季節番外編 春: 「桜の下で、君を見る」
夜の桜並木は、
思っていたより静かだった。
淡い街灯に照らされた花びらが、
風に揺れる。
「……綺麗」
奏が小さく呟く。
隣を歩きながら、
玲はその横顔を見ていた。
桜なんて毎年見る。
特別珍しいわけでもない。
でも。
楽しそうに桜を見上げる奏は、
少し困るくらい綺麗だった。
「玲さん?」
「んー?」
「さっきから全然桜見てませんよね」
ばれた。
玲は笑う。
「見てるよ」
「絶対嘘です」
「いやほんと」
「ちゃんと綺麗だな〜って思ってる」
「なら良いですけど……」
納得してない顔。
その表情がかわいくて、
玲はまた笑ってしまう。
夜風が吹く。
ふわりと桜の花びらが舞った。
そのうちの一枚が、
奏の髪に引っかかる。
「動かないで」
「え?」
玲は自然に手を伸ばした。
指先が、
柔らかい髪に触れる。
「……ついてる」
花びらを摘まむ。
ただそれだけなのに、
奏の肩がぴくりと揺れた。
「っ……」
「何その反応」
「……急に触るから」
「恋人なんだけど」
「そういう問題じゃないです」
耳が赤い。
玲は思わず吹き出した。
「かわい」
「笑わないでください」
奏は少しむっとしながら、
視線を逸らす。
でも逃げない。
隣を歩く距離も、
触れられることも、
もう拒まない。
それが嬉しくて、
玲は少しだけ目を細めた。
桜並木を抜け、
二人で川沿いを歩く。
水面に夜景が映って、
花びらが静かに流れていく。
奏はまた足を止めた。
「……春って、
上京した頃思い出します」
「あー」
玲は小さく笑う。
「最初めちゃくちゃ警戒されてた」
「だってチャラかったので」
「まだ言う?」
「あれは本当に警戒します」
即答。
玲は声を上げて笑った。
「でも結局、
俺のとこ通ってくれたじゃん」
「……髪上手かったからです」
「それだけ?」
少し意地悪く聞く。
奏は黙る。
その沈黙が、
答えみたいでかわいかった。
また風が吹いた。
今度は少し冷たい。
奏が小さく肩を竦める。
「寒い?」
「……ちょっと」
玲は何も言わず、
自分のジャケットを脱いだ。
「え」
「着な」
「玲さん寒いでしょ」
「俺より奏の方が薄着」
そう言って、
半ば強引に肩へ掛ける。
ふわりと、
玲の匂いがした。
美容院でいつも感じる香り。
でも今は、
もっと近い。
「……ありがとうございます」
「ん」
奏がジャケットの袖を少し握る。
その仕草が妙に愛しくて、
玲は思わず笑った。
「何ですか」
「いや」
「ほんとかわいいなと思って」
「……今日ずっとそれ言ってます」
「だって今日ずっとかわいい」
さらっと言う。
奏はまた顔を赤くした。
桜が舞う。
夜風が吹く。
その中で、
隣を歩く奏がいる。
玲はふと、
少しだけ真面目な声で言った。
「来年も来ようね」
奏が驚いたように目を瞬く。
それから少しだけ笑って、
小さく頷いた。
「……はい」
その返事だけで、
春が少し特別になった気がした。
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