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タンスから現れたのは前世で幼なじみだった魔法使いでした  作者: 碧衣 奈美
第二話 怠惰な魔法使い

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2-10.追跡

「待てっ」

 サンジュリアンが、逃げたバルベラの後を追う。

 バルベラは外につなげられていた馬に乗ると、全速力で走らせた。同じように、サンジュリアンも馬に飛び乗る。自分の馬ではないが、今は緊急事態だ。

 バルベラにすれば、本当なら馬などではなく「魔方陣を出して遠くへ逃げたい」と思っているだろう。

 しかし、ゆっくり魔方陣を用意している暇はない。そんなことをしていれば、すぐにも追い付かれてしまうからだ。

 突き飛ばされたような形で倒れかけた三樹利を、飛鳥が支える。

「みーやん、大丈夫か」

「おう。あいつ、なめたまね、しよるな。どんだけ人をコケにすんねん」

「百倍にして、返したろっ」

 呆然としている店員や客は放っておいて、飛鳥達も二人の後を追い掛けた。

 だが、店の外へ出ると、バルベラもサンジュリアンもその姿はすっかり遠くなってしまっている。

「何や、この金色の粉」

 酒場を出た所で、金色の細かい粉のようなものが舞っている。

「サンジュリアンの魔法や。これで、他の魔法使いに知らせるらしいわ。それより……サンジュリアン、自分だけで行くやてずるいわ。うちら、馬には乗れへんのに」

 飛鳥は、妙な方向で怒っていた。

 人間の足ならどうにか追い掛けられるが、馬ではちょっと無理がある。一緒に行けない、と子どもみたいに拗ねているのだ。

「乗れても、走れへんな」

 三樹利も、飛鳥程ではなくても悔しがっている。

 今回の事件の根源にあそこまで近付けたのに、不意を突かれて逃げられてしまった。サンジュリアンが追っているとは言え、このまま見失ってしまうのはあまりにも腹立たしい。

「くそっ。これがドラマやったら、近くにあるバイクにでも乗って追い掛けるんやけどな。せめてチャリでもあったらいいけど……ここにはなさそうやな」

「うん。シェルヴァンナには、メカ系ってないわ。知らんけど」

 周りを見回しても「足」になりそうなものと言えば、馬くらいのものだ。他には何も見当たらない。

「魔法の世界も、俺らにしたら逆に不便な場所やな」

「そんなことない。このままあの男逃がしたら、ゆきちゃんに申し訳が立たへん。絶対に追い掛ける」

「意気込むのはええけど、どうすんねん。まさか走って行く、とか言うなよ」

 こんな会話をしている間にも、二人の姿は小さくなってゆく。

「魔法、使うんや」

「……ほんまに使えるんか」

 三樹利は、疑わしげな目で飛鳥を見る。

 シェルヴァンナで魔法を使った、というのは聞いた。だが、あくまでも「夢」の中の話だ、と思って聞いていたのだ。

 それが、飛鳥達の世界に住む人間の、ごく普通の反応である。

 だから、実際に「使う」と言われても、こういう反応になってしまうのは仕方がないというもの。

「前は使えたもん。風に乗ったら、うまく追い付けるかも知れへん」

 飛鳥はそう言うと、精神を集中させ、呪文を唱える。

 信じられない、という面持ちで見守っていた三樹利だが、やがて強い風が吹いた。風はまるで意思を持つかのように、流れず近くにとどまっているような気配がしている。

 風が生きているように感じるなんて、と思うが、本当にそう感じてしまうのだ。

「この風、飛鳥がやってんのか」

 二人の周りを、見えない竜巻が動いているような感じがする。三樹利の背丈にも満たないような、小さな竜巻が。

「これ、どうすんねん」

「ちょっと待って。うちもまだ、うまいことコントロールできひんの」

「ノーコンの風の使い手か。ごっつう不安やぞ」

 言っているうちに、風は二人のそばを離れると、暴れ馬のように動き出した。

 店の前に置かれている小さなベンチや桶、商品などが風に舞い上がる。

 同時に、あちこちで悲鳴が上がった。規模が小さいので家一軒を飛ばす程ではないが、そよ風のようにゆっくり吹かれてはいられない。

「飛鳥、はよあの風消せ。あれやと、ほとんど台風やんけ」

 コントロールするどころではない。風はもう、完全に狂ってしまっていた。

 飛鳥は慌てて、自分の呼び出した風を消す。後には一部の地帯だけが、台風一過の様相をきたしていた。

「ここらの人には悪いけど、逃げるぞ」

 三樹利は飛鳥の手を引いて、その場から走り出した。

「前はもっと、うまいこと使えたんやで。今はまだ、調子が悪いだけなん」

「わかったから、もう使うな」

 とりあえず、二人は現場から離れた。街の中心から出て、人通りの少ない所まで走って来る。

 しかし、その移動のせいで、サンジュリアンの姿はすっかりわからなくなってしまった。

「素直に追い掛けてた方が、よかったかもな」

 彼らが走って行った方向は何となくわかるが、バルベラが逃げる際にどう方向を変えるかまでは予想もつかない。

「ここ、人が少ないし、もういっぺんやってみる」

「や、やめてくれ。今度は家ごと飛ばされかねへんやないか。そうなったら、冗談抜きでケガ人が出てまうぞ」

 人通りは少ないが、無人ではない。周囲には、建物もある。それも、鉄筋コンクリートのような、丈夫なものではないのだ。

 さっきのような風が出たら、同じことが起きるだろう。

「けど、このままやったら、サンジュリアンにまかせっきりになってしまうやんか。うちはそんなん、がまんできひん」

「がまんするとかの問題とちゃうやろ。人災起こしてどうすんねん」

「人災て……」

「さっきの風、あれで誰かがケガしてたら、立派な人災や」

 そう言われては、飛鳥も黙るしかない。確かに、さっきの風は危なかった。

(お前はさっきから、何を騒いでいるのだ?)

 ふいにそんな声がした。聞き覚えのある声。からかいの調子を目一杯含んだような。

 飛鳥が振り向くと、そこには真っ白な馬がいた。真っ青な瞳が、こちらへ向けられて。

「あー、ミュスカデルやんか」

 現れた白馬は、風の魔獣ミュスカデルだ。

「ミュスカデルって……ペガサスや言うてへんかったっけ?」

 その名前は、三樹利も飛鳥から聞いている。確か、立派な翼があるペガサスだ、と話していたはずだった。

 でも、二人の目の前にいる馬に、翼はない。一見、ただの白馬だ。

 ただの、と言うには、毛並みなどが普通の馬より段違いに美しいが。

(人間がいる場所では、目立つからな)

「まぁ、そらそうやろけど。ほんなら、あんたが飛鳥にだけケンカ腰でしゃべるペガサスか?」

(ケンカ腰で話しているのは、あちらの方だ)

 サンジュリアンの時と同じく、ペガサスについても飛鳥はかなり主観的に話をしていたらしかった。

「あー、もうっ。今はそんな話、してる時とちゃうねん。ミュスカデル、乗せてっ」

 ミュスカデルの返事も待たず、飛鳥はミュスカデルの背に乗った。

(……何をしている)

「ええから。追い掛けてほしいねん。頼むわ」

 言いながら、飛鳥は三樹利の腕を引っ張って乗るようにうながす。

「お前……ちょっと強引とちゃうか」

(私もそう思うが)

「うちらにとって、めっちゃ重要な魔法使いが逃げてんねん。あんたの力が必要なんや」

 たてがみにしっかり掴まり、飛鳥は叫ぶようにミュスカデルに訴える。

 ペガサスは人間臭く、大きなため息をついた。

(振り落としても、しがみついているのだろうな)

「意地でも落ちよらんと思うわ」

(やれやれ、また使い走りにされるか。姿を見せるのではなかったな)

「もうグチグチ言わへんの。あんたも男やろ」

 飛鳥にとっては、ペガサスだろうが何だろうが関係ない。

(お前も一緒に行くのだろう。乗れ)

「え? あ、おおきに」

 ミュスカデルは、完全にあきらめの境地に入ったらしい。

 普段ならこんなことは絶対にしないのだが、飛鳥の連れである三樹利も一緒に乗せてくれた。ミュスカデルにとっては、過剰サービスになるかも知れない。

 自分を支配する魔法使いに命令された訳でもないのに、普通の人間と会話するだけでなく、乗せるのだから。

「ミュスカデル、サンジュリアンは知ってるやろ。たぶん、こっちの方に走ってるはずやねん」

(土色の髪をした魔法使いだったな)

 ミュスカデルは了解すると、風の流れの中を走り出した。

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