第13話:「近すぎる」
「今日遅かったね」
閉店一時間前。
店に入ってきた奏を見て、
玲が笑った。
「仕事長引いて……」
「顔疲れてる」
「……そんなわかります?」
「わかる」
即答だった。
玲は受付カウンターから出てくると、
自然な動作で奏の肩を軽く押す。
「はい、お疲れ社会人」
「座って」
その距離感に、
奏は未だに慣れない。
でも最近は、
“慣れない”だけじゃ済まなくなってきていた。
玲の言葉ひとつ、
触れる指先ひとつで、
心臓が変に反応する。
特にこの店はまずい。
一対一。
静か。
距離が近い。
逃げ場がない。
「今日どうする?」
「いつも通りで……」
「了解」
玲は笑いながら、
奏の前髪をかき上げる。
「最近ちゃんと寝れてる?」
「まあ……普通に」
「嘘」
「目がしんでる」
鏡越しに笑われる。
悔しいくらい、
玲は奏の変化に気づく。
「後輩ちゃんとはどうなの」
「まだ言うんですか」
「あはは、嫌そう」
「からかわないでください」
「別にからかってないけど」
玲は楽しそうだ。
でも、
あの日以来、
奏は妙に玲を意識してしまっていた。
“その子、お前のこと好きじゃない?”
あの言い方。
少し不機嫌そうだった声。
あれを思い出すたび、
胸が落ち着かなくなる。
カットが終わり、
シャンプーを終え、
最後のセットに入る。
ドライヤーの温風が耳元を掠める。
「下向いて」
低い声。
玲の指が、
髪をかき上げながら首筋に触れた。
近い。
近すぎる。
ドライヤーの音のせいで、
余計に玲の声が耳元に落ちてくる。
「最近さ」
「……はい」
「ちょっと色気出てきたよね」
奏は危うくむせそうになった。
「な、何言って……」
「いやマジで」
玲は笑いながら、
髪を乾かす。
「スーツ慣れたからかな」
「前より大人っぽい」
その言い方が、
妙に甘い。
奏は鏡を見られなかった。
耳が熱い。
絶対赤い。
「……玲さんって」
「ん?」
「そういうこと、ほんと自然に言いますよね」
「何、褒められるの嫌?」
「嫌じゃないですけど……」
「けど?」
玲が少し屈む。
耳元に近づく気配。
「……勘違いしそう」
言った瞬間、
しまったと思った。
でも玲は、
一瞬黙ったあと小さく笑った。
「何を?」
低い声。
近い。
奏は息を飲む。
鏡越し、
玲と目が合う。
ドライヤーが止まる。
急に静かになった店内で、
心臓の音だけがやけにうるさかった。
「……なんでもないです」
逃げるように視線を逸らす。
玲は少しだけ奏を見つめて、
それからふっと笑った。
「水瀬くんさ」
「はい」
「ほんとわかりやすい」
そう言いながら、
玲は最後に前髪を整える。
その指先が優しすぎて、
奏はもう、
“ただの美容師”だと思えなくなっていた。
読んでいただきありがとうございます!
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玲はめっちゃ距離近いです(笑)
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