表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恐らく奇妙な物語 短編集  作者: 理寿人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/40

金のライオン、銀のライオン

五月の終わり、真昼の商店街で、立花真帆は「来月、運命の人と出会うわ」と言われた。


 半信半疑で入った小さな占いの店は、冷房が効きすぎていて、壁に貼られた星座のポスターが少しだけ剥がれていた。

 向かいに座る占い師は、真帆の手のひらを見て、うんうんと深く頷く。


「その人、何か目印がありますか?」


 真帆が聞くと、占い師は赤い爪で机を二度叩いた。


「金のライオン。それに関係のあるものを持ってる男」


「金の……ライオン?」


「アクセサリーかもしれないし、ロゴかもしれないし、もっと別のものかもしれない。とにかく、あなたは見れば少し気になるはずよ」


 少し気になる、という曖昧さがいかにも占いらしくて、真帆は苦笑した。

 でも、三月に別れた彼氏が「結婚はまだ重い」と言って逃げたあとだったので、そういう曖昧な希望でも、少しだけ胸に置いて帰りたくなった。


 同じ日の夜。

 駅の反対側の雑居ビルで、神谷蒼太もまた、別の占い師に同じようなことを言われていた。


「来月、運命の人が現れるよ」


「へえ」


 蒼太は仕事帰りの流れで、半分は酔った勢いでそこに座っていた。友人に「彼女いない歴を更新し続ける前に、運でも見てもらえ」と押し込まれたのだ。


「目印はあるんですか」


「銀のライオンだね」


「ライオン」


「その女の人が持ってる。金属っぽいものかもしれないし、絵かもしれないし、何かのマークかもしれない」


 蒼太は少し笑った。


「ずいぶんピンポイントですね」


「だから面白いんじゃない」


 占い師は真顔でそう言った。

 面白いのはあんただろ、と蒼太は思ったが、口には出さなかった。


     *


 六月に入ってから、真帆の目には、妙にライオンが増えた。


 コンビニのくじ売り場に置かれたマスコット。

 駅前の英会話教室のロゴ。

 通勤途中ですれ違う男のTシャツ。

 テレビで流れる動物園の特集。

 ライオンってこんなに身近な生き物だったっけ、と真帆は軽く腹が立った。


 ある金曜の午後、隣の席の後輩がひそひそ声で言った。


「真帆さん、営業三課の桐生さんって、めっちゃかっこよくないですか」


 顔を上げると、会議室の前に、背の高い男が立っていた。白シャツの袖をまくり、細いフレームの眼鏡をかけている。おまけに脇に抱えたノートパソコンのケースには、金色のライオンのエンブレムが光っていた。


 真帆は思わず姿勢を正した。


 きた。


 かもしれない。


 その日の夕方、資料を届けるふりをして三課に行き、二分で後悔した。


「え、これ、表のフォントずれてるのわかります?」


 桐生はケースのライオンと同じくらい堂々と嫌な男だった。

「こういうのってセンスですよね。立花さん、たぶん感覚でやっちゃうタイプでしょ」


 真帆は微笑んだまま、脳内で三回殴った。


 帰り道、蒼太にメッセージを送る。


『今日、運命の人候補が死んだ』


 五分後、返事が来た。


『成仏早いな』


『性格が終わってた』


『じゃあ運命じゃなくて災難の人だな』


 真帆は駅のホームで吹き出した。


     *


 一方、蒼太もまた六月に入ってから、街じゅうのライオンに追われていた。


 バーの看板。

 ジムのマーク。

 マッチングアプリで見かけた「しし座です」の一文。

 あまりに多くて、途中から「銀のライオン」が何を指すのか、むしろわからなくなってくる。


 そんなある土曜、友人に連れられて行ったカフェで、蒼太は見つけた。


 窓際の席で笑っている女の髪は、ふわふわと大きく広がっていて、どことなくライオンみたいだった。しかもバッグには銀色の金具が揺れている。


 蒼太は珍しく、自分から話しかけた。


「あの、すみません。隣、空いてます?」


 女は嬉しそうに目を細めた。


「もちろんです。人とのご縁って、引き寄せですから」


 その時点で少し怪しかったが、蒼太はまだ頑張った。

 十分後には、水素水と海外サプリと自由な生き方について説明を受けていた。


「蒼太さんって、選ばれた側の顔してます」


「どういう顔ですか」


「今の会社、やめたくないですか?」


 帰宅後、蒼太は真帆に電話した。


「俺の運命の人、在庫抱えてた」


『は?』


「シャンプーとか」


 電話の向こうで、真帆がげらげら笑う。

 蒼太はその笑い声を聞きながら、ちょっと疲れが抜けるのを感じた。


『で、買ったの?』


「買うか」


『惜しいなあ。運命のまとめ買いだったかもしれないのに』


「そんな運命いらん」


 真帆の笑い声が、さらに大きくなった。


     *


 六月は、二人にだけ妙に長かった。


 真帆は街でライオン柄のネクタイを見るたびに少し身構え、蒼太は銀色のチャームをつけた女を見るたびに一瞬だけ目で追った。

 何人かと食事もした。

 紹介も受けた。

 アプリも開いた。

 でも、どれも違った。


 違う、という確信だけは、なぜかはっきりしていた。


 月末の金曜、真帆は仕事帰りに蒼太を呼び出した。

 待ち合わせは、昔から変わらない駅前の居酒屋。暖簾は少しくたびれていて、店員はいつも忙しそうで、枝豆が妙にうまい。


「お疲れ」


「お疲れ」


 二人は自然に向かい合って座った。乾杯のグラスが軽く鳴る。


「で?」


 蒼太が聞く。


「いない」


 真帆は即答した。


「そっちは?」


「いない」


「だよねえ」


 焼き鳥が来る。

 だし巻き卵が来る。

 仕事の愚痴が少し出る。

 上司の悪口が一通り済む。

 途中で二人とも、占いのことを思い出したように同時にため息をついた。


「結局さ」


 真帆がレモンサワーの氷を揺らしながら言う。


「占いなんて、当たんないよね」


「だな」


 蒼太は笑った。


「来月もたぶん、こうして“いい人いねえな”って言ってる」


「最悪」


「でもまあ」


 蒼太は串から外したねぎまを皿に置いた。


「変なのに当たるよりは、お前と飲んでるほうがずっとマシ」


「なにそれ。告白みたいに聞こえるからやめて」


「言ってないだろ」


「言ってなくても、言い方ってあるじゃん」


「面倒くせえな」


「そっちがね」


 そう言いながら、真帆は笑っていた。

 蒼太も笑った。


 この感じを、二人はあまりにも長く知っていた。

 小学生の時、夏祭りで金魚をすくって真帆が泣いた時も。

 中学で蒼太が振られて、コンビニの前でアイスを奢らされた時も。

 大学で住む町が離れても、誰かと付き合っても別れても、結局こうして戻ってきた。


 店員が空いた皿を下げる時、真帆のバッグが椅子の背で揺れた。

 それにつられて、蒼太の鍵も、テーブルの端でかすかに動いた。


 カチ、と小さな音がする。


 真帆は気づかない。

 蒼太も気づかない。


 すっかり塗装の剥げた、金色のライオン。

 同じく古びた、銀色のライオン。


 子どもの頃、遊園地の土産屋で「どっちが強そうか」で喧嘩して、最後にはひとつずつ分けた安っぽいキーホルダーだった。


 もう何年も、二人はそれを持っていた。

 鍵につけたまま。

 バッグにつけたまま。

 見慣れすぎて、風景の一部みたいに。


「はあー……」


 真帆が背もたれに寄りかかる。


「私の運命の人、どこにいるんだろ」


「俺の運命の人も、いつ現れるんだよ」


 二人の声は、少しだけ重なった。


 店の外では、六月の終わりの夜風が、暖簾をゆっくり揺らしている。

 テーブルの端で、金と銀のライオンが、もう一度だけ、かすかに触れ合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ