2-11.水の防御
街からずいぶん離れ、周りは草原地帯になった。人の姿は見えない。
ここなら多少の魔法を使っても、被害は少ないな。
サンジュリアンは周りの様子を見て取り、逃げるバルベラを強制的に止めることにした。
バルベラを乗せた馬の前に、幻の火を出す。はっきり見えるように、大きく燃え盛る真っ赤な火を。
幻だから火傷をしたり、ましてや焼き殺されたりするようなことはない。だが、馬はその火を見て恐怖を覚え、いななきながら足を止めた。
全速力で走っていたので、すぐにはスピードも落ちない。必死になって馬は止まろうとし、その反動でバルベラは宙へ放り出された。
「……っぐ」
かろうじて頭から落ちることはなかったものの、したたかに身体を打った。すぐには立てない。少し酔っていたので、余計に目が回る。
そんなバルベラの目に、サンジュリアンが馬から降りるのが映った。
このまま捕まれば、面倒なことになる。
バルベラの頭に、そんな考えがよぎった。
「!」
バルベラの方へ近付こうとしていたサンジュリアンだったが、その足が止まった。目の前にいる魔法使いの周りを、突然水の壁が取り囲んだのだ。
「水の防御で、俺を近付けさせないってつもりか。さっきまでの落ち着きは、どこへ行ったんだ?」
飛鳥や三樹利に糺弾され、あの場から逃げた時点で、自分が犯人だと名乗ったようなものだ。こんなことをすれば、ますます疑いようもなくなる。
「サンジュリアン!」
「え……はあっ?」
名前を呼ばれ、振り返った魔法使いは目を丸くした。飛鳥と三樹利が、白い馬に乗って追い付いてきたのだ。
しかも、気配からして、あの馬は魔獣に違いない。飛鳥が乗っているということは、あのペガサスだろう。
バルベラが逃げたからには、ほぼクロだ。追い付いた時にバルベラは抵抗するだろうし、双方の魔法がぶつかり合うのは間違いない。
二人を置き去りにする形になるのは申し訳ない、と思ったサンジュリアン。だが、他の魔法使い達が来るまでは、彼らの安全のためにも街の中で待っていてもらいたかった。
しかし、どうやら飛鳥を甘く見ていた、ということをサンジュリアンは改めて思い知らされる。
こう! と決めたら、彼女は何をしてでも自分の意志を貫くのだ。あきらめることを知らない。
「飛鳥、また風の魔獣を召喚したのか」
「ううん、ミュスカデルの方から来てくれたん。で、快くここまで送ってくれたんや」
飛鳥は、ペガサスの背から飛び下りた。
(お前は「快く」という言葉の意味を、ちゃんと知っているのか?)
ミュスカデルのセリフに、三樹利が「まぁまぁ」となだめるように背中をたたいた。
「サンジュリアン、ベルバラは?」
「ベルバラ? バルベラだろ」
「何言うてんねん、お前は。それ、マンガのタイトルやんけ」
「あ、そうか。で、あの極悪人は?」
サンジュリアンが指差す方を見ると、一部に水の壁と言おうか、太い水の柱ができている。
どうやらバルベラは、その中に隠れているらしかった。
「あんた、それで隠れてるつもりなん? 人をバカにすんのも、ええ加減にしぃや」
飛鳥がちゅうちょせず、その水の壁へ向かう。
噴水の水が勢いよく吹き上がっているような、水のカーテン状態になっている。隙間はないので、中にいるバルベラの姿は見えない。
「わーっ。ちょっと待てって、飛鳥。無茶するなっ」
サンジュリアンが慌てて、飛鳥の腕を引っ張って止めた。
「何やな。あいつはあそこで隠れてるんやろ。引っ張り出して、ゆきちゃんの術、解かさせなあかんやんか」
「あれはただの水の壁じゃない。何のための防御だと思ってるんだ」
(重要な知識は、全て抜けているな。いっそ、まっさらな状態で生まれていた方がよかったのではないか)
ミュスカデルが皮肉を言う。彼にすれば、素直な感想でしかないかも知れない。
「単なる水でしかなかったら、守りの壁にならないだろ。あの水は勢いが尋常でないために、触れれば刃物みたいに斬られてしまうんだ。あれに突っ込めば、八つ裂きにされちまうんだぞ」
「え……」
さすがの飛鳥も、それを聞いて動きが止まる。
「アニメにも、そういう技使う奴、いたっけ……」
飛鳥にはシェルヴァンナのおおまかな記憶はあるが、言い出せばキリがないような細かい所はほとんど覚えていない。
魔法使いのトゥレーヌだったらわかることでも、今の飛鳥にはわからないのだ。
「……そしたら、どうすんの。このままあいつが魔法を使うのに疲れるまで、うちらはここで待つんか?」
「それよりも、転移魔法とかいうので逃げてしまいよるやろ」
ああして他の誰も入れないような場所を作り、外で魔法使い達が手をこまねいているわずかな時間のうちに、別の場所へ移動する。
バルベラは今頃、あの水の壁に囲まれながら、逃げるための魔方陣を描いているかも知れない。
「飛鳥、お前、俺が何の魔法が得意だったか忘れたのか?」
「何のって……水」
昔の飛鳥、トゥレーヌは風の魔法が得意だった。リラックは火の魔法、グルナッシュは魔獣召喚、ユニ・ブランは癒しの魔法をそれぞれ一番得意としていた。
サンジュリアンは……風魔法の腕もあったが、それよりも水魔法を得意としていたのだ。
「あの壁を出している術者より強い魔力がないと、どんな攻撃をしても水が遮断してしまう。だけど、バルベラは使う魔法を間違えたな」
サンジュリアンは立ちはだかる水の壁に向かうと、早口に呪文を唱え始めた。
「相手より強い魔法って、要するに自分があいつよりも強いってことを言いたい訳か」
「ベルバラが何の魔法を得意にしてるか知らんけど、サンジュリアンは水の攻撃が強いんよ。本気でやったら、割りとすごいん」
「ベルバラとちゃうって」
短い会話の間にも、水の壁の色が変化してきたことに気付いた。白く濁ってきている。サンジュリアンが腕を突き出した辺りから白くなり、そこからどんどん広がっていた。
「凍らせてるんや。なーるほど。氷は動かへんもんな。斬られることもなくなるわ」
水を止めるのではなく、水を動かないようにしたのだ。
ついに、全ての部分が氷になる。見ていると、まるで氷山がそこにできているみたいだ。
サンジュリアンが気合いをかけると、氷に亀裂が入り、壁は完全に崩れた。その中には、まだ逃げ切れていなかったバルベラがいる。
「本当なら、俺の水魔法でその壁を貫き、中にいたお前を倒すこともできた。でも、水攻撃の当たり所が悪くて、吹っ飛んだら困る。自分の防御魔法で八つ裂きになられても、それはそれで問題だからな。お前には、やってもらわないといけないことが残ってるんだ。あのいまいましい術を解くっていう仕事が」
「ずいぶんな自信だな」
多少青ざめながらも、バルベラの表情はふてぶてしい。
「少なくとも水魔法じゃ、一番だと思ってる」
サンジュリアンは、きっぱり言い放った。
「あいつ、結構自信家やな」
後ろで聞いていた三樹利がつぶやく。が、飛鳥は聞いてなかった。
三樹利が気付いた時には、飛鳥はサンジュリアンと並ぶようにして、バルベラと向かい合っていたのだ。
「おっさん、ええ加減にしぃや。どこへ逃げたかて、絶対に捕まえたるしな。ゆきちゃんを元に戻すまで、うちはあんたを許さへんから。戻したって、絶対許せへんけど」
飛鳥には、もう周りが見えていない。敵のバルベラだけだ。
「飛鳥、引っ込んでいろ」
「いやや」
一言の元に否定すると、飛鳥は風を起こした。突風がバルベラを襲う。その身体が、風に押されて後ろへよろけた。
「はよ降参し。次はほんまの本気で、竜巻起こすで」
その言葉が嘘ではないことに、サンジュリアンは気付いた。
飛鳥は本当に怒っている。竜巻を起こし、バルベラを吹き飛ばすくらい、すぐにやってしまいそうだ。
「おい、早くしないと、こいつは誰にも止められないぞ」
サンジュリアンが、親切心でバルベラに警告する。バルベラは信じないだろうが、飛鳥を止めることは、本当に誰にもできないから。
「降参だと? ふん、誰がするものか」
ぷちん、と糸の切れる音を、飛鳥は聞いたような気がした。傲慢に笑うバルベラを見て、飛鳥は完全に頭にくる。
「あんたなんか、魔法使いの風上にも置けへんわっ」





