第17話:「会いに行く理由」
最近、
美容院へ行く前が一番落ち着かない。
予約日前日になると、
無意識に鏡を見る回数が増える。
仕事を早く終わらせようとしたり、
何を着て行こうか考えたり。
以前はそんなことなかった。
髪を整えるため。
ただそれだけだったはずなのに。
「水瀬さん、今日なんか機嫌よくないですか?」
会社で後輩にそう言われ、
奏は思わず顔を上げた。
「……そうですか?」
「なんか顔違う」
「今日美容院ですか?」
奏は一瞬止まる。
「……なんでわかったの」
「え、当たり?」
「なんかそんな感じします」
後輩は楽しそうに笑っている。
奏は曖昧に笑い返しながら、
胸の奥が妙にざわついた。
その日の仕事終わり。
駅へ向かう足取りは、
自分でもわかるくらい軽かった。
スマホを見る。
『気をつけて来なよ〜』
玲からのメッセージ。
たったそれだけで、
口元が緩みそうになる自分が嫌だ。
「……何やってんだ」
小さく呟く。
店へ向かう途中、
ふとガラスに映った自分が目に入る。
少しだけ整えた前髪。
仕事帰りにしてはマシな顔。
……まるで。
好きな人に会いに行くみたいだ。
その瞬間、
思考が止まった。
「……あ」
胸の奥が、
ゆっくり熱くなる。
今までずっと、
美容院へ行っていると思っていた。
髪を整えるために。
身だしなみのために。
でも違う。
玲がいなくなった時、
あんなに苦しかった理由。
別の美容院で満足できなかった理由。
玲に触れられると安心する理由。
全部。
「……俺」
そこでようやく、
認めざるを得なかった。
自分は美容院へ行っていたんじゃない。
玲に会いに行っていた。
会って、
話して、
髪を触られて、
「似合う」って言われる。
その時間が好きだった。
好きだったのは、
美容院じゃなくて。
「……玲さんなんだ」
言葉にした瞬間、
心臓が大きく跳ねた。
理解してしまった。
この感情の名前を。
店の前まで来て、
奏は深く息を吐く。
ガラス越しに見える玲は、
いつものように誰かと笑っていた。
軽くて、
距離が近くて、
ずるい人。
でも。
その笑顔を見るだけで、
胸が苦しくなるくらいには。
もう、
好きだった。
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