第19話:「誰にでも?」
玲の言葉は、
そのあともしばらく奏の中に残っていた。
『最近、お前が他のやつといるの見るの無理』
あれはどういう意味だったんだろう。
嫉妬?
独占欲?
期待してしまう。
でも玲は、
誰にでも距離が近い。
優しくて、
甘くて、
勘違いさせる。
その事実が、
どうしても消えなかった。
数日後。
奏が店へ行くと、
玲はまた女性客と楽しそうに話していた。
「玲ほんとそういうとこずるい〜」
「え、何が?」
「みんな勘違いするって」
「あはは」
軽い笑い声。
その空気を見た瞬間、
奏の胸がざらつく。
玲は奏に気づくと、
いつものように笑った。
「お、来た」
「ちょい待ってね」
——ほら。
きっと自分にも、
他の客にも、
同じ顔をしてる。
その考えが、
妙に苦しかった。
閉店後。
いつものように二人きりになった店内で、
玲は奏の髪を触りながら言う。
「今日なんか静かじゃない?」
「……普通です」
「また嘘」
鏡越しに目が合う。
玲は少し眉を寄せた。
「何怒ってんの」
「怒ってません」
「いや怒ってる」
その言い方が、
急に癇に障った。
奏は視線を逸らしたまま、
低く言う。
「玲さんって」
「ん?」
「誰にでもああなんですか」
ハサミの音が止まる。
空気が静かになる。
「……ああって?」
「距離近くて」
「期待させるみたいなこと言って」
玲が黙る。
奏はもう止まれなかった。
「俺だけみたいな顔するのに」
「結局、他の人にも同じなんだなって」
言った瞬間、
自分でも子どもみたいだと思った。
でも。
もう誤魔化せなかった。
玲は数秒黙ったあと、
小さく息を吐く。
「……それ、本気で言ってる?」
低い声だった。
奏は初めて、
玲のこういう声を聞いた気がした。
「だって実際そうじゃないですか」
「水瀬くん」
「ご飯だって」
「優しくするのだって」
「俺だけじゃないんでしょ」
胸が苦しい。
期待したくないのに、
期待してしまう自分が嫌だった。
玲はしばらく黙って、
それから静かにクロスを外した。
「……じゃあ聞くけど」
奏を見る目が、
珍しく真っ直ぐだった。
「俺、他の客に閉店後こんな残ってる?」
「……」
「毎回お前の予約だけ勝手に気にして」
「疲れてる顔見たら心配して」
「他の男といるだけでイラついて」
玲は苦笑する。
「そんな面倒くさいこと誰にでもするわけないじゃん」
その言葉に、
奏の呼吸が止まった。
玲は前髪をかき上げながら、
少し困ったみたいに笑う。
「……お前だけだよ」
静かな声だった。
軽くもなく、
誤魔化しもない。
その本音が、
どうしようもなく胸に刺さった。
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