第18話:「触れてないと無理」
その日、
玲は駅前で偶然奏を見つけた。
仕事帰りらしいスーツ姿。
それだけなら、
いつものことだった。
でも隣に、
男がいた。
同年代くらい。
会社の人間だろうか。
二人は並んで歩きながら、
楽しそうに笑っている。
奏があんな風に肩の力を抜いて笑うのを、
玲はよく知っていた。
気を許している時の顔だ。
「……は」
思わず足が止まる。
胸の奥が、
一瞬でざわついた。
別におかしくない。
奏だって社会人だ。
同僚もいるし、
友達だっている。
なのに。
隣にいるのが自分じゃないだけで、
こんなに気分が悪い。
玲は小さく舌打ちした。
「重症すぎるだろ……」
その日の夜。
奏は予約通り店へ来た。
「こんばんは」
いつも通りの声。
なのに玲は、
いつもみたいに軽口が出てこなかった。
「……どうしたんですか?」
「別に」
短く返す。
奏が少し不思議そうな顔をした。
閉店後の店内。
静かな空気。
いつものように奏を座らせ、
玲は黙ったまま髪を触る。
指先に、
やわらかい髪が絡む。
五年触ってきた感触。
落ち着くはずなのに、
今日は全然落ち着かない。
「玲さん」
「んー」
「今日静かですね」
「そう?」
「……なんかあったんですか」
玲は答えない。
代わりに、
奏の前髪を指で流す。
耳にかける。
首筋に触れる。
いつもよりゆっくり、
確かめるみたいに。
「……玲さん?」
奏の声が少し揺れる。
玲は低く息を吐いた。
「今日さ」
「はい」
「駅前で見た」
鏡越しに、
奏の目が揺れる。
「男といたでしょ」
「あ……」
やっぱり。
その反応だけで、
胸がざらつく。
「会社の人です」
「ふーん」
「ほんとにただの同僚で……」
「別に責めてない」
玲は笑った。
でも、
自分でもわかるくらい余裕がない。
奏の髪を梳きながら、
ぽつりと言う。
「楽しそうだった」
その声は、
思ったより低かった。
奏が黙る。
店内が静かになる。
玲はもう一度、
奏の髪に触れた。
やっぱり落ち着く。
この髪に触れてる時だけ、
少し安心する。
「……俺さ」
ぽつりと零れる。
「最近、お前が他のやつといるの見るの無理」
言ってから、
やばいと思った。
でももう止まらない。
玲は鏡越しじゃなく、
直接奏を見る。
「なんかイラつくし」
「取られそうで嫌になる」
奏の呼吸が止まる音がした。
玲は苦笑する。
「ほんと終わってるよね、俺」
美容師と客。
そんな距離、
とっくに越えかけていた。
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