第11話:「特別じゃない」
「玲さ〜ん、今回も最高です!」
「ほんと?」
「じゃあ次もっとかわいくする」
明るい笑い声が店内に響く。
奏は待合スペースのソファに座ったまま、
なんとなく視線を逸らした。
今日は仕事が早く終わったので、
少し早めに店へ来た。
すると、
まだ前の客の施術中だった。
玲は鏡越しに女性客と楽しそうに話している。
「その色めっちゃ似合う」
「絶対彼氏びっくりするって」
「え〜玲さんほんと褒め上手!」
「あはは、事実だからね」
軽い。
距離が近い。
笑顔も柔らかい。
……いつもの玲だった。
わかっている。
美容師なんだから当然だ。
客を気分よくさせるのも仕事。
それなのに。
胸の奥が、
少しだけ重かった。
「ごめん、待たせた?」
女性客を見送ったあと、
玲が奏の前にしゃがみ込む。
近い。
「いや……全然」
「今日早かったね」
「たまたまです」
玲は奏の顔を覗き込み、
少し眉を寄せた。
「なに、機嫌悪い?」
「悪くないです」
「嘘だ」
笑いながら、
玲が奏の前髪を軽く触る。
「髪伸びたな」
その自然な距離感に、
また胸がざわつく。
でもきっと。
さっきの客にも、
同じように笑って、
同じように触れていた。
「座って」
促されるまま椅子に腰掛ける。
鏡越しに玲と目が合う。
「今日どうする?」
「……いつも通りで」
「了解」
玲は軽く笑いながら、
奏の髪を梳き始める。
「最近仕事どう?」
「普通です」
「またその返事」
「絶対忙しいじゃん」
玲は昔からこうだ。
すぐ見抜く。
すぐ気づく。
だから勘違いしそうになる。
自分だけ特別なんじゃないかって。
でも違う。
さっきだって、
他の客に優しく笑っていた。
褒めて、
距離を縮めて、
楽しそうに話していた。
あれが玲の普通。
「……玲さんって」
「ん?」
「誰にでもそうですよね」
ハサミの音が一瞬止まる。
「何が?」
「距離近いし」
「褒めるし」
言ったあとで、
少し後悔した。
何を確認したいんだろう。
玲は鏡越しに奏を見て、
それから小さく笑った。
「まあ接客業なんで?」
軽い口調。
いつも通り。
なのにその言葉が、
妙に胸に刺さった。
「……ですよね」
「何その反応」
「別に」
奏は視線を逸らす。
わかっていたはずなのに。
玲は人気美容師だ。
誰にでも優しい。
距離も近い。
自分だけじゃない。
そんなの最初からわかっていた。
それなのに、
最近の自分は少しおかしい。
閉店後にご飯へ行ったことも、
名前を呼ばれることも、
「待ってる」と言われることも。
全部、
特別みたいに感じてしまっていた。
馬鹿みたいだ。
「水瀬くん」
低い声が落ちる。
顔を上げると、
玲が少し困ったみたいに笑っていた。
「今日ほんと変」
「……すみません」
「怒ってるわけじゃないんだ?」
「違います」
「じゃあ何」
玲はそう言いながら、
奏の髪を優しく耳にかける。
その指先に、
また心臓が跳ねる。
こんなの、
自分だけじゃない。
そう思うほど、
苦しくなった。
「……なんでもないです」
結局、
そう誤魔化すしかできなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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奏もやもや回
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