季節番外編 夏:「花火より、近い」
待ち合わせ場所に着いた瞬間。
玲は、
本当に数秒動けなかった。
「……」
駅前の人混み。
夏祭りへ向かう浴衣姿の人たち。
その中で、
少し居心地悪そうに立っている奏が目に入る。
淡い色の浴衣。
控えめな柄。
きっちり結ばれた帯。
慣れてなさそうな下駄。
そして、
いつもより少しだけ露出した首元。
「……玲さん?」
奏が不思議そうにこちらを見る。
玲はやっと息を吐いた。
「……かわい」
「っ……」
奏の顔が一気に赤くなる。
「急に言わないでください」
「いや無理」
「思ったより破壊力あった」
「何ですかそれ……」
玲は笑いながら、
奏の横へ並ぶ。
でも内心かなりやばかった。
浴衣見たいとは言った。
でも、
ここまで似合うとは思わなかった。
「絶対周り見てる」
「やめてください」
「いや見てるって」
「玲さん!!」
奏が本気で恥ずかしそうにするから、
玲は余計楽しくなる。
祭り会場は人で溢れていた。
提灯の灯り。
屋台の匂い。
遠くで上がる花火の音。
人混みに流されそうになった瞬間、
玲は自然に奏の手を取った。
「はぐれる」
「……っ」
指先が熱い。
恋人繋ぎ。
奏は一瞬固まったあと、
小さく握り返してくる。
それだけで、
玲の機嫌はめちゃくちゃ良くなった。
「何食べる?」
「んー……」
屋台を見ながら歩く。
焼きそば。
たこ焼き。
かき氷。
その中で奏が立ち止まった。
「りんご飴」
「かわい」
「今の何でもかわいいって言ってません?」
「言ってる」
即答。
奏は呆れた顔をしながらも、
少しだけ笑っていた。
りんご飴を受け取って、
奏が小さくかじる。
でも。
「……食べづら」
「あはは」
案の定だった。
飴がうまく噛めなくて、
奏が困った顔をしている。
「だから言ったじゃん」
「言ってません」
「顔に出てた」
「出てません」
玲は笑いながら、
奏の口元を見た。
「あ、ついてる」
「え」
次の瞬間、
玲が持っていたティッシュで
そのまま口元を拭う。
距離が近い。
祭りのざわめきの中、
そこだけ静かになった気がした。
「……玲さん」
「ん?」
「外です」
「知ってる」
「距離近いです」
「恋人だからね」
さらっと言う。
奏はもう何も言い返せなくなっていた。
やがて、
大きな花火が夜空に開く。
歓声が上がる。
二人で少し離れた場所へ移動して、
立ち止まった。
夜空いっぱいに光が広がる。
「……綺麗」
奏が空を見上げる。
その横顔を見ながら、
玲はそっと肩を抱いた。
びく、と奏が少しだけ揺れる。
でも、
逃げない。
むしろ少しだけ、
玲へ寄りかかる。
花火の光が、
二人を照らしていた。
「奏」
「……はい」
「今日ほんとかわいい」
「またそれ」
「だってずっと思ってる」
玲は笑う。
奏は困ったみたいに目を細めて、
それでも少し嬉しそうだった。
次の花火が上がる。
夜空が光る。
でも玲には、
隣で照れている奏の方が、
ずっと眩しく見えていた。
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