1-03.あいまいな記憶
「サンジュリアン、本当にトゥレーヌを見付けて来たんだな。別世界への道を作る魔法がどうなったか、聞こうと思って来たんだが」
飛鳥がグルナッシュと呼んだ男性が、飛鳥と一緒にいる青年を「サンジュリアン」と呼びかけたので、やはり彼の名前だったのだとわかった。
迎えに来た形のサンジュリアンからしてそうだが、この世界の人間は「死んでも転生してどこかで生きている」ということを当たり前のように受け入れているようだ。
さらには、その生まれ変わった人間が自分の前に現れても、懐かしい人と再会できた、という感覚らしい。
飛鳥自身、彼らの顔を見ていると何となく懐かしい気持ちが少しずつ浮かんでくるものの、妙な気分だ。
「いや、俺は……連れて来るつもりじゃなかったんだけどさ」
それから思い出したように、サンジュリアンは飛鳥を軽くにらむ。
「おい、トゥレーヌ。お前、俺の名前は言わなかったくせに、どうしてグルナッシュやユニ・ブランは覚えてるんだよ」
「ちょうど今、言おうとしてたんや。そこにその二人が入って来はったから、言いそびれただけやん。あんたを見た時、最初に頭に浮かんだんが『サンジュリアン』って言葉やったんや。……これ、あんたの名前やったん?」
「そうだよ」
どうやら、自分は後回しになったような形なので、拗ねているようだ。飛鳥よりも年上であろうに、面倒くさいが……ちょっとかわいい。
「ええ年して、男が拗ねんとき」
「うるせ」
すましたような顔をしているが、飛鳥は何となく突っ込みを入れたくなってしまう。
飛鳥には、やはり今入って来た彼らに関する記憶はない。だが、この二人がきっと魔法使いであろうことは、身体のどこかで感じられた。
「あ、そうだ、サンジュリアン。またやられたんだ」
「また? これで三十五人目……か?」
「いや、三十六人目だ」
「早く見付けないと、国中の子ども達がやられてしまうわ」
何だか物騒な話題が出ている。
グルナッシュという男性は、サンジュリアンより背が高い。ユニ・ブランも、飛鳥よりは身長がある。飛鳥の頭の上で、穏やかならぬ会話が交わされている形だ。
「子ども、誘拐されたん?」
一人でぽつんといるのも淋しく、飛鳥が口をはさんだ。
「ここ二、三日で、子ども達の魂が次々に抜かれているんだ」
グルナッシュが答えてくれた。
彼のがっしりした身体付きを見ていると、体育会系の大学生みたいに見える。
「魂抜くて……どうやったら、そんなんできるん?」
「原因はまだわからないけれど、魔物の仕業だと考えているの。不気味な影を見たって人もいるから」
「物騒な世界やなぁ。ここ、そんなんがはびこってるんか?」
魔法が通用するなら、そういった物騒な生き物がいても不思議ではない。
「いや、それはシェルヴァンナに棲んでいた魔物じゃないだろう。それならもっと前から、兆候なんかがありそうなものだし」
「そんなん、わからへんやんか。今まではちょっとおとなしぃしてただけで、時期が来たとか何かのきっかけで、わーっと動き出したんかも知れへんで」
グルナッシュの否定を、さらに否定する飛鳥。
「おい、トゥレーヌ。思い出してきたのか?」
飛鳥が魔法使いに対して意見をするので、サンジュリアンは飛鳥が前世の記憶を蘇らせたのかと思ってそう尋ねた。
「へ? ううん、そう思ただけ」
聞かれた飛鳥は、あっさりと首を横に振る。
「けど、そういう可能性はあるやろ。どんな魔法使いかて完全無欠とちゃうねんし、これまでそういう奴がいることがわからんかっても、全然おかしないって」
「そう……ね。最近になって、どこかで生まれたってこともあるわ。シェルヴァンナの魔物じゃないなんて、まだわからない」
「変な期待したり、先入観持ってたら、見えるもんも見えへんようになるで」
「確かに……トゥレーヌの言う通りだな」
「ひょうひょうと言うところは、変わってない」
言いながら少し苦笑するサンジュリアンに、飛鳥が向き直る。
「ちょっと、サンジュリアン。あんたさっき、人手がいるとかって言うてたな。それって、これのことか?」
「……ああ」
「何だ、サンジュリアン。トゥレーヌに話していないのか?」
「話すも何も……あ、ちょっと聞いてぇな。いきなり人の部屋に現れたくせに、うちの記憶がないんやったらもういいって、説明もせんと帰ろうとしたんやで、この人。ついて来ぃひんかったら、なーんもわからんままやんか。めっちゃ気持ち悪いわ。あ、それと。うち、名前は当てたか知らんけど、まだ何もわからへんねん。ちゃんと最初から説明してくれへん?」
サンジュリアンは、出会ってからまだ何も話してくれていない。一方で、グルナッシュとユニ・ブランは「飛鳥が全てを知っているもの」と思い込んでいる。
肝心の飛鳥は何がなにやらさっぱり、という状態のままだ。
「サンジュリアン、何もわからないトゥレーヌをよくここまで連れて来たな」
本当に飛鳥が何もわかってないらしいと知り、グルナッシュがあきれた顔をサンジュリアンに向ける。
「あ、ちょっと待って。そのトゥレーヌっちゅう名前。うちの前世の名前か知らんけど、今は飛鳥ゆうのがうちの名前やねん。呼ぶんやったら、そっちで呼んで。それはあくまでも、昔の名前やろ。うちは風見飛鳥」
「アスカ、ね。きれいな名前だわ」
ユニ・ブランがほめてくれる。
「そうか? おおきに。うちも、この名前は気に入ってんねん」
ほめられれば、何でも嬉しい。
「……俺、もしかしてさらにやっかいごと、増やしたのか?」
サンジュリアンが、横を向いてぼそっとつぶやく。飛鳥はそれを聞き逃さない。
「何を今更、そんなこと言うてんねんな。乙女の部屋に、いきなりタンスから出て来といて」
「たまたま道が、あそこにつながってしまっただけだ。タンスから出ようと思ってしたことじゃない」
「たまたまであんななったら、こっちは困るわ。道の出す場所くらい、ちゃんと考えといてくれんと。おちおち着替えもできひんわ」
「悪かったな、道の出す場所も考えなくてよ」
責められたサンジュリアンは、むすっとする。
「と、とにかく」
飛鳥とサンジュリアンが口ゲンカを始めそうになったので、ユニ・ブランが仲裁するように口をはさんだ。
「クレーレットの城へ行きましょう。魂を抜かれた子ども達はみんなそこに集められているし、何か新しい情報が入っているかも知れないわ」
「ああ、そうだな。エルファンジュへ行ってるリラックも、そろそろ戻っている頃だろう」
飛鳥には何のことだかわからないが、説明してもらえるならどこでもいい。
「あ、ちょっと待って」
「まだ何かあるのか?」
サンジュリアンがやれやれ、という顔で振り返る。
「何か履くもん、ない?」
自分の部屋からサンジュリアンにくっついて来た飛鳥は、裸足のままだった。
☆☆☆
のどかな風景が広がっていた。
あちこちで畑の作物が青々と茂り、マッチ箱のようなかわいい家が点々とある。静かできれいな川が流れ、向こうにこんもりと緑の山のように見えるのは、森だろうか。その緑も、鮮やかできれいだ。
絵ハガキになりそうな風景が、あちらこちらにたくさんある。
さっきまでいた所は街の外れだったようで、特殊な魔法を練習する時などにサンジュリアン達が使っている場所だと言う。
簡素に見えて、実は簡単には壊れないように細工されているらしい。
「うちの世界へ来る魔法って、その辺でやったら危険な魔法とか?」
「どんな魔法でも、失敗したら危険だ。異世界移動の魔法は普段使いのものじゃないから、なおさら注意が必要になる」
「失敗したら、何か爆発するとか?」
「そういう可能性もゼロではないし、魔物を呼び寄せる場合もあるからな」
「そんな危ない魔法、よぉやったな」
「俺ならできるって思ってるからな。あそこでしていたのは、念のためだ」
「ふぅん。自信家やなぁ」
「サンジュリアンの腕は、国の魔法使いの中でも五本の指に入るからな」
グルナッシュがフォローする。他者がそう評価しているなら、腕がいいのは確かなのだろう。





