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第14話:「名前も知らない女」



 その女性は、

 店に入ってきた瞬間から玲と距離が近かった。


「玲〜、久しぶり!」


「うわ、ほんとだ」

「髪やばくない?」


「誰のせいよ〜」


 楽しそうな笑い声。


 奏は待合スペースのソファで、

 無意識に視線を落とした。


 今日は予約時間より少し早く着いてしまった。


 けれど玲はまだ施術中で、

 奏はその様子をぼんやり眺めるしかない。


 女性は綺麗な人だった。


 年齢は玲と同じくらいだろうか。


 明るい茶髪。

 洗練された服装。

 玲に遠慮なく触れられる距離感。


「もう独立してから予約取れなさすぎなんだけど」


「えー、ちゃんと来てくれてるじゃん」


「玲の客みんなついてきたでしょ絶対」


「あはは、どうだろ」


 会話のテンポが自然すぎる。


 長い付き合いなのがわかる。


 奏は胸の奥が妙にざわつくのを感じた。


 玲は誰にでも優しい。


 距離も近い。


 そんなの知っている。


 でも。


 ああやって自分の知らない時間を共有している相手を見ると、

 どうしようもなく落ち着かなかった。


「ね、玲」

「今度ご飯行こうよ」


 その言葉に、

 奏の指先がぴくりと動く。


 玲は笑いながら女性の髪を整えた。


「はいはい、タイミング合えばね」


「絶対だよ?」


「考えとく」


 軽い返事。


 でも断ってもいない。


 奏は視線を逸らした。


 別に、

 玲が誰とご飯へ行こうと関係ない。


 客だ。


 長い常連なのかもしれない。


 それだけ。


 なのに。


 胸の奥が少し痛かった。


「お待たせ」


 女性客を見送ったあと、

 玲がいつもの調子で近づいてくる。


「早かったね」


「……はい」


 玲は奏の顔を見るなり、

 少し眉を上げた。


「何その顔」


「別に」


「絶対別にじゃない」


 笑いながら、

 玲は奏の前髪を軽く触る。


「また機嫌悪い?」


「悪くないです」


「嘘つけ」


 楽しそうに言う玲に、

 奏は余計に言葉が詰まる。


 なんなんだろう。


 この感情。


 嫉妬みたいで、

 でもそんな資格ない。


 恋人でもない。

 特別な存在でもない。


 自分はただの客だ。


「さっきの人」


 気づけば口が動いていた。


「ん?」


「長いんですか」


 玲は一瞬だけ目を丸くする。


「え、誰」

「ああ、さっきの?」


「……はい」


「かなり長いよ」

「前の店の頃から」


 さらっと返される。


 その言葉に、

 胸が少し沈んだ。


 自分だけじゃない。


 五年なんて、

 別に特別じゃないのかもしれない。


「ふーん」


「何その反応」


「別に」


 玲は少し笑って、

 奏の髪をかき上げる。


「……もしかして妬いてる?」


 奏の心臓が止まりそうになる。


「は!?」


「違う?」


「違います!」


 即答だった。


 でも声が少し裏返った。


 玲は吹き出す。


「わかりやす」


「からかわないでください」


「だってかわいい反応するし」


 またそうやって、

 距離を詰めてくる。


 奏は鏡越しに玲を見ながら、

 ぐっと唇を噛んだ。


 この人はずるい。


 誰にでも優しくて、

 誰にでもこうやって笑う。


 なのに時々、

 自分だけ特別みたいな顔をするから。


 期待してしまう。

読んでいただきありがとうございます!

こういう距離近い女いそう…(笑)

毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

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