1-04.城へ向かえば
歩いて行くうちに、飛鳥達は街の中央へと入った。
日本や世界の主要都市のようにビルが建ち並んだり、派手なネオンなどはない。なので、街と聞いてものどかに感じる。
突き出た布の屋根があるのは、その下に商品を出すような店だろう。そういう屋根がある家には、素朴な看板が扉の横に掲げられている。
文字は読めないが、絵が一緒に描かれているので、その店が何屋なのかがおおよそわかる。
全体的に二階建ての低い建物ばかりで、宿屋らしき建物が少し高い程度だ。
その中で、突出しているのは城。外壁は白く、屋根部分が水色のきれいな城が、進行方向にあった。
「これがクレーレットって城か。ノイシュバンシュタイン城みたいやな」
「飛鳥の世界にも、こんな城があるのか?」
別世界のことなので、当然サンジュリアンは知らない。
「うん。うちは日本て国に住んでて、そこのお城はこんなんではないねんけど。他の国には、こんなタイプのお城はよーけあるで」
「よーけ?」
飛鳥の言葉に、グルナッシュが不思議そうに聞き返す。
「たくさんって意味。他に『ぎょーさん』って言い方もあるで」
「さっきから思っていたけれど、飛鳥の言葉遣いって変わってるわね」
「そうか? 普通の関西弁やで。うちら、みんなこういうしゃべり方やもん。けど……まぁ、方言やしな。特殊な話し方ってことにはなるんかも」
そんな会話をしているうちに、飛鳥達は城の中へと入る。
「今の街の中、何や人が少なかったなぁ」
静かな街だな、と思った。でも、街の中にしては、静かすぎるような気がした。ここが城下町なら、もっと賑わっていそうなものなのに。
少し考えてから、わかった。人が少なかったのだ。
街へ来るまでも、街の中にも、人の姿があまりなかった。店らしき建物の扉も、ほとんど閉められて。
「そりゃ、魔物が現れるとわかれば、な。今は不要不急の外出はしないようにって、城からの使いが触れ回ってる。そうでなくても、子どもばかりが狙われるとわかれば、子どもを持つ親達は我が子を隠そうとするさ」
サンジュリアンの言葉に、飛鳥も納得した。
ユニ・ブランは「まだわからない」などと話していたが、子どもが倒れる原因がわからないなら、なおさら親は家の中にこもろうとする。
「けど、相手は魔物やろ。隠しても、気配や匂いで見付けられるんとちゃうの?」
「ありえるよ。でも、外で遊ばせる気にはなれないだろ」
「ああ、確かに、そうやな」
城の中のきれいな壁や天井、廊下にある高そうな置物など、お上りさんのように見ていた飛鳥は、とある扉の前へ連れて行かれた。
立派な扉が開けられ、何が待っているのかちょっと楽しみにしていたが、そこの光景を見て飛鳥は言葉を詰まらせた。
広い床には多くの子ども達が横たわり、その横でその子の親らしい大人が泣いたり、心配そうな表情で子どもの手を握っている。
きらびやかな壁の模様、天井から吊られたシャンデリア。美しい調度品。きっと舞踏会などあったりすれば、ここが会場になるのであろう、大広間。
テラスへつながる大きなガラス扉からは、暖かい太陽の光がそそぎ込んでいるのに。
この暗く、重々しい空気は何だろう。暖かいのに、背中が寒くなった。
「なんか……戦地の病院みたいやな」
飛鳥は、思わずそうつぶやいていた。
ここに、血の臭いはしない。ケガをしている人は、一人もいない。
でも、この状況はテレビでしか観たことのない、戦場の一角に設けられた病院施設のように思えた。
「この子らが、魂を抜かれた子?」
「ああ。なぜこうなったか原因不明の、な」
サンジュリアンが、悔しそうにくちびるをかむ。
新しい情報が入っていないかを確かめに来た、と思っていたが、こんな状況を見せられるなんて想像もしなかった。
「グルナッシュ、ユニ・ブラン、サンジュリアン」
誰かが、三人の魔法使いの名を呼んだ。
そちらを見ると、りりしい、という単語が似合いそうな若い女性が立っている。ユニ・ブランより少し上、だろうか。
皮の防具を身に着け、まるで戦士のような格好。長い金色の髪を高く結い、腰には細い剣。胸の膨らみがなければ、男にも見える中性的な顔立ちをしている。
でも、とてもきれいな人だ。
あの人は確か……。
「ジュリエンナ姫」
飛鳥の頭の中に言葉が浮かぶより先に、グルナッシュが自分達の名を口にした女性をそう呼んだ。
「あれから、また増えたわ。どう? 手掛かりになるようなものは、何か見付かって?」
「いえ、何も」
ジュリエンナ姫と呼ばれた女性の言葉に、グルナッシュは静かに首を横に振る。
「そう。困ったわね。せめて相手がどういった魔物かわかれば、防ぐ方法も考えられるんだけれど。家の中に隠れてなさい、としか今は言い様がないわね」
魔法使いのよくない返事に、ジュリエンナ姫はため息をついた。魔物の仕業、というのがほぼ確定しているようだ。
それからふと、ジュリエンナ姫は飛鳥の方に視線を移す。
途端に、初めて飛鳥を見たグルナッシュと同じ表情になった。大きな青の瞳が、さらに大きくなる。
「え……トゥレーヌ? いえ、そんなはずはないわね。彼女は二年前に亡くなったはずだし」
前世の話とは言え、死んだと何度も聞かされるのは、正直言ってあまり気分のいいものではない。
「風見飛鳥言います」
とりあえず、自己紹介しておいた。
「初めまして……でいいのよね? どこの人なの?」
ジュリエンナ姫は、魔法使い達の方を見やる。
「俺が別世界に通じる魔法を使って……。もしかしたら、助けになるかも知れないと」
「ああ、そういう魔法を試しているらしい、という話は小耳に挟んだけれど。それじゃ、彼女はトゥレーヌの生まれ変わりなの?」
やはりジュリエンナ姫も、転生をあっさりと受け入れている。
「まず間違いなく」
さっきは拗ねていたサンジュリアンだが、その点については自信があるようだ。
「そう。とにかく今は、一人でも魔法使いが多い方が心強いわ」
飛鳥は「自分は魔法使いだ」という意識はない。あくまでも、普通の高校生。
だが、知らないはずの魔法使い達の名前を当てたりもしたし、ここにいたら思いがけないことが起きる可能性もあると考え、ジュリエンナ姫の言葉をあえて否定しないでおく。
扉を開く音がした。振り向くと、肩まで真っ直ぐに伸びた赤毛の男性が立っている。その後ろには、胸まである青みがかった銀色の髪の少年。
(リラックにアロース・コルトン)
また飛鳥の頭の中を、聞いた覚えのない言葉が浮かんだ。これでもう三回目になるので、きっと彼らの名前だろう、とすぐに悟る。
紹介してもらわんでも名前がわかるのは楽、と思うことにしとこ。
さっきから何度もしている不思議体験に、飛鳥は自分にそう言い聞かせた。
「姫、これは……」
広間をざっと見渡し、二人は魔法使い達のいる所へ足早に歩み寄る。
「子ども達の魂が抜き取られたの。原因は不明。恐らく魔物の仕業だと思うのだけれど、まだはっきりしていないわ」
「リラック、やっぱり奴はシェルヴァンナへ来たんだ」
銀髪の少年が、赤毛の青年にささやいた。
「奴? アロース・コルトン、どういうことだ。事情を知っているのか」
グルナッシュが少年に尋ね、それから、リラックの方を向く。
「エルファンジュで、いやな話を聞いた。風がこちらへ流れていないことを願っていたのだが……」
言い掛け、それからリラックの視線が飛鳥へ向けられ、言葉が途切れる。
「ええっ、トゥレーヌ? う、嘘だぁ。あんた、確かに……」
同じようにこちらを見た少年はもろにのけぞり、素直すぎる程に驚いているがその先は言えない。その様子はさしずめ、酸素不足の魚状態。
「まさか……」
リラックは言葉が少ないが、表情を見れば間違いなく驚いている。
「ちょっと……」
飛鳥はサンジュリアンの腕を取り、少し離れた所へ引っ張って行った。
「何だよ」
サンジュリアンが、怪訝そうな顔をする。
「あと何人がうちを見て、死んだはずやってなセリフを口にすんの?」
飛鳥は、だんだん機嫌が悪くなってきていた。





