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恐らく奇妙な物語 短編集  作者: 理寿人


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幽霊なんて、いるわけがない。

幽霊なんて、いるわけがない。


これは感想じゃない。

知識の積み上げの結果だ。


人間の脳は、現実を見ているわけじゃない。

外界から来た信号を、都合よく“解釈”しているだけだ。


視覚は特にひどい。


網膜に映るのはただの光の強弱だ。

色も、形も、距離も、本当は存在しない。脳が後から「それっぽく」組み立てているだけだ。


だから起きる。


見えないものが見える。


これは異常じゃない。

むしろ、正常な処理の延長だ。


例えば「パレイドリア現象」。

雲が顔に見えたり、壁のシミが人影に見えたりするやつだ。


あれは脳が「人の顔」を優先的に検出する設計だからだ。

進化的に、見逃すより見間違えた方が生存率が高かった。


つまり——誤認は“仕様”だ。


さらに言えば、脳は「予測してから見る」。


外からの情報をそのまま受け取るんじゃない。

まず「こうであるはずだ」という予測を立てて、それに合わせて情報を補完する。


だから情報が足りないときほど、勝手に“埋める”。


暗闇。静寂。孤独。


この三つが揃うと、脳は勝手に“誰か”を作る。


音も同じだ。


人間はランダムなノイズの中から、意味のあるパターンを拾おうとする。

風の音が声に聞こえるのは、そのせいだ。


ここまでは全員に起きる。


で、ここからが差だ。


この“補完の強さ”には個人差がある。


統合失調症。

あるいは、その手前のグラデーションにある統合失調型パーソナリティ。


このタイプは、「予測」が強すぎる。

現実の入力よりも、脳内の仮説が優先される。


結果、どうなるか。


存在しないものが“見える”。

存在しない声が“聞こえる”。


しかも本人にとっては、現実と区別がつかない。


これは病気や気質だけの話じゃない。


睡眠不足。

ストレス。

孤立。


このあたりでも普通に起きる。

雪山の遭難しかけた極限状態で幻覚や幻聴をみるのはよくあることだ。


実験もある。


被験者を静かな部屋に長時間置く。

単調な刺激だけを与える。


それだけで、人は簡単に「誰かがいる」と感じる。


触られてもいないのに、触られた気がする。

何もいないのに、後ろに気配を感じる。


脳が“作る”からだ。


さらに言う。


「霊が見える家系」なんて話もある。


あれも説明がつく。


遺伝だ。


脳の情報処理のクセは、ある程度遺伝する。

“補完しやすい脳”も、普通に引き継がれる。


親が見える。

子も見える。


当然だ。


同じタイプの脳なんだから。


それに加えて、学習が乗る。


「これは霊だ」と教えられる。

そう認識するようになる。


結果、どうなるか。


同じ現象を、同じ意味で解釈するようになる。


家系の完成だ。


「見える血筋」なんて、ただの認知の連鎖だ。


——で。


ここまで来ても、まだ幽霊を信じる理由はあるか?


死んだ人間の数を考えろ。


もし幽霊が存在するなら、地球はとっくに満員だ。

歩く場所もない。


地球全体が氷に閉ざされたスノーボールアースの時代はどうだ?

あのとき死んだ生物の“魂”はどこに行った?


地球の歴史上5回あったとされる大量絶滅、そのたびに幽霊はリセットでもされるのか?


都合が良すぎるだろ。


つまり結論は一つだ。


幽霊はいない。


いるように“見える”だけだ。



「なあ、そうだろ?」



俺は目の前の女に言った。


長い髪で顔を隠している。

濡れているのか、重そうに垂れていた。


その隣には、鎧を着た男がいる。

頭に、弓矢が刺さっている。


もちろん、これは独り言だ。


「リアルすぎるだろ……」


思わずつぶやく。

息がかかりそうな距離だ。匂いすらある気がする。


でも違う。

全部、脳の誤作動だ。


「おい。幻覚のくせに、そんなに近づくなよ」


女は動かない。

ただ、ゆっくりと顔を上げ始める。


やめろ。


「いやいやいや、待て待て待て」


やめろって。


「おい、演出いらないから!」


顔が見えかける。

目が——


「うわああああああああああ!!」


俺はそこで気を失った。


———


目を開けると、天井だった。


見慣れたシミ。

右上のひび割れ。

間違いなく、俺の部屋だ。


「……ほらな」


つぶやく。

身体はまだ重いが、現実感は戻ってきている。


夢だ。

いや、夢というより、強めの幻覚か。


「だから言っただろ……幽霊なんて——」


「あんた、朝食できたよ!いつまで寝てるの!」


母親の声が飛んできた。


現実だ。

いつもの朝だ。


少し安心して、俺はベッドから起き上がった。


———


リビングに入ると、焼き魚の匂いがした。


いつもの光景。

テレビは朝のニュース。

母親はキッチンで味噌汁をよそっている。


普通だ。


……普通、のはずだ。


「ほら、早く座りなさい」


言われて、ダイニングテーブルを見る。


俺の席に、誰かが座っている。


鎧だ。


頭に、矢が刺さっている。


「……は?」


その後ろに、女が立っていた。

髪は相変わらず長くて、顔は半分しか見えない。


「……いやいやいや」


俺は立ち止まったまま、動けなくなる。


母親は振り返らない。

普通に味噌汁を置く。


「冷めるわよ」


「見えてないのか?」


思わず聞く。


「何が?」


「いや……あの……」


言葉を選ぶ。

どう説明すればいい?


「その……俺の席に、なんかいるんだけど」


母親はちらっとテーブルを見る。

そして、首をかしげた。


「何もいないじゃない」


だろうな。


「……だよな」


そうだ。

そうに決まってる。


これはまだ続いているだけだ。

幻覚が。


「ほら、早く座りなさいって」


「……座れねえよ!」


思わず声が大きくなる。


だって無理だろ。

落ち武者の膝の上に座る勇気は、まだ人類に備わってない。


そのとき。


ぎ、と音がした。


落ち武者が、ゆっくりとこちらを向く。


目が合う。


「……」


何も言わない。

ただ、じっと見てくる。


「……なんだよ」


声が出た自分に驚く。


女も、少しだけ首を傾ける。

まるで、様子を見ているみたいに。


観察されている。


そんな感覚が、じわっと広がる。


「……おい」


俺は一歩、近づく。


逃げない。

逃げたら負けだ。これは脳だ。俺の脳だ。


「お前ら、何なんだよ」


返事はない。


でも——


ほんのわずか、空気が変わる。


距離が、縮まる。


「……触れるのか?」


手を伸ばす。


指先が、落ち武者の肩に触れ——


触れた。


「……え?」


硬い。


布と、金属の感触。


冷たい。


「は?」


指を離す。

でも感触は消えない。


残っている。


「……なんで?」


理解が追いつかない。


幻覚に、触覚はない。

少なくとも、ここまで鮮明なものは。


「いや、でも……」


ありえる。

脳は何でも作る。


そうだ。そういうケースも、あるはずだ。


「……そうだよな」


納得しかけた、そのとき。


落ち武者が、ほんの少しだけ、頷いた。


「——は?」


今のは。


今のは——


「見えてる、よな」


声が震える。


女が、すっと顔を上げる。


目が合う。


笑っている。


「……はは」


乾いた笑いが出た。


「……幽霊が、朝飯食うなよ」


言った瞬間。


母親が振り返る。


「誰に言ってるの?」


俺は答えられない。


落ち武者は、箸を持っていた。

焼き魚を、つまんでいる。


女は、その様子を覗き込んでいる。


二人とも、確かにそこにいる。


俺の世界に。


「……なあ」


誰にともなく、つぶやく。


「これ、どっちだ?」


俺の脳が壊れたのか。


俺以外の世界が壊れたのか。


答えは返ってこない。


ただ、落ち武者が、魚の骨を丁寧に皿の端に寄せた。


やけに、行儀がいい。


それが、妙に腹立たしかった。


———


その日から、そいつらは消えず、俺の新しい家族になった。

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