番外編:「旅館の女将は見逃さない」
「……絶対、
恋人同士よねぇ」
帳場の奥で、
女将は湯のみを持ちながら呟いた。
毎日いろんな客を見る。
夫婦。
カップル。
友人同士。
だから分かる。
あの二人、
“ただの友達”ではない。
◇
最初に気付いたのは、
チェックインの時だった。
背の高い黒髪の男。
柔らかい雰囲気の綺麗な青年。
一見すると、
落ち着いた普通の二人組。
でも。
距離感がおかしい。
黒髪の方――玲が、
とにかく自然に世話を焼く。
「荷物持つよ」
「いや、
自分で持てます」
「転ぶと危ないから」
「転びません」
言いながら、
結局持たれてる。
しかも。
持たれる側――奏も、
完全拒否しない。
女将は心の中で頷いた。
(あらぁ……)
これは長年の経験で分かる。
付き合いたてだ。
◇
さらに確信したのは、
夕方の足湯。
女将が様子を見に行くと。
二人並んで座っている。
距離が近い。
かなり近い。
しかも玲。
ずっと奏見てる。
(見すぎよ……)
奏は景色見てるのに、
玲はほぼ奏しか見てない。
女将、
にやける。
しかも。
「寒くない?」
と言いながら、
肩を軽く抱く。
奏、
びっくりした顔。
でも逃げない。
(はい、
恋人〜)
女将の中で鐘が鳴った。
◇
夕食時。
配膳へ行く。
襖を開けた瞬間。
「あ、
ありがとうございます」
奏がぺこっと頭を下げる。
礼儀正しい。
可愛い。
一方玲。
「すみません、
この子魚好きなんで多分めちゃくちゃ喜んでます」
「ちょっ」
「さっきからずっと嬉しそう」
奏、
耳赤い。
女将、
耐える。
(かわいい……)
しかも玲、
料理より奏見てる。
完全に好きな顔。
女将は配膳しながら、
心の中で拍手した。
(若いっていいわねぇ……)
◇
決定打は夕食後だった。
女将が廊下を歩いていると、
向こうから二人が戻ってくる。
浴衣姿。
並んで歩く距離が近い。
しかも。
黒髪の男――玲が、
ふいに立ち止まった。
「ちょっと待って。」
「……え?」
玲が自然に、
奏の帯へ触れる。
「緩んでる。」
「えっ」
「歩いてるうちにずれた?」
玲は慣れた手つきで、
帯を軽く整える。
距離。
近い。
近すぎる。
奏は完全に赤い。
「……玲さん、
近いです」
「あはは。
今さら?」
玲は楽しそうに笑う。
しかも。
帯を直したあと、
満足そうに奏を見る。
「うん、かわいい。」
さらっと言う。
奏、
さらに赤くなる。
女将、
思わず物陰へ隠れた。
(だめ……
ニヤける……)
◇
そして翌朝。
朝食会場。
女将、
また見てしまった。
奏が朝食を綺麗に食べている。
玲、
向かいで笑ってる。
「えらい。」
「子どもじゃないんですから」
「でもかわいい。」
自然。
あまりにも自然。
しかも玲、
“かわいい”を息するみたいに言う。
女将は思った。
(あの黒髪のお兄さん、
絶対溺愛してるわね……)
◇
チェックアウト。
「ありがとうございました」
二人並んで頭を下げる。
最後まで空気が柔らかい。
でも。
帰る直前。
玲が自然に、
奏のマフラーを巻き直した。
「寒いからちゃんと巻いて。」
「子ども扱いしないでください」
「風邪引かれる方が困る。」
奏、
少し照れてる。
女将、
ついに耐えきれなかった。
「仲良しさんですねぇ」
二人とも止まる。
奏、
一瞬で赤くなる。
「えっ、
いや……」
一方玲。
笑った。
「はい、かなり。」
即答。
奏、
さらに真っ赤。
女将はにこにこ頷いた。
「またぜひ、
お二人でいらしてくださいね」
玲は嬉しそうに笑う。
「また来ます。」
その返事が、
妙に自然で。
女将は二人を見送りながら、
しみじみ思った。
(次来る頃には、
もっと距離縮まってそうねぇ……)
冬の海風が、
優しく暖簾を揺らしていた。
読んでいただきありがとうございます!
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