2-17.もう一つの道具
二人の魔法使いの元へ駆け寄ろうとした飛鳥だが、行く手に黒い獅子が現れたのが目に入り、足を止めた。
獅子は真っ直ぐに、バルベラへ向かっている。二人の魔法使いを攻撃したばかりの彼に、その黒獅子は背中から襲いかかった。
だが、ジュンッという火が水に消されたような音をたて、バルベラの手前で獅子は頭から消えてゆく。
結界が張られ、獅子はその中に飲み込まれてしまったのだ。
「何をしても、無駄だよ」
バルベラはまた風の攻撃を、黒獅子を召喚したグルナッシュへ向けた。彼もまた、無数の傷を受ける。
「別に、自分達の魔力のなさを恨むことはないからね。この道具がきみ達の魔法よりも強い、というだけのことだから」
「あんた、思いっ切りいやな奴だな」
サンジュリアンが手の甲の血をなめながら、バルベラを睨む。
「それはお互いの立場が違うから、そう思ってしまうだけさ。同じ立場なら、この道具の素晴らしさにほれぼれしているはずだよ」
「何がほれぼれやねん。そんな道具捨てて、素手で掛かって来いや。一対一やったら、お前みたいなおっさんに負けへんわ。実力でやってみぃ」
三樹利が怒鳴ったが、バルベラは首を横に振る。
「オレがこの道具を捨てて殴り合いみたいなことをするなんて、まさか本気で思っていないだろうね。そう。確かに今までの魔法は、オレの実力じゃない。そんなことは十分に承知さ。だが、今の状況でこれらの道具を捨てれば、多勢に無勢じゃないか。自らを窮地に追い込むようなことを、誰がする?」
「屁理屈ばっかり言う奴やな」
「それはそちらだろう。と言うか、これは屁理屈なのかなあ。まあ、いいか。さぁ、もう余計な争いはやめよう」
「偉そうに言うな。お前が原因やんけっ」
三樹利とバルベラが言い合っている間に、飛鳥はリラックの方へこっそり近付いた。
「リラック、これ使たら、何とかなるかも知れへん」
渡された杖を見て、リラックは一瞬、言葉を失った。
「飛鳥……」
リラックは、すぐにこれが相手の魔力を弱める道具、魔力弱体化の杖であることがわかった。
飛鳥が館へ戻る時、こんな道具があるという話をした。だが、どういう形態であるかも話していないのに、まさか見付けるとは思ってもみなかった。
飛鳥が持っているのは、この杖だけ。まさにピンポイントで、目的の道具を持ち出したのだ。
「全く、油断も隙もないな」
「ごめん、勝手なことして。持ち出したのはええけど、アロース・コルトンもうちも、使えへんねん。リラックやったら、使えるやろ」
「あ、ああ……」
「頼むわ。このままやと、全員が記憶を抜かれてしまうし」
飛鳥の行動を叱っている時ではない。リラックは杖を受け取った。
「三樹利と一緒に、下がっているんだ」
リラックは、飛鳥を自分の後ろへ回す。それから、サンジュリアンとグルナッシュに目で合図した。
「バルベラ。道具を返すつもりはないのか」
三樹利と言い合っていたバルベラは、リラックの方を向いた。
「返すくらいなら、最初から持ち出したりはしないよ。悪用はしないから、安心してくれ。生活費をかせぐ時に、ちょっとばかり使わせてもらうだけだ」
「それが悪用やんけっ」
三樹利が突っ込む。
「こんな事態を引き起こしながら、悪用ではない、と言うつもりか」
「言わせてもらうが、オレが魔法を使ったのはそちらから攻撃されてからだ。正当防衛って奴だな。自分を守るために、仕方無くやったことだ」
最初に逃げて追われた時も、ここへ飛鳥達が来た時も、自分からは攻撃していなかった。されたからやり返しただけだ、と言うのだ。
「お前が我々の記憶を抜く、ということは悪用ではないのか? これは個人のために存在する道具ではない」
「ここへ帰る前に、似たようなことはサンジュリアンからも聞いたよ。国を守るため、とかどうとか。オレが何と言ったかは、彼から聞くといい。あっと、記憶を抜いたら、その部分も忘れてしまうかな」
バルベラは言いながら、へらへらと笑う。自分の勝利を疑っていない。
「……どうしても、返さないと?」
「ああ。取り戻そうと思っても、無駄だからね。さっきと同じことが繰り返されるだけなんだから、もうこんなことはやめよう。オレは他人を傷付ける趣味はないんだから」
「我々には、魔法使いの犯罪者を捕縛する義務がある。お前が抵抗すれば、こちらも実力行使で任務を遂行する」
「やれやれ、わからない人達だなぁ。抵抗しているのは、そちらだと思うがね」
バルベラは、最後の警告も無視した。もう、話し合いでの解決はみられない。
リラックが火を起こした。魔力で起こされた火は、矢のようにバルベラを狙って飛んで行く。バルベラは鏡を向け、それらを跳ね返そうとした。
その時、リラックが飛鳥から受け取った杖を掲げ、呪文を唱える。
鏡は、リラックが放った火を全てリラックに返すはずだった。だが、いくつかの火がバルベラの身体を打つ。
「なっ……」
いくつかの衝撃を受け、何が起こったかわからず、バルベラは目を見開く。
服には、焦げ跡がついていた。服を脱げば、身体には服の焦げ跡と同じ場所に火傷の痕があるだろう。
こんなはずではない。さっきまでは、完全に魔法使い達の魔力を跳ね返していたのだ。鏡が突然力を失うはずがない。
「今のは、手加減した。まだ返す気は起きないか?」
リラックが情けとして、もう一度尋ねた。
彼が本気でやれば、人間の身体など簡単に貫きかねない。
「同じことをしてやろうか? さっき、あんたが俺達にしたのと同じ魔法を。自分で受けて、初めて他人の痛みがわかるってもんだぜ」
斜め後ろから、サンジュリアンが脅しをかけてくる。
「くっ……」
今のは、きっと偶然だ。跳ね返す角度がよくなかったせいだ。やり方を直せば、使えるはず。
バルベラは、リラックの持つ杖の力に気付いてはいなかった。
どんなに魔力増幅の杖や魔力を反射する鏡が力のある道具でも、バルベラの知識を増やしてくれる訳ではない。
バルベラは、魔力を弱める道具が存在することを知らないのだ。
「何と言われても、返すつもりはないっ」
自分の杖を使い、バルベラはリラックに、後ろに控えるサンジュリアンやグルナッシュへ向けて、水の刃を向けた。正確に言えば、自分を中心にして放射線状に攻撃した。
そばにいる魔法使いだけでなく、少し離れた場所へ移動した飛鳥と三樹利、その二人を守るために前に立つアロース・コルトンまでも巻き込まれてしまいかねない勢いで。
多少の深手を負わせてしまうのは仕方無い、と思っていた。これだけ力を見せ付けているのに、まだ歯向かって来る彼らの方が悪いのだ、と。
だが、事態はバルベラの思い通りにはいかなかった。
魔力増幅の杖を使って仕掛けたはずの攻撃が、あっさり防がれてしまったのだ。一番力の弱いはずのアロースまで、バルベラの力を遮断している。
「くっ……おのれ」
バルベラは焦った。
起きるはずのない状況に追い込まれつつある自分を知り、そうなるまいと必死になって、火や風などに小手先を変えて攻撃を繰り返す。
しかし、どれも効果はなかった。
「完全に無にはできひん、なんて言うてたけど……すごいやんか」
飛鳥はその様子を見て、これで力は五分五分になったとわかった。
使う者によって、力が変わる。
リラックはそんなことを言っていたが、ここで彼とバルベラの実力の差が出たということ。
魔力増幅の杖で、バルベラの魔力が上がった。リラックの持つ杖で、バルベラの魔力を弱体化させた。ほぼ相殺された状態になっているのだ。
そうなれば、本来の実力で攻撃しあっているようなもの。
真面目に修行を積み、魔法使いのリーダーをしているリラックと、楽をするためだけに魔法を使うバルベラ。
その実力差は、はっきりしている。
リラックがあの杖を持って呪文を唱える限り、もうバルベラの魔力は恐れる程のものではなくなったのだ。
無にはできなくても、バルベラの魔力を弱めてしまう。そんな弱い力を増幅させても、知れている。
リラックの実力が高いということもあるが、あんな指揮棒のようにしか見えない杖なのに、すごい力を持っているのだ。





