1-05.前世の飛鳥
「いくらうちが前世でみんなの前で死んだとしても、こう次々とあんな言い方されて目ぇ見開かれたら、自分が幽霊になったような気がしてしゃーないわ」
転生は受け入れている。だが、その転生した人間が現れたら、誰もが驚きを隠せないのだ。
「それは、俺のせいじゃない」
確かにそうだ。でも、原因は少なからずサンジュリアンにもある。
「うちの記憶有る無しに関わらず、あんたはこうなるってわかってたんやないの」
飛鳥は恨めしげな目で、サンジュリアンを見る。
「そりゃ、こっちへ来ればそうなるだろうとは思ってたさ。でも、どうしようもないだろ。それに、お前は顔が広かったから、あとどれくらいの人間が同じことを言うかなんて、俺には想像もつかない」
「えらい気楽に答えてくれるやんか」
街の中では人の姿をあまり見掛けなかったが、飛鳥にとってはむしろ幸いだったのかも知れない。
街の人達と顔なじみなら、城へ来るまでにあちこちで同じ光景が繰り返されていただろうから。
思い返せば、城で働いている人達が飛鳥を見てひそひそ話していた。あれは、知人と言えるくらいの仲ではなかったが、顔は知っている、という人達だろう。
きっと「あれって、もしかして」という会話がなされていたに違いない。
「再会の挨拶代わりだと思ってろ」
「ちょっと。そうゆう言い方ないやろ。言われる者の身にもなってみ」
サンジュリアンとそんな内輪もめをしていると、また新しい声が飛んできた。
「トゥレーヌ? あなた、トゥレーヌじゃないの?」
その名前からして、呼ばれているのは飛鳥だ。
飛鳥がその声の方を向くと、黒髪を三つ編みにしたきゃしゃな少女がこちらへ駆け寄って来るところだった。
え? と思う前に、少女は飛鳥に飛び付く。ユニ・ブランの時と同じだ。
(この人……えーと、ナーチェ?)
また言葉が浮かぶ。
「もう、あたしったら。何をバカなことを言ってるのかしら。トゥレーヌのはず、ないわよね。ああ、でもそっくりだわ。もっとよく顔を見せて」
半ば強引に、彼女の方に顔を向けさせられた。
こんなことがいつまで続くんやろ……。
まだ何もしていないのに、飛鳥は気持ちがすっかり疲れてしまった。
☆☆☆
慌ただしく、前世の友人らしい人達と再会した。
続けざまだったので、いつもであれば頭の中がこんがらがってしまいそうだ。普段の飛鳥は、人の顔と名前を覚えるのは人並みか、少し下。
しかし、会った覚えのない彼らの名前が、自然に頭の中に浮かぶ。間違える気がしない。みんなが異口同音に言う「トゥレーヌ」は、確かに飛鳥なのだろう。
不思議な気分ではあったが、やはり飛鳥はそのことに違和感がない。
初めてサンジュリアンに会った時、名前は浮かんだが実感がわかなかった。
それが今では、記憶がなくても「自分は昔、この世界で生きていたのだ」と思える。なぜか、そのことを疑う気持ちが全くない。
ついさっきまで、それもほんの一時間か二時間前まで、ごく普通の女子高生だったのに。
魔法なんてものは現実になく、テレビか本くらいでしか見ることのない世界にいたのに。
昔の自分はここに住んでいて、魔法使いでトゥレーヌという名前だった、ということを、今ではすっかり受け入れてる。
この世界の人達が、生まれ変わりを当たり前のように受け入れているのと同じように。
自分が魔法使いだったということより、そちらの方に驚いている飛鳥だった。
ただし、生まれ変わりを実感していると言っても、あくまでも感覚だけ。覚えているのは、と言うより、頭に浮かぶのは彼らの名前のみだ。
他には何もわからないし、浮かんで来ない。
記憶力が悪いのか、これだけでもわかれば大したものなのかは定かでないが、とりあえずこれが現実。
何かきっかけがあればすぐに思い出すかも知れないが、今はちゃんとわかるように話してもらわなければさっぱりなのだ。
場所は、広間から会議室に移された。
「ちゃんと説明してくれるんやろ。サンジュリアン、わかるように話して」
「今はリラックの話の方が先だ。後で説明する」
隣に座るサンジュリアンに要求するが、あっさりと却下されてしまった。だが、それで引き下がる程、飛鳥は遠慮がちな性格ではない。
「リラックの話を先にされたかて、自分のこともわからんままに聞いてて理解できるはずないやんか。自慢やないけど、一つ抜かされて次の話がちゃんとわかる程、うちは賢やないんや」
「……それ、賢くないって意味か? 本当に自慢にならねぇな」
飛鳥がサンジュリアンの足を踏んだ。
「ってぇな。何すんだよっ」
「今のは、ちょっと謙遜して言うたんや。そこで同調せんといて」
「事実なら、反論しようもないだろ」
会議が始まる前に口ゲンカが始まりそうになり、リラックが咳払いをして中断させる。
「サンジュリアン、彼女に記憶がないのなら、話を聞きたいと思うのはもっともだ。アロース・コルトン、先にあれを配って来てくれないか」
「わかった」
銀色の髪の少年がリラックに言われ、部屋を出て行った。
リラックの口調は、どこかリーダー的なものを感じる。飛鳥の記憶はそこまで具体的に現れてくれないので断定はできないが、ここにいる魔法使い達の中では、そういう存在なのだろう。
部屋を見渡した限り、彼がこの中では一番年長者に見える。三十手前、といったところか。
彼の赤毛のせいだろうか、リラックは火をまとっているように見える。でもそれは、何もかも焼き尽くすような恐ろしい火ではなく、暖かさを与えるもの。
火は情熱などを象徴したりするが、彼の穏やかな表情を見ているとそういう言葉は似合わず、寒さから守ってくれる火を連想する。
「トゥレーヌ……いや、今は飛鳥か。きみがどこまで覚えているのか、あるいは思い出したのかは知らない。だから、今はとりあえず大まかな部分だけを話す。知りたいことがあれば、後でサンジュリアン達やさっき会ったナーチェに聞くといい」
「わかった」
リラックの話し方を聞いていると、何だか授業を受けているような気分になったりもするのだが、彼の声が耳に心地いいのでいやな気はしない。
それに、これから話されることは、前世とは言え、自分のことだ。自然に集中してしまう。
「きみの名は、トゥレーヌ。風魔法を得意とする魔法使いだった。十六の若さで素晴らしい腕を持っていたが、病に冒されていた。それについては、医者のコーリンだけしか知らなかった。しかし、病死する前に、魔物に傷を負わされて亡くなった。それが、二年前の話だ」
リラックの話は本当に大まかなものだったが、飛鳥にとっては基本中の基本となるものだ。
この世界でトゥレーヌが亡くなって、まだ二年しか経っていない。それなのに、生まれ変わりであるはずの飛鳥がもう十六歳。
これは、お互いの世界での時間の流れ方や、サンジュリアンが魔法で生み出した道が何らかの作用をきたしているのだろうと思われる。
「えらい壮絶な人生やな。病気してる上に、殉職か?」
「殉職……というのは、微妙なところだな。トゥレーヌは亡くなる前、別世界で転生する、とサンジュリアンに告げたらしい。自分の命が長くない、ということがわかって、禁止されている魔法を行って知ったようだ。そうしてまで彼に告げたのは、死によって自分がこの世界から断ち切られたくなかったんだろう」
「それは……わかる気がする。その時のトゥレーヌって、今のうちと同じ年齢やん。全てはこれからって時期やもんな。転生するって言うたんは、夢ででも会いたいってな感じやったんかな。ひょっとして、来いとか言うてても実は来てほしいって、サンジュリアンに言うてたんかも知れへん。うちって、かわいい性格してたんやな」
当時の自分には「死んでも会いたい」と思う人が、ここにいたのだろう。
「そういうこと、自分で言うかよ。今は前にもまして、図太くなった」
横でぼそりとつぶやくサンジュリアンの足を、飛鳥は知らん顔でまた踏む。グルナッシュやユニ・ブランが、声を殺して笑っていた。





