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バレンタイン前編:「甘くない贈り物」


 二月。


 街にはバレンタインの商品が並び始めていた。


 駅前。


 デパート。


 コンビニ。


 どこを見てもチョコレート。


 その度に、

 奏はなんとも言えない気持ちになる。


「……玲さん絶対いっぱい貰うよな」


 ぽつりと呟く。


 美容師。


 顔が良い。


 距離感近い。


 モテる。


 条件が揃いすぎている。


 しかも玲は、

 貰い慣れてそうなのがまた悔しい。


 だからこそ、

 奏は悩んでいた。


「今さらチョコって……」


 ソファへ沈み込みながら、

 スマホを見る。


 検索履歴。


【バレンタイン 男性 甘いもの苦手】


【社会人 彼氏 プレゼント】


【コーヒー ギフト】


 真剣だった。


 チョコを渡したい気持ちはある。


 でも、

 玲は絶対たくさん貰う。


 その中に埋もれるのは嫌だった。


「……どうしよう」


 悩んだ結果。


 奏が選んだのは、

 少し高めのコーヒーセットだった。


 玲は営業後、

 よくブラックコーヒーを飲んでいる。


 前に、

 「甘いのよりこっち派」

と言っていたのを覚えていた。


「……これなら」


 ちゃんと使ってもらえる。


 毎日飲める。


 それが奏らしかった。


 ◇


 バレンタイン当日。


 美容院。


「いらっしゃい」


 玲はいつも通り笑う。


 でも。


「……すご」


「ん?」


 受付横。


 カウンター。


 小さな袋。


 チョコ。


 明らかに多い。


「今日やばいんだよね」


 玲は苦笑した。


「常連さんとか、

前の店の人とか。」


「……人気ですね」


「嫉妬してる?」


 楽しそうに言う。


「してません」


「顔。」


「してません」


 玲は吹き出した。


 奏は少しだけ気まずくなる。


 別に、

 玲がモテるのは今さらだ。


 わかっている。


 でも。


 恋人になった今は、

 少しだけ落ち着かない。


 カットが終わって、

 最後に髪を整えながら。


 玲が鏡越しに笑う。


「今日仕事?」


「午後からです」


「そっか。」


 そこで。


 奏は小さく息を吸った。


「あの」


「ん?」


 バッグから、

 小さな紙袋を取り出す。


「これ」


 玲が目を丸くする。


「え、くれんの?」


「……バレンタインなので」


 玲は紙袋を受け取る。


 開く。


 数秒止まった。


「……コーヒー?」


「甘いのいっぱい貰うかなと思って」


 奏は少し視線を逸らす。


「だから、

甘くない方がいいかなって……」


 玲はしばらく黙った。


 それから、

 ゆっくり笑う。


「……やば」


「え」


「めちゃくちゃ嬉しい」


 本気の声だった。


「ほんとですか」


「うん。」


 玲は袋を持ったまま、

 少し困ったように笑う。


「これ選んでる奏想像したら好き増す」


「……やめてください」


「絶対めちゃくちゃ悩んだでしょ」


 図星だった。


 奏が黙ると、

 玲は嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう」


 その声が優しい。


 奏は少しだけ耳が熱くなる。


 その時。


「一ノ瀬さーん」


 受付から女性客の声。


「はーい」


 玲が返事をする。


 その瞬間。


 玲はカウンターへ置かれていたチョコの山を、

 わりと適当に端へ寄せた。


 でも。


 奏から貰った紙袋だけは、

 丁寧にロッカーへ入れる。


 まるで別扱いだった。


 それを見て、

 奏は少しだけ目を瞬いた。


 玲は戻りながら笑う。


「今日の営業頑張れる」


「大げさです」


「いやほんと。」


 玲は少し近づいて、

 小さな声で言った。


「これ、

今日帰ったら飲む」


「……はい」


「奏にもらったやつだから、

絶対美味い」


 またそんなことを言う。


 本当にずるい。


 玲は最後に、

 軽く奏の髪を整えた。


「はい、完成」


 鏡越しに目が合う。


 そして玲は、

 ふっと笑う。


「じゃ、また夜ね」


「……っ」


 一瞬、

 心臓が跳ねる。


 “夜”。


 その言い方だけで、

 急に距離が近く感じる。


「……はい」


 玲は満足そうに笑った。


「楽しみにしてる」


 その視線が、

 前よりずっと甘かった。


読んでいただきありがとうございます!

毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

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