第15話:「俺じゃダメ?」
その日は珍しく、
奏の予約が一週間後ろにずれていた。
いつもなら気になった時点ですぐ玲に連絡する。
でも最近、
少し距離を置きたかった。
玲に振り回されている気がして。
期待して、
落ち込んで、
一人で勝手に疲れている。
そんな自分が嫌だった。
だから会社の同期に勧められた美容院を、
なんとなく保存していた。
——今度そこ行ってみようかな。
本気じゃない。
ただ、
少し冷静になりたかっただけ。
なのに。
「へぇ」
低い声が落ちてきて、
奏はぎくりと顔を上げた。
「……玲さん」
店のカウンター。
会計待ちの間に開いていたスマホ画面を、
玲に見られていた。
そこには、
別の美容院の予約ページ。
「浮気じゃん」
笑っている。
でも、
目が笑ってなかった。
「いや、別に……」
「行くの?」
玲が近づく。
カウンター越しだった距離が、
一歩で縮まる。
「……まだ決めてないです」
「ふーん」
玲はスマホを覗き込んだまま、
静かに言った。
「なんで?」
「え?」
「なんで他行こうとしてんの」
いつもの軽い調子じゃない。
奏は少し戸惑う。
「別に……たまには違うところも」
「俺じゃ飽きた?」
冗談っぽい声。
でも、
その奥に何か混ざっている。
「そういうわけじゃ」
「じゃあ何」
玲が近い。
静かな店内。
閉店後。
二人きり。
逃げ場がない。
奏は視線を逸らした。
「……玲さんって、誰にでもああだから」
「は?」
「別に俺じゃなくてもいいんだろうなって」
言った瞬間、
しまったと思った。
玲が黙る。
数秒、
重たい沈黙。
それから。
「……何それ」
玲は小さく笑った。
でもその顔は、
全然笑っていない。
「水瀬くんさ」
低い声。
「俺がお前にどれだけ時間かけてきたと思ってんの」
奏の呼吸が止まる。
玲はゆっくり近づいて、
自然な動作で奏の髪に触れた。
いつもの癖みたいに。
でも今日は、
指先の熱がやけに近い。
「お前の髪質も」
「セットの仕方も」
「疲れてる時の顔も」
「全部わかるの俺なのに」
心臓がうるさい。
玲は鏡越しじゃなく、
真っ直ぐ奏を見ていた。
「……俺じゃダメ?」
その言葉は、
思ったよりずっと静かだった。
怒ってるわけでも、
笑ってるわけでもない。
ただ、
本気みたいな声。
奏は何も言えなかった。
だってそんな顔、
初めて見る。
いつも余裕そうで、
軽くて、
人を翻弄する玲が。
今だけ、
少し不安そうに見えたから。
「……ずるいです」
やっと絞り出した声は、
自分でも驚くほど弱かった。
玲が少し目を細める。
「何が」
「そういうこと言うの」
玲はしばらく奏を見つめて、
それからふっと笑った。
「じゃあ他行かないで」
子どもみたいな言い方。
でも。
その独占欲が、
どうしようもなく嬉しかった。
読んでいただきありがとうございます!
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ストレートな独占発言…!!!
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