2-15.止められない
魔法使いが捕まえに来ても、あの杖が手にあるのならすぐに追い払える。
そのうち魔法道具が盗まれたことも、バルベラを追う理由も、友希乃のように魔法使い達の頭から抜いてしまおうと考えているはず。
あの魔法道具がある限り、こそこそ隠れたりする必要はない。今頃、別の店で飲み直しているか、家に帰っているのではないか。
飛鳥はそんな風に思って、バルベラの家へ向かうことにしたのだ。
「単純やな」
「でも、そうだとしたら、やばいんじゃない? 家に帰ってるってことは、奴のいる所へ向かってるってことになるじゃないか」
「うちの想像通りやったら、いう話やろ。心配せんでもええって」
そんな話をしているうちに、三人はバルベラの家に着いた。街から少し離れた所で、山のふもと付近だ。
山をバックに、小さな掘っ立て小屋のような家が建っている。これがバルベラの住まいらしかった。
ご近所さんはなさそうだ。脱獄してひっそり暮らすなら、これくらいの目立たない家がちょうどいいのかも知れない。
「バルベラって、一人暮らしなんか?」
「そうだって聞いてるけど」
「家族がいたとしたら、何も知らんか、共犯かってところかな」
もし共犯がいたとしても、あの道具があれば仲間はもう必要ないだろう。いつの間にか切られていた、なんてこともありそうだ。
「どうせおらへんやろ。うちな、一回むっちゃ無礼な入り方っていうの、してみたかったん」
不思議そうな顔をしている三樹利とアロース・コルトンを置いて、飛鳥はつかつかとバルベラの家へ近寄る。
「何すんねん、飛鳥」
飛鳥はにっと笑うと、あまり丈夫そうではない扉を蹴り開けた。鍵はかかっていなかったらしく、外れそうな勢いで扉は内側に開く。
「お前なぁ……一応、女やろ」
「一応、は余計やろ。そやから、一回こういうの、やりたかったんやって」
ドラマであるような「警察関係者が犯罪者アジトに踏み込む時」や「悪者が弱者の家へ押し入る時」など。
ドアを蹴り開ける、なんて自分の世界ではまずできない。……シェルヴァンナでならやってもいい、という訳ではないが。
「ベルバラ、おるかーっ」
蹴り開けた扉から、飛鳥は奥へ声をかける。それから、急に駆け足でこちらへ戻って来た。
「どうしてん?」
「……おった」
飛鳥の言葉と同時に、中からバルベラが姿を現した。
☆☆☆
「あいつがおとなしくするはずはない、とは思っていたんだ。やっぱり動き出したか。素直に戻ったけど、それで俺達をだませたとでも考えてるのかな、飛鳥の奴」
グチを言うように怒っているのは、サンジュリアンである。
「アロース・コルトンはともかく、三樹利が巻き込まれてしまったのは心配だな。何かあった時に、近くに彼を守れる魔法使いがいない。アロース・コルトンはまだ自分を守るだけで精一杯だろうし。飛鳥は……」
「あいつは、自分を守る術なんか知らねぇよ」
リラックのセリフを、サンジュリアンは横取りする。
二人は、バルベラの家へ向かっていた。
飛鳥がそちらへ向かうつもりでいるらしい、とアロース・コルトンから連絡が入ったからだ。
アロース・コルトンが飛鳥達を連れて、魔法使いの館を出る前。少しの時間、姿を消した。
飛鳥達は出掛ける準備でもするのだろうと思っていたが、実は魔法でリラック達に連絡をしていたのである。
元々、アロース・コルトンに飛鳥のお守りができるとは、リラック達も思っていなかった。おとなしくしていろ、と言い付けたところで、飛鳥がそれを守るとも思っていない。
前回の件で、そのことは十分にわかっている。
彼らは、どうせ動くのならその行く先を把握しておこう、と考えて、アロース・コルトンを見張り役につけたのだ。
誰かが飛鳥の行動を確認していれば、彼女が何かしでかした時に対処できる。止めようとしても無理なら、本当にやらかす直前で阻止すれば被害は多少なりとも抑えられるはずだ。
リラック達がこう考える程に、飛鳥は完全に悪質なトラブルメーカー扱いされている。
アロース・コルトンから入った連絡は、思っていた以上に早かった。しばらくはおとなしくしているかと思ったのだが、素直に帰った時点ですでに何か考えていたのだろう。
とにかく、何をするつもりかはまだわからないが、飛鳥がバルベラを捜すつもりでいるのは確かだ。どんな偶然が作用して、三人がバルベラと会ってしまうかわからないから、このまま放ってはおけない。
今のバルベラの力を、サンジュリアンは実際に見て、体験して知っている。あの魔法使いを相手に、アロース・コルトンが、まして飛鳥などが太刀打ちできるはずがなかった。
あまりにも力が違いすぎる。使い手であるはずのサンジュリアンでさえ、手を出しかねたのだから。
「他の魔法使い達を呼ぶ必要はないだろうが……もしも、ということもある。グルナッシュも来るように、呼び掛けてくれ」
リラックに言われ、サンジュリアンはその通りにした。
「三樹利でも、飛鳥は止められないみたいだな」
「お前だって、トゥレーヌの行動を止められなかっただろう」
リラックに言われ、サンジュリアンは返す言葉がなかった。
「あいつを止めるなんて、神様でも無理だろうな」
☆☆☆
「これはこれは。さっきのお嬢さん。歓迎はしますが、もう少しマナーを勉強された方がよろしいのでは?」
家の中から現れたバルベラは、いやみったらしく丁寧な言葉遣いをする。その手には、あの魔力を増幅する杖が握られていた。
逃げよう、などという素振りは全くない。バルベラは、もう逃げる必要がないのだ。この杖がある限り。
「あんた、シェルヴァンナをどうするつもりなんや」
「別に。普通に暮らして、いつかは普通に死んでゆく。それだけだ」
国を自分の物にする。全ての魔法使いを、自分のしもべにする。永遠の命を望む。
バルベラに、そういった野望のようなものは一切ない。むしろ、面倒くさい。楽をして、暮らす。ただ、それだけ。
「そしたら、そんな道具は必要ないやろ。それはシェルヴァンナの物や。ちゃんと返し」
「悪いが、それはできない。ここで暮らすための必需品だ」
「泥棒しても、追い掛けられへんようにか。そんなみみっちいこと、やめとき。あんた、他にすることないんか」
飛鳥が何を言おうが、バルベラはまるで気にかけていない。
三樹利は飛鳥よりも一歩前に出ると、静かな声で言った。
「おい、もうお前の面は割れてるんや。ばれてるんやから、隠す必要ないやろ。友希乃にかけたあの魔法、解け」
本当なら怒鳴りたいのだが、恐らく怒鳴っても相手には通じない。胸ぐらを掴みたいが、おかしな動きはできない。
ないないばかりで、ストレスがたまりそうだ。
「面倒だ。断る」
バルベラは、あっさりと拒否した。
「お前っ」
自分が動いて飛鳥に何かされたら、と思っていた三樹利だったが、バルベラの返事の仕方にがまんできずに殴り掛かる。
だが、三樹利の身体は、バルベラの手のたった一振りであっけなく弾かれた。
幸い、弾かれたのは手だけだが、それでも強い衝撃があったのか、三樹利はバランスを崩して尻もちをつく。
「みーやんっ」
飛鳥は、バルベラを睨んだ。
「面倒って何やの。あんたがかけた魔法なんやから、あんたが一番簡単に解けるんやろ。それを……あんたも魔法使いやったら、自分のかけた魔法に責任持ったらどやねん」
「どうせ今回のことは、関わった全ての人間からその記憶を抜くつもりでいる。解いてもまたかけられるのだから、無駄なことだろう?」
「あんたみたいな奴が魔法使いやて……うちは認めへんっ」
飛鳥は怒りにまかせて強い風を出し、バルベラへ向けた。
何も考えていない。ただ感情のままに。
バルベラは、すっとコンパクト大の鏡を取り出した。反射面をこちらへ向ける。
すると、飛鳥の出した風はバルベラの前で止まり、ユーターンしてこちらへ戻って来た。
「あぶないっ」
風が跳ね返されたのを知って、アロース・コルトンは急いで防御の魔法を使った。
だが、風は守りの壁を突き抜ける。
その風を出した飛鳥も、防ごうとしたアロース・コルトンも、起き上がりかけていた三樹利も、その風で飛ばされてしまった。





