第20話:「客じゃなくて」
シャッターの閉まる音が、
静かな店内に響いた。
ガラガラ、と重たい音。
それが妙に、
世界から切り離されたみたいに聞こえる。
閉店後。
店の中には、
玲と奏しかいない。
いつものはずなのに、
今日は空気が違った。
最近、
二人の間にはずっと曖昧な熱が漂っていた。
視線が合うだけで落ち着かなくて、
触れられるたび心臓がうるさい。
もう、
“美容師と客”だけではいられないことを、
お互い気づいてしまっていた。
「……はい、終わり」
玲が最後に前髪を整える。
鏡越しに目が合った。
数秒、
どちらも逸らせない。
先に息を吐いたのは玲だった。
「やばいな」
「何がですか」
「今日、近い」
低く笑う声。
でもどこか余裕がない。
玲はクロスを外しながら、
そのまま奏の髪を撫でた。
優しい手。
何年も触れてきた指先。
その感触だけで、
胸が苦しくなる。
「……玲さん」
「ん?」
呼んだのに、
続きが出てこない。
玲は少しだけ目を細めた。
「何」
静かな声。
逃げ道を塞ぐみたいな距離。
奏はゆっくり息を吸う。
もう、
誤魔化したくなかった。
「俺」
「うん」
「美容院来てたんじゃなくて」
心臓がうるさい。
玲がじっとこちらを見ている。
「……玲さんに会いに来てました」
沈黙。
時計の音だけが聞こえる。
玲は一瞬、
驚いたみたいに目を見開いた。
それから、
困ったように笑う。
「それ今言う?」
「……だって」
「無理なんだけど」
玲が片手で顔を覆う。
珍しく本気で余裕がなさそうだった。
その姿に、
胸が熱くなる。
玲はゆっくり手を下ろすと、
そのまま奏の頬に触れた。
指先が熱い。
「俺さ」
低い声。
「ずっと線引こうとしてた」
親指が、
そっと頬を撫でる。
「客だから」
「踏み込んだらダメだって」
でも、と玲は笑った。
「最近もう無理」
その言葉に、
奏の呼吸が止まる。
玲は少しだけ近づいて、
額が触れそうな距離で囁いた。
「客としてじゃなく」
真っ直ぐな目。
逃げられないくらい優しい声。
「……もう会いたい」
玲の指が、
そっと奏の髪を梳く。
「好きだよ、奏」
名前で呼ばれた瞬間、
胸の奥が熱く弾けた。
何年も積み重なってきた時間が、
一気に意味を変えていく。
奏は震える指で、
玲の服を掴む。
「……俺も、好きです」
その瞬間。
玲が耐えきれないみたいに笑って、
そのまま奏を抱き寄せた。
静かな店の中。
ずっと“美容師と客”だった距離が、
ようやく壊れた。
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