2-09.断言
「こっちでは、うちかて魔法が使えるやんか。前の時のこと、もう忘れたんか」
偉そうに胸を張る飛鳥。サンジュリアンが、軽くため息をついた。
「あ、前の時って……あれからどれくらいの時間が経ってるん?」
「半年だ。あのなぁ、飛鳥。魔法使いだったのは、トゥレーヌだ。飛鳥じゃない。確かに、あの時は使えただろうが、お前の力だけじゃなかったんだぞ。お前の方こそ、それを忘れているんじゃないのか」
前に飛鳥が魔法を使った時、その手には魔法道具があった。自然の力を吸収し、それを魔力に生かせるという物だ。
飛鳥は知らないうちに、その道具の力を利用していたために強い魔法を使った。
さらには、風の魔獣であるペガサスもそばにいたから、余計に魔力が強くなったのだ。
「まぁ、あの時は色んな力が助けてくれたから、できたんやけど……。そもそも、うちが魔法を使えへんかったら、魔力がどうのこうの言う問題やなかったんやで。たとえわずかでも、うちにも魔法が使えたんや。それは間違いないやろ」
「はいはい。そうですよ。だからって、うまくいくかもわからない魔法を使って、奴を逃がすようなことはしないでくれよな。それでなくても、捕まえかけた魔獣を逃がしたっていう前科があるんだから」
「飛鳥、お前、ここで他にどんなことしてんねん。そんな話、してへんかったやないか」
自分の知らない内容が出て来て、今度は三樹利が冷ややかな視線を飛鳥に向けた。
「あれ、してなかったっけ?」
さりげない顔をして、飛鳥はとぼける。
「三樹利、どんな風に話を聞いたかは知らないが、飛鳥は自分に都合の悪い部分は一切がっさい削除してると思うぞ」
「そやろな。俺かて、聞いた話を一から十まで覚えてる訳やないけど。サンジュリアンの話を聞いてると、飛鳥の話してない状況もぎょうさんあったって、よぉわかるわ」
飛鳥はそっぽを向いて、二人の会話を聞いてないようなフリをする。と、ちょうど酒場の前で、少し店の奥が見えた。
「なぁ……あそこのお客、なーんとなくそれっぽいねんけど」
飛鳥に言われて、二人も開いたままの扉から店の中を覗いてみる。
生成りのシャツを着た男が、カウンターで酒を飲んでいるのが見えた。他にも数人の客がいるが、三十過ぎくらいであろうその男はどうやら一人らしい。
「横顔しかわからんけど、輪郭や雰囲気はあの時の奴に似てるな」
飛鳥の部屋へ飛び込んで来た男を見たのは、わずかな瞬間だけだ。それでも、直感であの男だと感じる。
服は違うが、さすがにあんな泥棒スタイルのままで街をうろつかないだろう。
「あいつが、バルベラだ」
サンジュリアンが言った。
シェルヴァンナにいる魔法使いの顔は、全部知っている。シェルヴァンナへ来てしばらくしてからバルベラも魔法使いだと知ったので、しっかり記憶していた。
「ここで待ってろ」
「サンジュリアン、一人で大丈夫なんか? うちも行こか?」
「いや、いい。さらにややこしくなりそうだ」
ふくれる飛鳥に店の外で待つように言い、サンジュリアンは一人で酒場へ入った。
「バルベラ」
名を呼ばれ、バルベラはサンジュリアンの方を向いた。
「やぁ、サンジュリアンじゃないか。きみも飲むとは知らなかったよ。ん? もう飲める年齢だったかな」
「いや、飲みに来たんじゃない。あんたに聞きたいことがあるんだ」
「何だい?」
バルベラはまるで慌てる様子もなく、世間話をしているような表情でサンジュリアンと話している。
「実は、魔法使いの館で盗難事件があった」
「魔法使いの館で? 物騒な話だな」
「ああ。今朝のことだ。あんたはその時、どこにいた?」
「今朝かい? 今朝は寝坊してしまって、ずいぶん遅い時間に起きたんだ。その頃はまだ眠っていたよ」
バルベラはあっさりと、本当に何でもないように言いのけてしまう。
「本当に?」
「ああ。ぐっすりと」
「眠っていたっていう証拠はあるのか」
「眠っていた証拠? うーん、そう言われても難しいなぁ。その時に見た夢をしゃべったって、本当だという証拠にはならないだろ」
細身のサンジュリアンに比べると多少肉付きのいい顔に手を当て、バルベラは考えるような格好をする。
「バルベラ、こんな聞き方をすれば、俺があんたを疑ってるってのはわかるだろ。違うのなら、違う。なぜ、そうはっきり言わないんだ」
「それじゃ、オレが違うと言えば、きみは素直に信じてくれるのかい?」
逆に突っ込まれてしまった。
バルベラは、サンジュリアンより十以上も年が上だ。こんな時の対応は、サンジュリアンよりも一枚上手だろう。
「オレは一人暮らしだからね。確かに眠っていた、と言ってくれる人が近くにいないんだ。過去にさかのぼらない限り、そのことについてはきみ達だって調べようがないだろ。今朝どこにいたと聞かれれば、眠っていた。そうとしか、オレは答えられない」
バルベラはこちらがいらっとする程、落ち着き払っている。自分にアリバイはないが、そっちも犯人に仕立て上げる材料はないだろう、と言わんばかりだ。
と、そのバルベラの顔が一瞬、ぎくっとなる。サンジュリアンの方にではなく、視線はその後ろへ向けられて。
サンジュリアンが振り返ると、やはりおとなしく待つことができなかった飛鳥が店の中へ入って来ていたのだ。
サンジュリアンが再び向き直ると、バルベラはさっきのふてぶてしい表情に戻っていた。
「ちょっと。今、うちを見てどきっとしたような顔したな。何でや」
強い調子で、飛鳥はバルベラに迫る。
「そ、そうかい? きみはまだ子どもだろう。それなのに、こんな店へ入って来たから、おや? っと思っただけだよ」
やはり何でもないような顔で、そんなことを言ってのける。しかし、さっきまでよりわずかに声が震えて聞こえた。
「へぇ、ほんまにそうなんか? あんたはうちの服見て、びっくりしたんとちゃうの? あんたがおかしな術をかけた女の子と、同じ服着てるから」
飛鳥は、高校の制服を着たままシェルヴァンナへ来たのだ。そして、友希乃も制服を着ていた。
淡いブルーのシャツに、紺のスカート。学校の服だから、当然同じデザイン。
バルベラは、その服が目に入ったから驚いたのだ。
友希乃は長いストレートだが、飛鳥はショート。顔立ちも、全然似ていない。見間違うはずがないのだ。
それなのに、バルベラは飛鳥を見て表情がわずかに変わった。自分が記憶を封じた少女と同じ服を、飛鳥が着ているのを見たからだ。
「オレが術をかけたって? 一体……」
落ち着いたような顔をしているが、さっきより少し焦った表情が見え隠れしている。
「これを、その女の子が持ってた」
サンジュリアンが、例のイヤリングをバルベラに見せる。
「もう一つは、魔法道具の保管されている部屋に落ちていた」
バルベラの顔から、余裕の笑みが完全に消えた。
「部屋の中には、魔方陣の跡があった。つまり、魔法使いが入り込んだ、ということだ。シェルヴァンナの魔法使いは、魔法力のこもった物以外、イヤリングは着けない。調べても、これに魔法力はなかった。つまり、シェルヴァンナでこういう物を着けるような魔法使いはいない、ということだ。ところで、あんた、イヤリングはどうしたんだ? 確か、着けてたよなぁ。もしかして、これじゃないのか?」
バルベラは、サンジュリアンから視線をそらす。そこへ飛鳥の後から入って来た三樹利が近付き、バルベラの肩を掴んだ。
「あの時、友希乃を連れてったんは、お前やろ。目元だけ隠してたけど、顔付きや体型は隠せへんからな。耳の横にある、そのほくろも。友希乃の記憶はいじれても、俺らはそうはいかへんからな。俺らにも見られてたことを忘れたんが、お前の運の尽きや」
「一体、何の話だ」
「ここにきて、しらばっくれんのかいっ」
三樹利とバルベラが、しばし睨み合う。
「うちらまで追い掛けて来るやて、あんたも思てなかったんやろ。世の中、そんなに甘ないわ」
「俺らの前に出て来たんは、間違いなくお前やっ」
三樹利がはっきり断言した途端、バルベラは三樹利の手を振りほどくと文字通り飛び上がって逃げ出した。





