番外編:「最近、水瀬さんが変わった」
「……絶対、
恋人できましたよね」
昼休み。
給湯室で、
女性社員の一人が小声で言った。
「やっぱり思う?」
「思います!」
別の女性社員も、
勢いよく頷く。
「最近の水瀬さん、
なんか違うんですよ!」
◇
水瀬奏。
社内でも有名なくらい、
整った顔をしている。
清潔感があって、
仕事も丁寧。
優しい。
でも少し距離感がある。
だからこそ、
密かに人気が高かった。
けれど最近。
明らかに雰囲気が変わった。
◇
「まず表情!」
「わかる!」
「前より柔らかくなりましたよね」
「あとたまに笑ってる」
「それ!」
以前の奏は、
穏やかではあっても、
どこか壁があった。
でも最近は違う。
スマホを見て、
ふっと笑ったりする。
帰る時間も少し早い日が増えた。
それに。
「マフラー、
絶対プレゼントですよね」
「わかるーー!!」
淡い色の上品なマフラー。
しかも。
手袋もおしゃれ。
さらに。
「香水変わりました?」
「あ、
思った!」
「なんかめちゃくちゃいい匂いしません?」
女性陣、
ざわつく。
◇
そこへ。
「お疲れ様です」
タイミングよく、
奏本人が給湯室へ入ってきた。
女性社員たち、
一瞬静まる。
奏は気付かないまま、
コーヒーを入れていた。
黒のタートル。
シンプルなコート。
そして。
左手の腕時計。
「あ。」
一人が小さく声を漏らす。
「時計。」
「前してましたっけ?」
「してないと思う……!」
シンプルだけど、
明らかにセンスがいい。
しかも。
ふと奏が鍵を取り出した瞬間。
シルバーのキーケースが見えた。
女性陣、
さらにざわつく。
(おしゃれ……)
(絶対誰かにもらってる……)
◇
「水瀬さん。」
「はい?」
「最近、
なんか雰囲気変わりましたよね」
奏は少しだけ首を傾げた。
「そうですか?」
「変わりました!」
「なんか……
幸せそうというか」
その瞬間。
奏がほんの少し止まる。
それから。
「……そんなことないですよ」
否定しながら、
少しだけ笑った。
柔らかい笑顔。
女性社員たち、
心の中で叫ぶ。
(いやいる!!!)
(絶対恋人いる!!!)
(しかもめちゃくちゃ大事にされてるやつ!!!)
◇
奏が給湯室を出ていく。
その背中を見送りながら、
一人がぽつりと呟いた。
「なんか悔しいけど納得……」
「わかる。」
「絶対、
めちゃくちゃ優しい恋人なんだろうなぁ」
「水瀬さん、
あんな顔するんだね……」
以前より柔らかくなった空気。
自然な笑顔。
大事にされている人特有の、
安心した雰囲気。
女性社員たちは顔を見合わせる。
「……幸せそうだったね」
その言葉に、
みんな小さく頷いた。
◇
「……いやでも、
ちょっとショック」
「わかるー……」
給湯室。
女性社員たちはコーヒー片手にため息をつく。
「密かに好きだったのに」
「私も。」
「絶対彼女いないタイプだと思ってた……」
「わかる、
仕事しかしてなさそうだったよね」
でも。
最近の奏を見ていると、
否定できない。
あの柔らかい空気。
自然な笑顔。
誰かを大事にしてる人の顔。
◇
「でもなんか、
嫌じゃないんだよなぁ」
一人がぽつりと呟く。
「え?」
「だって水瀬さん、
めちゃくちゃ幸せそう。」
その言葉に、
みんな少し黙る。
それから。
「……確かに。」
静かに頷いた。
◇
「絶対、
恋人に甘やかされてるよね」
「わかる!」
「マフラーとか、
似合うの選ばれてる感すごい」
「時計も。」
「あのキーケースも絶対プレゼント。」
女性陣、
完全に観察している。
◇
「……でもさ。」
「ん?」
「あんな水瀬さん見たら、
もう応援したくならない?」
その言葉に、
みんな笑った。
「わかる。」
「幸せになってほしい感ある。」
「恋人、
絶対いい人なんだろうなぁ」
◇
その時。
廊下の向こうを、
奏が通る。
スマホを見て。
少しだけ笑って。
そのまま返信を打つ。
女性社員たち、
全員察した。
(今、
恋人だ。)
(絶対恋人。)
(顔が違う。)
奏は気付かないまま、
そのままエレベーターへ消えていく。
残された女性社員たちは、
顔を見合わせた。
「……玉砕。」
「完敗。」
でも。
誰かを好きになって、
ちゃんと幸せそうに笑ってる奏を見たら。
不思議と、
悔しいだけじゃなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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