奏誕生日旅行編・中編:「0時のプレゼント」
旅館へ到着したのは、
夕方頃だった。
海の見える和モダン旅館。
木の香り。
柔らかな照明。
「……すご」
部屋へ入った瞬間、
奏は思わず足を止めた。
大きな窓の向こうには、
冬の海。
そして。
「露天風呂……」
客室露天風呂まで付いている。
玲は荷物を置きながら笑った。
「誕生日だから奮発した。」
「いや、
奮発のレベルじゃないです」
「あはは」
奏はまだ少し落ち着かない。
旅行だけでも特別なのに、
玲はたぶん、
かなり前から準備していた。
その事実が、
じわじわ胸へくる。
◇
浴衣へ着替える。
慣れない帯を整えながら、
鏡を見る。
すると後ろから、
小さく息を呑む声がした。
「……やば」
振り返る。
玲も浴衣姿だった。
濃い色の浴衣。
ラフに下ろした前髪。
いつもより少し大人っぽい。
「またそれですか」
「だって似合う。」
玲は普通に言う。
奏は視線を逸らした。
そのまま玲が近づく。
「帯ちょっと貸して。」
「え?」
「ずれてる。」
玲の指が、
腰へ触れる。
近い。
「……っ」
「緊張しすぎ。」
「玲さんが近いんです」
「あはは」
楽しそうに笑う声が、
妙に悔しい。
◇
夕方。
二人で旅館の足湯コーナーへ向かう。
海の見えるテラス。
冷たい冬の空気。
白い湯気。
「わ、
あったか……」
奏は足湯へ浸かりながら、
小さく息を吐いた。
隣では玲が、
満足そうに笑っている。
「連れて来れてよかった。」
ぽつり。
優しい声だった。
奏は少しだけ玲を見る。
夕暮れの光が、
玲の横顔を柔らかく照らしていた。
「……ありがとうございます」
「ん?」
「すごい嬉しいです。
旅行。」
玲は少し目を細める。
「俺も。」
静かな空気。
遠くで波の音が聞こえる。
玲がふいに、
奏の肩へ軽く触れた。
「寒くない?」
「大丈夫です」
「顔赤いけど。」
「足湯のせいです」
「あはは」
絶対分かってる顔だった。
◇
夕食は海鮮中心の懐石料理だった。
「美味しい……」
「よかった。」
玲は酒を飲みながら、
ずっと奏を見ている。
「……そんな見ます?」
「今日ずっとかわいい。」
「もうそれ何回目ですか」
「毎回思うから。」
さらっと言う。
奏は少し困ったように笑った。
でも、
嫌じゃない。
玲とこうして並んで食事をしている時間が、
妙に幸せだった。
◇
部屋へ戻る。
外はもう夜だった。
旅館の部屋は静かで、
どこか落ち着く。
玲が浴衣の袖を軽く直しながら言った。
「風呂入る?」
奏の肩がぴくっと揺れる。
「……客室露天ですか」
「うん。」
「……一緒に?」
「恋人だし。」
当然みたいに返される。
奏の心臓だけが大変だった。
◇
夜風が少し冷たい。
露天風呂から、
熱海の夜景が見える。
湯気の向こう。
近い距離。
肩が触れそうだった。
奏はまともに玲を見られない。
「顔赤い。」
「のぼせてるだけです」
「ふはっ」
玲は楽しそうに笑う。
でも。
しばらくして、
ふっと静かな顔になった。
「奏。」
「……はい」
「好き。」
あまりにも自然に言うから、
余計に心臓へくる。
「……急に言わないでください」
「ほんとのこと。」
玲が近づく。
濡れた髪。
近い体温。
奏の呼吸が少し乱れた。
玲の手が、
そっと頬へ触れる。
「かわいい。」
「……っ」
次の瞬間。
静かにキスが落ちてきた。
熱い湯。
冷たい夜風。
触れる唇。
奏は心臓がうるさすぎて、
何も考えられなかった。
玲は少しだけ離れて、
困ったみたいに笑う。
「そんな顔されたら、
出られなくなる。」
「玲さんのせいです……」
◇
風呂上がり。
二人でソファへ座る。
髪は少し濡れたまま。
テーブルには日本酒と、
旅館のお菓子。
だらだら話しながら、
ゆっくり時間が過ぎていく。
「奏、
旅行前めちゃくちゃ緊張してたよね」
「……しました。」
「荷造り何回やり直した?」
「……三回くらい」
「かわい。」
玲は笑いながら、
奏へお菓子を差し出す。
こういう時間が、
なんだか同棲みたいで。
奏は少しだけ照れた。
◇
時計を見る。
23時58分。
玲が少し姿勢を変える。
「もうすぐだ。」
静かな声。
奏は息を呑む。
窓の外には、
熱海の夜景。
部屋には二人だけ。
そして。
0時。
玲がまっすぐ奏を見る。
「誕生日おめでとう。」
優しい声だった。
奏は少し目を丸くする。
「……ありがとうございます」
玲はテーブルの小さな箱を手に取った。
「はい、プレゼント。」
「え、
まだあるんですか」
「あるよ。」
奏はゆっくり箱を開ける。
中には、
シンプルな革ベルトの腕時計。
落ち着いたデザイン。
仕事でも使えそうだった。
「……綺麗」
「奏、
こういうの自分で買わなそうだから。」
玲は少し笑う。
「毎日使って。」
それから。
少し低い声で。
「仕事中も、
俺思い出して。」
「……重いです」
「あはは」
でも。
嬉しかった。
玲は時計を取って、
奏の左手をそっと持つ。
「付ける。」
「自分でできます」
「いいから。」
手首へ触れる指が優しい。
「……はい、完成。」
玲は満足そうに笑った。
「似合う。」
奏は時計を見る。
それから、
玲を見る。
「……ありがとうございます」
本当に嬉しかった。
ちゃんと伝えたかった。
玲はその顔を見て、
少し目を細める。
「今日終わってほしくない。」
ぽつり。
静かな声。
奏の胸が熱くなる。
「……まだ終わってませんよ」
「うん。」
玲はゆっくり奏へ近づく。
そっと頬へ触れる。
それから、
もう一度静かにキスをした。
今度はさっきより、
少しだけ甘いキスだった。
読んでいただきありがとうございます!
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