2-16.道具の力
「何て……力だ」
起き上がり、アロース・コルトンはバルベラの持つ鏡を見た。
それは間違いなく、盗まれたもう一つの道具。魔力反射鏡だ。
バルベラの手の中に入ってしまうようなサイズなのに、飛鳥の起こした風は簡単に返されてしまった。
「どうかね、自分の魔法に攻撃される気分は」
バルベラは、この道具の力にも満足しているようだ。
「今の、あいつの魔法とちゃうんか」
「違う。あいつの鏡が飛鳥の力を跳ね返して、そのままこっちへ戻ったんだ」
「今のが……飛鳥の力?」
こんな簡単に人を飛ばせるような風を、飛鳥は生み出す力がある。
魔法が使えるというのは、一度街の中で目にしたし、頭でも理解していたつもりだった三樹利。だが、その力を自分の身体で受けた驚きは、それまでとは比べものにならない。
しかし、ゆっくり驚いている時間はなかった。
バルベラが一歩、こちらへ近付いて来たのだ。
「せっかく、そちらから来てくれたんだ。先にきみ達の記憶を消してしまうことにしようか。なぁに、すぐ終わる。あの女の子にかける時は、初めてだったからねぇ。オレも少しばかり力んでしまったが、今はこの杖もある。わずかな力があれば、簡単に記憶など消えてしまう。あまり抵抗しない方が、楽だと思うよ」
「お前……友希乃の時は、加減もせんとかけたんか」
三樹利が睨むのも介さないように、バルベラは軽くうなずく。
「ああ。だから、初めてだと言ったろう。残念ながら、オレは魔法の天才じゃないからな。加減なんてわからない」
「それって……記憶だけと違て、精神まで壊れかねへんかったってことやんか」
「あー、そうなるのかな。その時は、あきらめてもらうしかない、と思っていたんだがね」
飛鳥の言葉も、バルベラはさらっと流してしまう。
三樹利の中で、糸が切れた。すぐ近くにある石を拾うと、それをバルベラへ向かって投げ付ける。
そのまま飛べば、バルベラの顔面に当たるはずだった。だが、飛鳥の時と同じく、バルベラへ届く前に、石は粉々にされてしまった。
「アロース・コルトン、これ使えるか?」
飛鳥が魔法道具が置かれた部屋で見付けた杖を、アロース・コルトンに渡す。
「飛鳥、これってもしかして……」
「今はそんなこと、ええから」
勝手に持ち出したことを責められる前に、飛鳥は自分の話を進める。
「これで、あいつの魔力が減るはずなんや」
「待ってくれよ。いきなりこんな物を持ち出されても、ぼくだって使い方なんて知らないんだ」
「え、うそぉ。うち、アロース・コルトンやったら使えるやろと思ってたのに」
「無茶言わないでくれよ。まだ半人前なんだから。使われることがほとんどないような魔法道具、扱い方がわからないよ」
「ええ~っ」
飛鳥は力が抜けそうになった。
杖を持ち出したのはいいが、自分に使えるとは思っていない。持っていれば、何とかなるかも、くらいに考えて。
アロース・コルトンが一緒に来ると聞いて、いざとなれば彼にまかそう、と勝手にそう考えていたのだ。完全に、他力本願。
しかし、アロース・コルトンは本当にまだ半人前レベル。抜き打ち状態で魔法道具を渡され「さぁ、使え」と言われても、無理だ。すぐに利用するには、彼は力も経験も不足しているのである。
もちろん、飛鳥も使い方など、全然知らない。知っていたら、アロース・コルトンに頼もうとせずに自分でやる。
「心配しなくていい。この道具が盗まれたことだけを消すんだから。自分達の名前や友達のことも忘れてしまう、なんてことはない。いじるのは、ほんの一部だ」
「何を勝手なことを」
アロース・コルトンが風を起こしてバルベラを攻撃しようとするが、やはり飛鳥の時と同じように弾かれてしまい、自分達の方へ戻って来た。
かろうじてアロース・コルトンは防御の魔法を使ったが、バルベラは同時に魔力増幅の杖も使っていたらしく、自分の術だから防げるはずの風が三人を襲う。
「やめろ、二人とも。やるだけこっちへ戻って来るんや。自分に攻撃してるような格好になるぞ」
魔法でバルベラに太刀打ちできない。少なくとも、あの道具がバルベラの手にある以上は、圧倒的にこちらが不利だ。
「そう。よくわかっているじゃないか。余計なケガはしたくないだろう? こちらとしては、別にきみ達を殺そうなんて思ってないんだ。オレは殺戮者ではないからね。無駄に魔力を使わない方が、お互いのためにいいんじゃないかな」
「優勢な奴からそんなこと、偉そうに言われたないわっ」
飛鳥は言い返したが、魔法が通じないのではどうしようもない。どんなに叫んでも、負け犬の遠吠えにしかならないのだ。
相手もそれを知っているのが、とんでもなく悔しい。
「さぁ、もう必要のない争いはやめよう」
バルベラが言った途端、三人の身体が動かなくなる。抵抗されないよう、束縛の魔法がかけられてしまった。
「大丈夫。この杖が、ちゃんと上手くやってくれるから」
詐欺師のような話し方をしながら、バルベラは記憶を封じる魔法をかけようとする。
「なんぼこんなことしたって、いつか絶対にあんたを捕まえたるしな」
飛鳥の言葉を、バルベラは鼻で笑った。
「そんなこと、無理だよ。捕まえる理由を忘れるんだから」
「たとえ全ての魔法使いが忘れても、うちは忘れへん。ゆきちゃんのあんな状態を見たら、何でこうなったんやって考える。時間がかかっても、あんたがしたことやっていうのをぜーったい突き止めるからな。あんたがゆきちゃんの魔法を解かへんのやったら、ずっと証拠は残ったままや」
今動くものは視線と口だけ。その視線をバルベラにしっかりと突き刺し、飛鳥は言い切った。
「俺も、たとえ記憶が消えても、お前の顔見たら無条件にどついたるから、覚悟しとけよ」
バルベラはわずかに不愉快そうな顔をしたが、所詮は悪あがきとばかりに、魔法をかけようと呪文を唱え始める。
そんなバルベラの呪文が、急に途中で切れた。
はっとした顔で振り向き、その場を飛び退く。それまでバルベラが立っていた場所に、穴がうがたれた。
バルベラが動いたと同時に、飛鳥達三人の動きが戻る。束縛の魔法の力が消えたのだ。
「くそ、外したか」
舌打ちをしながら、サンジュリアンが姿を現す。間一髪で間に合ったのだ。
「新手か。やれやれ、面倒だな」
バルベラが一瞬の差で逃れられたのは、魔力を強める杖のおかげで気配に敏感になっていたためだ。
「サンジュリアン、攻撃したら、全部自分に返ってくるで」
今のは不意打ちだったから、バルベラは逃げるだけだった。次はそうもいかない。あの杖や鏡を使って、反撃してくるはずだ。
「魔法使い相手に魔法なしで、何ができるんだよ……」
サンジュリアンとしては、今の攻撃で決めてしまうつもりでいた。
相手が危険な力の持ち主だ、ということはわかっている。あの道具を使われる前に、バルベラの動きを止めようと思っていたのだが、失敗してしまった。
飛鳥の警告を聞きながらも、サンジュリアンは攻撃するべく力をためる。
「サンジュリアン、やったらあかんって」
飛鳥が叫ぶが、彼は聞いていない。
「いいのかね、仲間の注意を無視しても」
「心配してくれるのか? あんたには関係ないことだろ」
サンジュリアンが攻撃の構えをし、バルベラはそれをいつでも受け止められるように鏡を握る。
だが、後ろから気配がして、バルベラは振り返った。そこにはリラックが立っており、彼の方から攻撃魔法が仕掛けられた。
バルベラはすぐに、もう片方の手にあった杖で防御の壁を出す。リラックの火の魔法は、壁に当たって霧散した。
一方でサンジュリアンからも水の攻撃がなされたが、そちらは鏡で跳ね返す。
「前後からの攻撃、ね。一応、考えてはいるのか。だが、これらの道具を手にしていると、普段の何倍も魔力が上がるらしくてね。すぐに守りに入れるんだよ。攻撃もね」
バルベラが杖を振ると、鋭い風の攻撃が二人の魔法使いを襲った。よけ切れず、風の刃は彼らに小さな無数の傷を付けた。
「リラック、サンジュリアン!」





