ホワイトデー後編:「ちゃんと言って」
あの日から。
奏は少しだけ、
玲を避けていた。
LINEは返す。
でも短い。
【お疲れ様です】
【了解です】
【大丈夫です】
必要最低限。
玲はスマホを見ながら眉を寄せる。
「……絶対なんかある」
わかる。
付き合ってから、
奏の変化は前より見えるようになった。
だから余計に、
今の距離感が落ち着かない。
◇
ホワイトデー当日。
営業後。
玲は店の片付けを終えると、
奏へLINEを送った。
【今日会える?】
少し間が空く。
【大丈夫です】
その返事に、
玲は小さく息を吐いた。
よかった。
ちゃんと話したかった。
◇
夜。
店へ来た奏は、
いつも通り綺麗だった。
でも。
少しだけ距離がある。
「いらっしゃい」
「……こんばんは」
玲はその顔を見る。
やっぱり変だ。
「座って」
奏が椅子へ座る。
玲は後ろへ立ったまま、
鏡越しに奏を見た。
「何かあった?」
「……別に」
「別にじゃないじゃん」
静かな店。
いつもより声が近い。
奏は少し黙った。
言うつもりはなかった。
見間違いかもしれない。
勝手に傷ついただけかもしれない。
でも。
玲の顔を見ると、
胸の奥がまた苦しくなる。
「……玲さん」
「ん?」
「この前」
奏は視線を落とした。
「……キスしてましたよね」
一瞬。
玲が止まる。
「……は?」
「女性のお客さんと」
数秒の沈黙。
それから。
「……えっ!?!?」
玲が本気で驚いた。
「いや待って待って待って!!」
「……っ」
「してないしてない!!
何それ!?」
玲は慌てたまま奏の前へ回り込む。
「え、いつ!?」
「昼間、
忘れ物届けに行った時……」
「あーーー!!」
玲が頭を抱えた。
「まつ毛!!」
「……え?」
「目に入ったって言われて、
見てただけ!!」
玲は必死だった。
「キスとかしてない!!
絶対してない!!」
「……でも近かったです」
「美容師だから!!」
「説得力ないです」
「うわ最悪!!」
玲は本気で焦っている。
その様子を見て、
奏は少しだけ瞬きをした。
本当に、
違ったんだ。
胸の奥に溜まっていた重さが、
一気に抜けていく。
安心した。
でもその瞬間。
今度は、
自分がものすごく恥ずかしくなった。
「……すみません」
「え?」
「勘違いでした」
「いや、
そこじゃなくて」
玲は少ししゃがみ込んで、
奏の顔を覗き込む。
「……浮気だと思った?」
奏は黙る。
それが答えだった。
玲は数秒止まる。
それから。
「……何その顔」
「え」
「かわいすぎるんだけど」
「は!?」
奏が一気に顔を上げる。
「いやだって、
そんな嫉妬してくれんの?」
「してません」
「してるじゃん」
「……っ」
玲は笑いながら、
でも優しく奏の頬へ触れた。
「不安にさせた?」
その声が、
思ったより真面目で。
奏は少しだけ目を伏せた。
「……苦しかったです」
小さい声。
「見間違いかもしれないって、
わかってたんですけど」
「うん」
「でも、
もし本当だったらって思ったら……」
そこで言葉が止まる。
玲は静かに息を吐いた。
「ごめん」
「玲さんが悪いわけじゃ」
「でも、
奏がそんな顔になるの嫌。」
玲はそう言って、
そっと奏を抱き寄せた。
「ちゃんと言って」
「……え」
「嫉妬したとか、
嫌だったとか」
耳元で、
優しい声が落ちる。
「俺、
ちゃんと聞くから」
奏は玲の服を少し掴む。
その仕草だけで、
玲の胸が苦しくなる。
「……努力します」
「えらい。」
玲は笑いながら、
奏の額へ軽くキスを落とした。
「あと。」
「?」
「俺、
奏以外とキスしたくない」
奏の心臓が跳ねる。
「だから安心して」
その言葉が、
想像以上に嬉しかった。
玲は少し離れると、
カウンターから小さな袋を持ってくる。
「ホワイトデー。」
「……覚えてたんですか」
「失礼。」
袋の中。
焼き菓子と、
小さなシルバーのキーリング。
「え」
「奏、
鍵そのままポケット入れてるでしょ」
図星だった。
「危ないから。」
玲は笑う。
「あと、
俺とお揃い。」
奏は少し目を丸くする。
本当にずるい。
玲はそんな奏を見ながら、
また小さく笑った。
「好き。」
今度は迷いなく言う。
奏は少し照れながら、
でもちゃんと笑った。
「……俺もです」
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