第21話:「付き合ったのに」
「……いや無理」
「何が?」
「全部です」
玲はシャンプー台の横で吹き出した。
付き合い始めてから、
初めて来た美容院。
何かが劇的に変わったかと言われると、
全然そんなことはない。
奏は今まで通り店へ来るし、
玲は今まで通り髪を切る。
でも。
問題は、
“好きな人に触られている”
という事実を、
お互い認識してしまったことだった。
「頭上げて〜」
「……はい」
シャンプー台に横になりながら、
奏は天井を見つめる。
落ち着かない。
とにかく落ち着かない。
今までも何百回とやってきたはずなのに、
今日は全部違う。
指が触れるたび、
変に意識してしまう。
「力加減どう?」
「……普通です」
「嘘」
「めっちゃ緊張してる」
玲が笑う。
その声が近い。
「だって……」
「うん?」
「今までと意味変わったじゃないですか」
言った瞬間、
玲が堪えきれないみたいに吹き出した。
「かわい」
「笑わないでください」
「いや無理」
「そんな顔されたら」
泡を流しながら、
玲の指が耳の後ろをなぞる。
びく、と肩が揺れた。
「うわ、反応した」
「っ……!」
「そこ弱いんだ」
「玲さん!!」
玲は完全に楽しんでいる。
奏は顔を覆いたくなった。
絶対赤い。
「今まで普通だったのに」
「普通じゃなかったけど?」
「え?」
玲はさらっと言う。
「俺ずっとドキドキしてたし」
奏の思考が止まる。
「……は?」
「だって好きなやつ髪触ってんだよ?」
「普通にしんどいでしょ」
そんなこと、
平然と言わないでほしい。
奏はもう、
どこを見ればいいかわからなかった。
玲はくすくす笑いながら、
タオルで髪を包む。
「でも今の方がいい」
「……何がですか」
「ちゃんと触れていい感じする」
低い声。
優しい指。
奏の心臓がまたうるさくなる。
玲は濡れた前髪をかき上げながら、
少しだけ目を細めた。
「奏」
名前で呼ばれるだけで、
胸が熱くなる。
「顔真っ赤」
「……玲さんのせいです」
「あはは」
「知ってる」
付き合ったのに。
むしろ前より、
ずっと距離感がおかしくなっていた。
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