季節番外編 秋:「コーヒーの温度」
秋の空気は、
少しだけ冷たい。
「寒……」
カフェを出た瞬間、
奏が小さく肩を竦めた。
玲はその横で笑う。
「だから言ったじゃん」
「もうちょい厚着しろって」
「ちゃんと着てます」
「マフラー緩い」
言いながら、
玲が自然に手を伸ばした。
「っ」
首元に触れる指先。
マフラーを整えながら、
玲は器用に巻き直していく。
「……近いです」
「寒いじゃん」
当然みたいに言う。
その距離感が、
最近ずっと心臓に悪い。
「はい」
玲がテイクアウトしたコーヒーを渡してくる。
白い湯気。
カップ越しに伝わる熱。
「ありがとうございます」
奏は両手で受け取った。
「冷えてる」
「玲さんが急に触るからです」
「あはは」
玲は片手でコーヒーを持ちながら、
楽しそうに笑っている。
黒コート。
タートルネック。
ラフに整えた髪。
休日なのに、
相変わらずやたらおしゃれだ。
「……玲さんってほんと美容師ですよね」
「何その感想」
「休日でも完成してるので」
「褒めてる?」
「一応」
玲が吹き出した。
二人で並んで歩く。
秋風に落ち葉が舞う。
人通りの少ない道を、
ゆっくり進む。
「どこ行くんですか」
「公園」
「天気いいし」
玲が顎で前を示す。
少し歩いた先には、
落ち葉で色づいた小さな公園があった。
ベンチに座る。
距離が近い。
でも玲は全く気にしていない。
むしろ当然みたいに隣へ座る。
「……近いです」
「寒いじゃん」
「それ便利な言葉だと思ってません?」
「思ってる」
即答。
奏は呆れながら、
少しだけ笑った。
風が吹く。
温かいコーヒーを飲みながら、
二人でぼんやり景色を見る。
静かだった。
でも、
気まずくない。
玲といると、
こういう沈黙が心地いい。
「奏」
「……はい」
「今日髪いい感じ」
また自然に言う。
「玲さんが切ったからですよ」
「それもある」
「自信家」
「あはは」
玲は本当に楽しそうだった。
その視線が、
またこちらへ向く。
「……何ですか」
「んー?」
「別に」
「さっきからずっと見てますよね」
奏が言うと、
玲は全然隠さずに笑った。
「好きだから」
「さらっと言わないでください」
「なんで?」
「心臓に悪いです」
玲がまた吹き出す。
「ほんとかわいい」
「……もう」
奏はコーヒーを飲んで誤魔化した。
でも、
隠しきれないくらい顔が熱い。
しばらくして。
温かさと静かな空気のせいか、
少しだけ眠くなってくる。
奏はマフラーへ顔を埋めた。
「……眠い?」
玲の声が近い。
「ちょっと……」
「寝る?」
「寝ません」
そう言いながら、
少しだけ玲の肩へ寄りかかる。
玲は何も言わなかった。
ただ、
嬉しそうに少し笑う。
落ち葉が風に揺れる。
穏やかな午後。
隣には、
安心できる温度がある。
玲はコーヒーを片手に、
肩へ寄りかかる奏を見つめた。
「……かわい」
小さな呟きは、
たぶん本人には聞こえていなかった。
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