バレンタイン後編:「君の部屋で」
バレンタインの夜。
仕事を終えた玲は、
奏から送られてきたメッセージを見て少し笑った。
【気をつけて来てください】
その一文が、
妙に奏らしい。
玲はマンションの階段を上がりながら、
少しだけ緊張していた。
奏の部屋へ行くのは、
今日が初めてだった。
インターホンを押す。
数秒後。
扉が開いた。
「……どうぞ」
私服姿の奏。
少し柔らかい部屋着。
家用の眼鏡。
玲は数秒止まる。
「……やば」
「何ですか」
「無理かも」
「帰ります?」
「あはは」
玲は笑いながら部屋へ入った。
◇
奏の部屋は、
想像通り綺麗だった。
整った本棚。
シンプルな家具。
柔らかい香り。
生活感はあるのに、
ちゃんと落ち着いている。
「奏って感じ」
「どういう意味ですか」
「ちゃんとしてる」
玲はソファへ座りながら部屋を見回した。
ローテーブル。
置かれたマグカップ。
畳まれたブランケット。
その全部が、
“奏の生活”だった。
なんだかそれだけで嬉しい。
「ご飯、
もう少しかかります」
キッチンから奏の声。
「手伝う?」
「大丈夫です」
玲はその背中を見る。
エプロン姿。
袖を少し捲った腕。
真面目な横顔。
「……ほんと料理するんだ」
「しますよ」
「何か良い」
「何がですか」
「嫁感」
「帰ってください」
即答だった。
玲はソファで声を上げて笑う。
「母親に教え込まれたんです」
「へえ?」
「一人暮らしするなら、
最低限困らないくらいはできるようにって」
鍋を混ぜながら、
奏が少しだけ笑う。
「最初は面倒だったんですけど」
「今は?」
「普通に嫌いじゃないです」
玲はその横顔を見ながら、
静かに目を細めた。
なんだろう。
この空間、
すごく落ち着く。
◇
「できました」
テーブルへ並べられた料理。
クリームシチュー。
サラダ。
小さなグラタン。
「え、すご」
「そんな大したものじゃ」
「いや普通にすごい」
玲は素直に感動した。
「いただきます」
一口食べる。
数秒。
玲が止まった。
「……美味い」
「ほんとですか」
「めちゃくちゃ美味い」
本気だった。
奏は少しだけ安心したように息を吐く。
「よかった……」
「これ毎日食べたい」
「っ」
奏が固まる。
玲は楽しそうに笑った。
「顔赤。」
「……そういうこと普通に言いますよね」
「本音だから」
また自然に言う。
本当にずるい。
食事をしながら、
二人でゆっくり話す。
仕事のこと。
最近のこと。
春になったら行きたい場所。
何気ない会話なのに、
全部楽しい。
そして玲は、
何度も思ってしまう。
奏の部屋、
居心地が良すぎる。
◇
食後。
片付けを終えて、
二人でソファへ座る。
静かな部屋。
テレビもつけていない。
でも気まずくない。
むしろ落ち着く。
「今日、
ほんと幸せ」
玲がぽつりと言った。
「大げさです」
「奏んち来れて、
手料理食べれて、
プレゼント貰った」
玲は笑いながら、
少しだけ奏へ近づく。
「好き増すけど」
「……玲さん」
「ん?」
「距離近いです」
「あはは」
でも離れない。
玲の手が、
そっと奏の頬へ触れる。
そのまま、
ゆっくり距離が縮まった。
唇が重なる。
柔らかいキス。
「……っ」
触れるだけなのに、
心臓がうるさい。
離れたあとも、
玲は近いまま笑った。
「奏甘い匂いする」
「シチューです」
「それもある」
玲はもう一度、
軽くキスを落とす。
今度は少し長い。
奏は目を閉じたまま、
そっと玲の服を掴んだ。
その瞬間。
玲がほんの少しだけ息を止める。
「……それ反則」
「何がですか」
「かわいすぎ」
奏は恥ずかしくなって、
玲の肩へ額を押しつけた。
玲は笑いながら、
その背中をゆっくり撫でる。
「今日帰りたくない」
「……泊まっていけばいいじゃないですか」
一瞬。
玲が固まった。
「え」
「え?」
「今のやばい」
「何でですか」
「嬉しすぎる」
玲はそのまま、
ぎゅっと奏を抱き寄せた。
「好き。」
静かな部屋で落ちたその声は、
思ったより甘かった。
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