだった。
変じゃない。
むしろ普通に上手い。
清潔感もある。
会社で浮くこともない。
なのに。
鏡の中の自分が、
全然しっくりこない。
前髪の重さ。
耳周り。
セットの質感。
全部、
微妙に違う。
「ワックス軽めにつけといたんで!」
「あ……ありがとうございます」
愛想笑いを返しながら、
胸の奥がじわじわ沈んでいく。
店を出て、
駅前のガラスに映った自分を見て、
さらに気分が落ちた。
「……なんだこれ」
似合ってないわけじゃない。
でも、
自分じゃないみたいだった。
玲はいつも、
何も言わなくてもわかっていた。
仕事用だから重すぎない方がいいこと。
セットが苦手なこと。
朝時間がないこと。
そして、
“頑張りすぎて見えない髪”
にしてくれていた。
それが、
当たり前になっていた。
スマホが震える。
同期からのメッセージだった。
『髪切った?』
『なんか今日いつもと違くない?』
奏は画面を見つめたまま、
返信できなかった。
違う。
そう、
違うのだ。
会社帰り、
駅のホームでスマホを開く。
無意識だった。
検索欄に打ち込んでいる。
『一ノ瀬玲』
何度探しても、
出てこない名前。
奏は小さく息を吐き、
スマホを閉じた。
……何やってるんだろう。
ただの美容師なのに。
なのに、
こんなに落ち込んでいる。
帰宅後、
洗面所の鏡を見て、
また気分が沈む。
セットがうまく決まらない。
ワックスをつけても、
変に重い。
玲なら、
こんな風にならなかった。
その考えが浮かんだ瞬間、
奏は動きを止めた。
「……玲さんなら」
口に出して、
初めて気づく。
自分は、
美容院へ行っていたんじゃない。
玲のところへ行っていたんだ。
静かな洗面所で、
奏はゆっくり目を伏せる。
「……違うんだよな」
欲しかったのは、
ただ整った髪じゃない。
あの人が、
自分の髪に触れる時間だった。
読んでいただきありがとうございます!
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初めていくところで自分の髪のこと全て伝えるのってなかなか難しいですよねえ、、
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